1005話
翌日から悠助はリビングボードの上に置いてあるメイゲイルとのツーショット写真に笑顔を向けるようになった。
「ゲイル。ヨウチエンイッテクルネ」
悠助の心の傷はまだ癒えてはいないのは雄太達も分かっている。それでも、悠助なりに前を向いて歩き出そうとしているのが嬉しかった。
11月の半ばになり、クリスマスツリーの飾り付けをしたり、子供達が楽しみにしている季節がやってきた。
「ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル、すずがなるぅ〜」
「トキオニイチャン、コレカザル〜」
「トチオニイタン、ボクハコレ〜」
「ニータン、ニータン」
ウッドデッキは寒いはずなのに、子供達はワイワイとオーナメントの飾り付けをしていて、春香は温かいココアをいれて外に出た。
「ココアだよ。休憩しようね」
ウッドデッキの縁に並んで腰掛けて湯気がフワリとたつココアをフーフーとしながら飲んでいる。
「ママ。このクッキー、かざりといっしょだね」
「うん。抜き型買ったんだよ」
ジンジャーマンのクッキーの齧り方にも子供達はそれぞれだ。
頭から齧っているのは凱央。手や足から齧っているのは悠助。俊洋は半分に割ってから食べている。美理愛はアイシングを指でグリグリとして食べていた。
「オイシイネ〜」
「ウン」
「オーチーネ」
子供達は背が届く範囲にオーナメントを飾り付け、雄太が帰ってきてからイルミネーションを点けようと再びウッドデッキに出た。
「よ〜し。点灯式だぞぉ〜」
雄太がコンセントにプラグを挿すと小さな電球がチカチカと点滅を始めた。
「きれいだね。ママ、このクリスマスツリー、もっと小さかったよね?」
「そうだね〜。凱央と一緒に大きくなって来たって感じかな」
春香は大きくなった凱央の頭を撫でる。雄太も悠助達の頭を順番に撫でてやった。
「モミの木もサクランボの木も皆と一緒に大きくなっていくんだぞ」
悠助達はニコニコとクリスマスツリーとサクランボの木を見ていた。
雄太は少しずつメイゲイルがいなくなった事を受け入れた悠助にホッとしていた。
子供達が寝静まった雄太と春香の夫婦水入らずタイム。
「悠助、淋しがったりしてる時減った?」
「うん。前は写真見て泣きそうな顔をする時もあったけど、最近は幼稚園の行き帰りに元気に挨拶してるよ」
雄太は大きく息を吐き出した。
「良かった。こればっかりは、俺達が何とかしてやれるもんじゃないんだよな」
「うん。悠助に『ゲイルのお写真見たら悲しい?』って訊いたら、『ないと悲しい』って言ってたの。だから、悠助の中ではゲイルに見守ってもらってるって感じになったんだと思うの」
雄太は写真立てをジッと見た。馬房で、レースのメンコを着けていない素のままのメイゲイルに顔を寄せて満面の笑みを浮かべた悠助。
「良い写真だよな」
「うん。雄太くんは、ちゃんとゲイルの事、昇華出来そう?」
「バレてた……?」
雄太はメイゲイルの事が抜けない棘のように心がチクチクと痛んでいた事を誰にも気付かれていないと思っていたのだ。
「うん。雄太くん、私がゲイルの馬房に『雄太くんを守ってくれてありがとう』って言った時、泣きそうな顔してたでしょ? それから後でも切なげな顔してゲイルの写真見てたし」
「ははは……。俺も、ゲイルには感謝してるんだ。あの速度で骨折したのに、ゲイルは俺が下りるまで立っててくれたんだ。痛かっただろうにって思ってさ」
子供の頃から何度か見てきた競走中の骨折による騎手の落馬を自分がなっていたかも知れないという恐怖感とメイゲイルという相棒を失った喪失感。
「ゲイルは悠助の事が好きだったって思ってるけど、雄太くんの事は信頼してたと思うよ。私の思い込みかも知れないけど」
「ありがとう、春香」
この先、いつかまた今回のような事が起こらないとも限らない。騎手というのはそういう仕事だと分かっているし、覚悟もしている。
(それでも、俺は騎手でいたい……。馬が好きで、レースが好きだから……。一番先頭でゴール板を駆け抜けるのが好きだから……)
あって欲しくはないが覚悟を決めて騎手を続けていこうと思う雄太だった。




