995話
10月18日(日曜日)
前日の雨の影響で馬場状態は良くなかったがなんとか稍重まで回復した。
「この季節だし、稍重までの回復が限界だったようですね」
「昨日、東京も雨だったろぉ〜? 風邪引いたりしてないのかぁ〜?」
「梅野さんも雨の中騎乗してたじゃないですか」
「俺、若いからぁ〜」
「いや、俺のほうが若いですよ?」
雄太と梅野は騎手控室の最前列の席に並んで座って、あれやこれやとジャレているのを健人は後ろから見ていた。
(何度見ても、ああいう会話って重賞前にやる……? 呑気と言うか……。雄太兄ちゃんも梅野さんも慣れてるからなんだろな……)
騎乗号令がかかり、健人は立ち上がり雄太達の後ろについた。ふいに梅野が振り返った。
「健人ぉ〜。体調オッケー?」
「え? はい。大丈夫です」
ニッコリと梅野は笑って、健人の背中をポンと叩いた。
「そっか。リラックス、リラックスだぞぉ〜」
「はい。ありがとうございます」
まだデビューして一年にもならない健人が重賞に出るのは緊張もするだろうと思っているのだろう。
雄太は梅野の姿を見て微笑んでいた。
京都競馬場 11R 第46回京都新聞杯 G2 15:45発走 芝2200m
インポータントデイの最終オッズは1.2倍の一番人気。
「期待されてるよな、デイ」
春香に甘えている時と全く違うヤル気に満ち溢れた顔をしたインポータントデイはゆっくりとゲートに入った。
最期の馬番の馬がゲートに入り、タイミングを見てゲートが開いた。
「デイ〜。パパ〜」
「パーパ、ガンバレェ〜」
「パッパ、パッパァ〜」
「パー。バンバエェ〜」
子供達の声援とポンポンのシャカシャカ音がリビングに広がる。
(雄太くん。デイ。頑張って。無事に帰ってきてね)
昨日から雨の中でのレースが続いている雄太の体調を気にしながら春香は雄太とデイの無事を祈っていた。
ゲートを出たインポータントデイを雄太は中団後方につけた。ドドドドと芝と土を蹴り上げて、十六頭が駆けている。
梅野は先行集団に位置取った。健人は雄太の後ろだ。縦長の展開でレースは進んでいく。
そのままの位置をキープしていたインポータントデイを雄太は3コーナー手前で大外に導いた。そして、ゆっくりと順位を上げ始めた。
「パパっ! デイっ!」
「ガンバレっ! ガンバレっ!」
「パッパァ〜。デイ〜」
「パー、パー」
テレビの画面の中、ゆっくりゆっくりと順位を上げるインポータントデイと雄太の姿に子供達のテンションは上がっていく。
春香はドキドキと胸が高鳴っていた。
(雄太くん、デイ。頑張って。おめでとうって言わせて)
ギュッと両手を握り締め春香は画面をジッと見詰めていた。
スピードにのっている馬達の外側をインポータントデイは追い抜いていくのが映っているのを見ると、どれだけインポータントデイのスピードが上がっているのが分かった。
(凄い……。デイ、本当に速いね。帰ってきたら、いっぱい褒めてあげなきゃ)
大きな甘えん坊が頑張っている姿に胸が熱くなる。
3コーナーで先頭集団に迫ったインポータントデイは最終コーナーを周り直線コースに入った時には馬場の真ん中にいた。
だが、前には他馬がいる。インポータントデイは必死で前の馬を追いかけていた。
どんどんとゴール板が近づいてくる。壮絶な競り合いが続き、一着はどちらだと見ている皆が手に汗握る。
ゴール板を駆け抜ける直前、インポータントデイがグンッと前に出た。
クビ差で勝利したインポータントデイに観客席からは大歓声が湧いている。
「デイ、お疲れ様。ありがとうな」
ゆっくりとスピードを落としながら、雄太はインポータントデイの首筋をポンポンと叩いた。
「雄太ぁ〜。インポータントデイはどんだけ速いんだよぉ〜」
「ははは。最期までドキドキでしたけどね」
梅野は掲示板入りは出来なかった。健人も同じくだ。
雄太の最期まで諦めないで追うという姿勢を健人はやはり尊敬出来るなと思いながら、追いつきたいという思いを強くしていた。




