990話
10月9日(金曜日)
京都競馬場の調整ルームで雄太と健人は一緒に夕飯を食べていた。
「雄太に……雄太さん。明後日はメイゲイルと毎日王冠ですよね?」
「え? ああ」
時折、『雄太兄ちゃん』と言ってしまいそうになる健人に雄太は笑ってしまった。油断すると普段通りに喋ってしまう健人が敬語で話す事が可愛く思えてしまう。
周りには健人より先輩ばかりだから、少し緊張している。先輩達であっても雄太と親しく話せない人もいると聞いているからだ。
「メイゲイルって、最初からあんな風に逃げがキマってましたっけ?」
「ん〜。確かに逃げ馬だったけど、今程完璧って感じじゃなかったな」
「ペース配分がって事ですか?」
「ん〜。血統的に暴走してしまってる部分があったってのが一番の理由かな?」
健人はまだまだ知りたい事が多いと言って、時間があればあれこれ訊いてくる。雄太に実績があるから遠慮がちな後輩が多いから、健人のように気軽に話しかけてくれるのも嬉しいのだ。
「血統的……かぁ……。やっぱ、ブラッドスポーツって言われるだけあるなぁ……。メイゲイルの父って気性難って言われてたもんなぁ……」
健人は少し俯いて呟いている。
「まぁ、全部が全部血統で語れる程甘くはないけどな。馬にも個性があるからさ」
「それは分かってます。全部遺伝するなら『良い血統』って言われてる馬が未勝利で終わるとかないし」
雄太は頷いた。
雄太は健人との会話を聞き耳を立てている後輩達に気はついている。
(俺と親しげに話してる健人が羨ましいと思ってるのか、話の内容が気になってるのかどっちなんだろな? 両方かもなぁ〜)
少しずつ話しかけてきてくれる後輩も増えたし、重賞を獲れたら自宅に招待して欲しいと言ってくれた後輩もいる。
ただ、もっと気楽に話しかけて欲しいという気持ちもまだある。
「健人もさ、これから気性難の馬に乗る事もあるだろうけど、その馬とどう折り合いをつけるかとか、その馬が普段とレースの時がどう違うか見ろよ?」
「はい」
素直に頷いている健人を見た後、食事が止まってしまうぐらいに聞き耳を立てていた後輩達をチラリと見た。
バッチリ目が合ってしまいアワアワとしている姿に吹き出してしまった。
「雄太さん?」
「いや、他に何か訊きたい事はあるか?」
そう言われた健人はニッと笑った。
「訊きたい事を全部訊いてたら一晩じゃ足りないかも」
「そんなにあるもんか?」
「雄太さんは先輩に訊きたい事とかなかったんですか?」
健人に言われて雄太は少し上を見ながら考えた。
「アドバイスは色々もらったな。鈴掛さんや梅野さんから」
「へぇ〜」
雄太はデビューした頃、鈴掛や梅野にどれだけ助けられたかと思うと感謝するしかないと思っていた。
「騎手としてもだけど、人間として成長させてもらったぞ」
「人間として……?」
「ああ。調教師との関係って信頼関係を築かないと駄目って、健人だって小園さんから教えられてたろ?」
雄太の先輩だった小園は今は調教師として頑張っている。雄太も何度か乗らせてもらっている。
もちろん健人も父のところの馬には乗せてもらっている。
「父ちゃんも、きちんと騎手として人間として成長しろって言ってた。自分のところの馬だけじゃやってけないからって」
「そうだろ? もっともっと依頼してくれる調教師との関係を広げていけよ。健人は実績も積んできてんだからさ」
「うん」
健人は大きく頷いて夕飯を食べ進めていった。
雄太は自分の部屋へ戻り、布団を背に座り込んだ。
そしてグッと体を伸ばして、バッグの中から出して置いたミニアルバムを手に取った。
(手押し車に乗ってドヤ顔をしてる美理愛、笑えるよな)
手押し車がお気に入りになった美理愛を春香が写真に収めておいてくれたものだ。
そして、同じく手押し車に乗っている凱央のも悠助のも俊洋のも持ってきている。
(こうして見ると全員ドヤ顔してないか?)
並べて見比べてみると満面の笑みを浮かべてはいるがゴール後の騎手のように自慢気に見えて、しばらく雄太は忍び笑いを続けていた。




