989話
10月5日(月曜日)
乗馬教室に行く前に雄太は春香達を連れて江川厩舎に訪れた。
「ゲイル〜、ゲイル〜」
雄太はウキウキとスキップをするかのように浮足立って、メイゲイルがいる馬房のほうに向かっていた。
馬房の奥からメイゲイルは勢いよく顔を出して、耳をピコピコと動かしている。
「ゲイル、凄く艶々してるね。調子が良いって分かるね」
「だろ? 体調も気力もバッチリって感じなんだよな」
雄太もウキウキとしているのが春香にも伝わってきた。そして、雄太に抱っこされている美理愛も、目をキラキラと輝かせている。
「パー。ンマタン、ンマタン」
「そうだな。格好良いだろ?」
「ン」
美理愛はパヤッと笑ってメイゲイルに手を振っていた。
雄太はメイゲイルを撫でたくてウズウズしている悠助を抱っこする為に、美理愛を春香に抱っこを替わってもらう。
凱央と俊洋は悠助が撫でてからだという事は分かっていて、ジッとメイゲイルを見ていた。
「悠助。お待たせ」
「ウン」
悠助は雄太に抱き上げてもらい、メイゲイルに手を伸ばした。
「ゲイル。パパトノレース、ガンバッテネ。ボク、オウエンスルカラネ」
悠助の小さな手がメイゲイルの鼻面をモニモニと触ったり、スリスリと撫でる。
メイゲイルは唇で悠助の手をハムハムとしていた。
(ゲイルが唇で……)
馬の唇は敏感な器官であるから、慣れた人しか触れないというのだがメイゲイルは自ら悠助に唇を当てていた。
雄太も春香も悠助とメイゲイルの様子を笑顔で見守っていた。
悠助が存分にメイゲイルと触れ合ったところで、雄太は美理愛に手を伸ばした。
「じゃあ、美理愛からな」
「ン」
「優しく優しく撫で撫でだぞ」
美理愛は嬉しそうにメイゲイルに手をそっと伸ばす。
「デイユ、イイコ」
鼻筋をそっと撫でる美理愛をメイゲイルの目は優しい。それは、凱央でも俊洋でも同じだった。
「うちの孫は馬好きだな。良い事だ」
「お義父さん」
メイゲイルと子供達を見守っている春香に声をかけてきたのは慎一郎だった。
「江川調教師。お邪魔するよ」
「慎一郎調教師。どうぞ、どうぞ」
江川は慎一郎同様、まだ厩舎に自宅があった事を経験した年代である。
「うちの孫達はここに自宅があったら訪ねてきては、一日中馬房を見てたかも知れんな」
「ははは。確かに」
「今は違うのが惜しい」
雄太が子供達を馬に会わせている事を批判する人間がいるのは雄太も春香も知っていた。『子供の遊び場じゃない』と言われている事は慎一郎の耳にも入っていた。
子供の遊び場だと思っている訳ではないと言っても、批判する奴等はするのだと雄太も慎一郎も思っている。
「ジィジのお家、馬がいたの?」
「そうだぞ。雄太が小さい頃は厩舎の上に家があって、階段を下りたら馬がいる生活だったんだぞ。その後はトレセンの横に住んでててよく純也もきてトレセンの中で遊んでたぞ」
「ウワァ〜。イイナ」
「イイナ、パッパ」
凱央だけでなく、悠助も俊洋も羨ましげに雄太を見上げていた。
「そ……そんなに羨ましい事か……?」
「うん。パパがうらやましいよ」
「「ウンっ!」」
目をキラキラさせて厩舎やトレセンのに住んでいた事を羨んでいる。
雄太は苦笑いを浮かべている。慎一郎は孫達の可愛い言葉にホクホク顔だ。
「慎一郎調教師は幸せ者ですな」
「はっはっは。儂は子供が雄太しかおらんが孫は大勢で、しかも皆馬に興味持ってくれてるからな」
なんといっても凱央が騎手になりたいと言ってくれてから慎一郎は幸せを噛み締めているのだ。
「じゃあ、ゲイル。またくるからね」
「デイユ、デイユ。バーバイ」
春香に抱っこされた美理愛はメイゲイルに手を振って、雄太達は乗馬教室へと向かった。
「ンマタン、ンマタン」
美理愛は悠助が乗る前のモモちゃんを撫で回していた。
「ミリア。モウイイ?」
「ン。ニィニ」
「ガンバッテクルネ」
「バンバエ」
すっかり馬好きになった美理愛は、既に練習場にいる凱央と練習場に向かった悠助に手を振っていた。




