988話
メイゲイルの次走が決まった。10月11日の毎日王冠だ。
「俺はレースについては何にも言わないぞ。鷹羽くんに任せてりゃ心配ないからな」
「え? 江川調教師、指示なしですか?」
「ははは。今更、何の指示が必要なんだよ」
江川は雄太を見てゲラゲラと笑った。
「俺達はレースに向けてしっかり仕上げておく。当日の事は任せたから、ゲイルを気持ち良く走らせてやってくれ」
「調教師、ちゃんと指示してくださいよ」
雄太は苦笑いを浮かべながら、メイゲイルを撫でてやる。しばらく大人しく撫でられていたメイゲイルだが、ふいに顔を上げてキョロキョロと見回し始めた。
「ん? どうした?」
江川が声をかけるが、メイゲイルはまだ首を伸ばして馬房の外を見ている。
「もしかして、悠助を探してるのか?」
「ああ。そうかも知れんな」
雄太が『悠助』と言った瞬間、メイゲイルの耳がピコンと反応をした。
「プッ。お前、分かりやすい奴だな」
吹き出してしまった雄太はまだ悠助を探してるようにキョロキョロしているメイゲイルを撫でてから江川厩舎を後にした。
自宅へ戻った雄太は風呂に入ってスッキリとしてから、リビングで遊んでいる美理愛を見ていた。
悠助と俊洋は庭で走り周っている。
(凱央はアルだったし、悠助はゲイルか……。俊洋にも美理愛にも、その内お気に入りの馬が出てきたりするのかなぁ〜)
あまり馬に興味を示さなかった美理愛も、最近は撫でさせてくれと催促するようになった。
その美理愛は凱央のお古の馬の手押し車に跨って遊んでいる。
「パー。ンマタン、ンマタン」
「お。美理愛騎手、絶好調だな」
「ン」
雄太にアピールをした後、ゴロゴロガーガーと音を立てて美理愛はリビングとダイニングを縦横無尽に走り回っている。
その美理愛に接触しないようにしながら春香が洗濯物を片付けるべく二階の凱央の部屋と悠助の部屋へ行ったり、雄太の部屋へ行ったりとしていた。
「洗濯物終わったし、夕飯の下拵えは、もう少し後で良いし……」
「春香」
「え? あ、コーヒー?」
「じゃなくて。美理愛さ、何でいきなりあの手押し車で走り回るようになったんだ?」
春香はちょこんと雄太の隣に座った。
「ほら、ヨチヨチ歩きの時は殆ど使ってなかったしさ。たまに俊洋が跨って遊んでたぐらいだったよな?」
「うん。せっかく雄太くんが綺麗が綺麗にしてもらってくれたのにって感じだったよね」
春香は笑いながら走り回っている美理愛を見ていた。
「多分なんだけど、私がアルバムを見ていた時、凱央があの馬に乗って楽しそうに笑っていた写真を見て『格好良い』って思ったのかなって」
「あぁ〜。そういう事か。突然だったからビックリしたんだよな」
今の美理愛は手押し車が必要な年齢ではない。跨って遊ぶのには年齢は関係ないとは思うが。
「パー。マー。ンマタン〜」
「おぉ〜。転ぶなよ」
「ン〜」
ゴロゴロ ゴロゴロ
ガーガー ガーガー
フローリングの床を気持ち良く走り回り、満面の笑みを浮かべている美理愛を見て雄太と春香は顔を見合わせて笑う。
「ははは。四人目だし、女の子だしって思ってたけど、メンテしてもらってて良かったって思うよ」
「本当にね」
せっかくプレゼントしてもらえた馬の手押し車を子供達が喜んで使ってくれているのが、雄太は本当に嬉しいのだ。
雄太はリビングボードの上に置いてあるカメラを手に取って、はしゃいでいる美理愛の写真を撮った。
(またこれも送っておこう。喜んでもらえるかな)
直樹の知人には、凱央、悠助、俊洋と順に写真を撮っては送っている。
その度に、まだ使っている事を喜んでくれているのだ。
ゴロゴロ ゴロゴロ
「パー。ンマタンゴーユ」
「美理愛騎手、一番〜。女性騎手初のG1制覇だな」
「ン」
『ゴール』とは言ったが、美理愛はまたゴロゴロと音を立ててダイニングのほうに向かって行った。
意味は分かってはいないだろうとは思うが、いつか我が子の誰かがG1を獲ってくれたら良いなとヒッソリ思った雄太だった。




