shoes-24「洗い屋エルフと寛ぐワシ」
——所変わって、メイローン迷宮内。
僕の目の前では、見上げないと全貌が見えないくらい巨大なザリガニが大暴れしている。目を緑色に光らせ、不気味な色の煙を放ちながら我が騎士団を蹴散らしている。正直すごく怖い。
……けど、僕はこのモンスターを倒して名を上げるんだ!
ここ半年前程から『堕階』という現象が各地の迷宮で発生している。
始めは蠱毒効果によるモンスターの凶暴化だと思われていたが、同層内に他のモンスターが存在しない主も凶暴化の確認がされた事から別の現象だと認識され始めていた。
この現象の恐ろしい所は、“モンスターが意志を持つ”という所だ。ただ凶暴化するだけなら、元々単純な知能しか持たないモンスターに対して、人間の知恵とチームワークで対処出来るけど、意志を持ってしまう事により、モンスターが戦略を組み立ててしまう。そうなると、ただでさえ力の弱い僕たちが勝てる訳がない。ひとつ勝機があるとすれば、『堕階』が始まって間もない頃なら、突然手に入れた強大な力に我を忘れて暴れまわっている時だと、騎士団の団長は言っていた。
それが今、この時だ。
メイローン国を治めるシャベル・サンドボックス・ミョン・メイローンの長男である僕、スコップはもうすぐ40歳を迎える。
けど、公爵の長男であるにも関わらず、未だに結婚相手には恵まれなかった。近隣諸国の貴族内でも女性が生まれ難かった事や、数年前まで魔王が各地を荒らしまわっていた為に政略的な結婚の話など微塵も起きなかったというのもあるけど、僕自身が僕の為に連れて来られた女性に興味を持てなかった。みんなブサイクだし、太ってるし、なんか嫌な顔するし……。
僕の容姿は決して悪い方じゃない。ちょっと人より鼻が大きくて、脂ぎってて、興奮するとフゴフゴって鼻息が出ちゃうから、たまに豚のモンスターのオークと間違われるくらいだ。
だから僕が、まだ誰も討伐出来ていない堕階したモンスターを倒せば、公爵も喜んで公爵位を譲位してくれるはずだ。公爵ともなれば、世界中から女どもが寄ってくるはずだし、それだけいれば自分の目に叶う女性が現れるはずなんだ!
けど——
「な、なにやってるんだ! は、早く倒せよぉ!」
第一王子というコネを使って公国でも迷宮帰還率の高い騎士団を従えて迷宮に挑んだが、今の状況は最悪だ。地下三十層の主と呼ばれるブラックロブスターが堕階した力は凄まじく、吐き出された毒泡に為す術なく次々と倒れていく騎士達。
百人いた騎士団は残り三十名を残すのみ。
ブラックロブスターの外殻は硬く、傷こそつけたがダメージを負った様子もなく暴れまわっている。その三十名も毒泡により死に体寸前だ。
「くそっ! ヴァンスコーはまだか!?」
「あ、あと一刻ほど掛かるそうです!」
「……あのデブめ!」
頼みの綱の治癒師ヴァンスコー男爵も未だ到着していない。高い回復魔法と高度な治癒と解呪魔法が使える彼は、若くして貴族達に気に入られ男爵位を得たが、それゆえかスライムみたいにぶくぶく太りやがって今ではまともに一人で歩けないのだとか。デブと言っても色々種類はあるが、アレは御デブじゃなく汚デブだ。高度な魔法が使えたとしても、動けないのでは単なる足手まといじゃないか!
そう毒つく間にも騎士は減り続け、敵は手の届きそうな範囲まで迫ってきている。
「ぼ、僕を守れ! サンドキャッスルっっ!!」
仕方がないと僕は、魔核がはめ込まれた指輪を外し頭上に掲げると、魔法を唱える。
【サンドキャッスル】
我がサンドボックス家に代々伝わる秘魔法だ。呪文が長くて詠唱に時間が掛かるけど、“砂鉄で出来た城”を僕を囲むように出現させる事が出来る。城の屋根は尖っていて攻撃にも使えるし、高い城壁は防御にも使える。しかも今回は、公爵に貰った魔核がはめ込まれた指輪で魔力を増幅しているから、威力も大きさも十倍だ!!
這うように迫りくるブラックロブスターの下顎を、地面から斜め上に勢いよく生えてきた砂鉄の城が突き刺さる。
「ギ、ギュイエ〜……」
「や、やった!」
「おお! 凄い!」
予期せぬ攻撃にたまらず声を上げるブラックロブスターに歓喜する僕と騎士達。このまま優勢に傾き、形勢逆転するかと思ったが……甘かった。
次の瞬間、突き刺しそびれた左脚の巨大な鋏が横から猛烈な勢いで振るわれる。その衝撃は凄まじく、たった一撃で鉄壁なはずの砂鉄の城壁にヒビが入る。
「ひっ」
自らの魔法によって自分を取り囲んでしまった為、逆に身動きが出来ない事に恐怖し、その場にうずくまる僕。
そして何度も何度も殴りつけられた城壁は、とうとう耐えられずに崩壊する。
なんとかその場から逃げようとするが、崩れていく砂鉄の瓦礫の中から巨大な鋏が現れる。
「スコップ様ーーー!!」
叫ぶ暇があるなら助けに来い! と心の中で毒づきながら、死を覚悟し目を瞑る。
「…………?」
……が、しばらく経っても鋏で身体が締め付けられる気配がない。
恐る恐る目をあけると、巨大な鋏は僕の身体を挟み込む寸前で止まったままだった。
何が起きたのかと見上げると、ブラックロブスターの顔の半分が円状に切り取られたかのように無くなっていた。
「……え?」
状況が飲めず、混乱する僕。連れてきた騎士団ではこんな芸当が出来る者など居ないし、絶賛遅刻中のヴァンスコーは白魔術師だ。一体誰がこれを……と思ったが、よく見ると顔半分が切り取られた円状の真ん中辺りから、地上へと降りてくる人物が見えた。
初めは、ゴツい両手の剣に加え、黒色の部分鎧を着ている事から男の冒険者かと思ったが、それにしては手足や胴周りが細い。もしやと思い目線を上げると、背中にかかるかどうかくらいのほんの少しウェーブのかかった黒髪。そして冑から覗かれる顔は幼くも美しい顔立ちをした女性だった。
「……!」
そう思って見れば、冑や籠手、膝当ては細かな装飾が施された黒みを帯びた紫色の鎧。おそらく名工の逸品。いやらしく……いや、素晴らしく胴の部分が取り除かれた胸部と肩、腰を覆う部分鎧は重々しいが、歴戦の騎士を思わせる力強さを感じた。鎧をつけていない胴には灰色の布地が見え、これもどことなく気品が溢れている。
だが、それらは全ておまけに過ぎない。やはり顔、あの整った顔立ちにかかわらず幼さを残した感じがたまらなく……。
「好き……♪」
・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
迷宮内で生き埋め状態にされたワシとエルフはひたすらに土を掘り進む。途中手持ちの食料が無くなりかけると、そのスピードは一気に跳ね上がり、エルフの「あともう少しで到着するはずよ!」の一言で、渾身の力を込めて目の前の土壁を円形にくり抜く!
「ば、ばか! 冒険者がいたらどーすん——」
「……ひょ?」
くり抜いた岩壁がボロリと崩れ落た先には、空洞が広がっていた。そしてその先には、今まさに巨人種を襲おうとしている巨大エビの姿が。だがその頭はたった今ワシがくり抜いた岩壁と全く同じ円形でくり抜かれ、静止していた。
「ひょっひょ。壁に穴を開けたつもりが、その先の魔物まで開けてしまったぞい?」
「だから言ったでしょ! ……モンスターだったから良いけど!」
先に迷宮に降り立ったワシに向かって穴から怒鳴るエルフ。全く煩いヤツじゃ。お主はワシの母親か?
「ねぇ、そこの貴方! ここってメイローン迷宮よね!?」
「……へ? そ、そうでしゅが……」
「そうなのね!? よし、着いたわ! 早速お風呂いくわよ。お風呂!」
そうとう土塗れの生活が嫌じゃたのか、ワシの乗り物の腕を引っ張り迷宮を出ようとするエルフ。つーか何故お風呂に行くのに乗り物の腕を引っ張る必要があるんじゃ?
とりあえず偶然にも倒してしまった魔物から魔核を回収し、この場から立ち去る事に。
だがその時、乗り物の左腕の紋様が光っていた事にワシは気付かんかった。
無事にメイローン迷宮に着いたワシらは、唖然としている巨人種どもをおいて、急いでメイローン迷宮の入り口から地上へ出た。まぁ急いでたのはエルフだけじゃが。
地上に出てまず感じたのが、清々しいほどの暑さと潮の匂いだ。正直あまり好きな匂いではない。土を掘り進んでいた時からうっすら匂っていたが、ここまで来ると、ちと強烈過ぎる。じゃが、街の住人どもはそう思っていないようで、かなり寛いでいる雰囲気がある。むしろ寛ぎ過ぎてだらけた印象じゃ。
街を歩く巨人種ども着ているのは鎧ではなく、袖の短い布地か薄い革で出来た下着のような服だった。オトコは上半身裸の者も多い。気温が高く暑いというのもあるが、しっかり冒険者の装備をして街を歩くラビス迷宮の住人と比べると、かなり腑抜けて見える。
建物は木や石造りなど色々だが、そのどれも家を丸ごと白く塗り潰している。青い空、白い建物、その隙間から見える青い海、まるで絵で描いたような景色で悪くはないのだが、白い建物に日の光が反射してやたら眩しい。目の保養に良いのか悪いのかよく分からん街じゃ。
エルフはこの建物の中で浴室のある宿を探していた。だが、街人の話によると浴室は貴族の家にしか無く、平民は大衆浴場を使っているらしかった。しかたなく、エルフの提案で普通の宿屋の一室を借り、そこで身体を拭く事に。
「ふいー。やはり広い風呂はいいのう」
ワシは今、巨人種用のお碗で入浴している。湯は単なる水を沸かしたものだが、そこにワシの村で取れた香り木を浸ける事で、自然の香りと蒸気が相まってワシの身体を優しく包み込んでいく。
エルフには黙っているが、実は乗り物の中にもお風呂はある。ワシらの身体で言うとちょうど胸の位置に設置しているのだが、設計の問題で浴槽がものすごく狭くなってしまった。そのせいで脚と腕は浴槽の外に投げ出さなければならず、リラックスもろくに出来ない仕様となってしまった。それにワシの乗り物の中では薪を燃やす事が出来んので、外で沸かしたものを乗り物の口から注ぐのだが、喉から胸に通している管に、お湯を通すのが難しく時間がかかる。その為、お湯を注ぎきったとしてもすぐに温くなってしまう。その度に操縦席に戻ってお湯を注ぐのはかなり面倒なので、温いまま我慢していた。
じゃからこうして脚をのばして、熱々のお湯に入れるというのはかなり嬉しい。やはり風呂というのはこうであるべきじゃな。
そんな寛ぐワシの横では、エルフが頼みもしないのにワシの乗り物をせっせと洗っている。沸かしたお湯を水の魔法で手に纏い全体を泡立たせると、風の魔法で高速回転させたまま優しく乗り物の皮をなぞっていく。そうする事で皮を痛める事なく汚れを落とせるらしい。両精種だからこそ出来る技じゃな。興奮しているのか、その目は充血し鼻息も半端ない。だが皮を洗う手つきだけは慎重かつ繊細じゃ。
あれだけ風呂風呂言ってたのに大衆浴場に行かなかったのは、これが理由だったようじゃな。何故コヤツがワシの乗り物に熱中するのか、未だもって分からんが……。
その後ワシの乗り物の掃除を済ませ、一人寂しく大衆浴場で入浴を済ませたエルフと宿屋の一階で食事をとる。数日ぶりのまともな食事に感激するエルフ。ワシは乗り物の口に放り入れた物を大雑食がある程度食べ、残りをワシに持って来させている。
この国の食べ物は魚介という種類が主となっており、その中でもエビやカニといった手に鋏を持つ甲殻のついた生物が人気であるらしい。現に今ワシらが食しているのもロブスターと呼ばれるエビの王様で、木ノ実を潰して練ったような食感が面白い。果実よりも甘くはないが、飽きさせない味といったところか。ただこの形、既視感があるのは気のせいじゃろうか?
次の日、高級料理を頼みまくって気を良くした宿屋の主人から聞いた情報を頼りに、解呪を得意とした白魔術師の店を訪ねる事に。そこでふと疑問が湧く。
「ワシ……巨人種に姿を見せても大丈夫か?」




