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三騎士  作者: 和久井暁
21/25

賭けの結果

20 迷い~賭けの第2日目の朝


 部屋の南京錠は、悪戦苦闘したが古く、錆付き、それでも尚頑丈に鍵としての役目を果たしている。

 やがて全ての部屋を施錠し終えたのか、廊下を歩くとぼとぼと歩く小さな足音が聞こえた。

 ちょうど階段の右脇の部屋であった二人は、いつでもそとに出られるような態勢で待っている。

 二人はドアを開けて、俯いて歩いていた宿屋の少女の前に立ちふさがる。

 少女はドアが開いた事に、驚いて目を丸くして一歩退いたが、ティティスとクロイスであるとわかってか、落ち着いた表情で「何か?」と尋ねてきた。

「私達はどうしても外に出たいんだ。

 しかしその前に、どうしても知りたい事がある。

 君が部屋に鍵をかけにくる前、隣の人も一斉に窓に鍵をかけ、カーテンを引いていた。

 朝の鐘の音を聞いてからの君はおかしかったし、明らかに街の他の人たちもおかしいと思える。

 何故今外に出ては行けないのかその理由を聞かせてほしい」

 ティティスがまくし立てるように一気に言うと、少女は俯いた。

 少女の心は複雑な葛藤を抱いていた。 今まで恐々として暮らしてきた……。 父親の裏切りの二の舞にならないように怯え、忠実に従い、崇めてきた。

 しかし、今目の前に本当に崇めてきた人達がいる。

 遠い昔、その肉体は滅びても、その名と精神が受け継がれるようにと望まれ、人々に希望を齎す存在として尊敬されてきたあがめるべき人々が前にいる。

 三騎士を長年信奉してきた北領の人々は、今や自分達でも知らぬうちに修道女達を崇めていた。

 しかしいつ、何故、どうしてそのような事になったのか、そんなことはわからない。 その三騎士を取るべきか、今まで怯えてきた修道女達を取るべきか、少女は迷っていた。

 何も言わない少女と、その様子をじっと見詰め、言葉を待つ二人の男。 お互いがお互いに、その沈黙に耐えきれなくなり、口を開こうとしたその時……。

コンコンコン……

 下の玄関の戸を誰かがノックする音が、三人の耳に届いた。

 決まり悪い顔をした少女はそれでも、急いで下に下りていって、施錠していたドアを少しだけ開けた。

 ティティスとクロイスは一端部屋に戻り、そこから僅かに聞こえる声に耳を傾けながら、荷物を粗方まとめていた。

 下からは「待ってください」とか、「お願いします」という声が聞こえた。

 まるで借金の催促から逃げているようである。

 そしてしばらくしてドアが閉まり、階段をドタドタと上がってくる音が聞こえた。

 少女はノックもせずに勢い良くドアを開け放つと、ティティスとクロイスを交互に見て。

「どうしても……本当に出たいんですね?」

 少女の簡潔な問いに頷き返すと、少女は深呼吸をした。

「……外に出てもよろしいでしょう。

 しかし、今は何故こんなことになっているのか、その理由は話せません。 ただ……一言だけ言っておきます。

 『修道女』達には気をつけてください」

 思いつめた顔、低く押し殺した声で、少女は部屋の出入り口の前から退けた。

「荷物は責任持ってお預かりします。 ただ剣は持って行かれた方がよろしいでしょう」

 少女の発言の意図が掴めず、困惑を隠しきれない二人であったが、少女を尻目に外に出る。

 するとそこには黒い修道衣を纏った、壮年の女たちがいた。



 ティティスとクロイスが宿屋で食事をする前、シャロットはエレミカで馬を駆り、必死に走らせていた。

 もちろんシャロットは、背後に迫る修道女の影を察知してのことである。

 だから近くの森に入り、馬を巧みに操りながら修道女を巻く。

 しかし普段あまり、馬に乗りつけていないせいであろう。しばらくしないうちに、修道女もシャロットも手綱を取られ、馬に遊ばれ始めた。 お互い必死に手綱を操り、馬首を巡らせ、鬱蒼と茂った暗い森の中を駆け抜ける。 シャロットは内心で舌打ちをした。

 ここ一か月ほど、馬に乗って行動する事が多かったシャロットは、自己を過信していたのである。

 雪に手綱を取られぬように、慎重にぎりぎりの線を見極めていく。

 そして森の奥深くに行きつくと、シャロットは馬首を返して、急角度で曲がった。

 そのまま木々を避けながら、さっきまで通っていた道に合流し真っ直ぐ森の入り口まで進む。

 修道女も慌てて馬首を返そうとしたが、馬が嫌がって振り払われそうになった。

 しかし何とか馬を宥め、修道女は改めて向きを変えて、森の入り口に帰っていく。

 さて、修道女を巻いたシャロットはというと、森の入り口付近で隠れ、修道女が来るのを待っていた。

 そして修道女とかなりの距離を取り、慎重にこっそりと馬を走らせて行く。

気づかれぬように離れながら、しかし見失わぬようについていきながらの微妙な駆け引き。

 そしてエレミカ近くの森に入った時、シャロットは木々で身を隠しながらも、確実に距離を保ち、後を追って行った。

 修道女は、自分とシャロットの立場が変わった事に気づかず、道案内をしてくれた。

 教会に戻り、そして森の遥か奥、デクロラ山脈の麓、地元の人間が『爪痕』と呼ぶ大地の裂け目が見えてきた。

 修道女はその『爪痕』にゆっくりと降りて行った。

 (断崖の絶壁と言えるこのおぞましい地に、どうやって下りて行ったのかしら?)

 シャロットは内心そう思った。 しかし近寄ってみてみると、実は断崖の部分が削られて、階段があったのである。

 シャロットは、ここにまだ三騎士と修道女達が来ていないと踏んだ。 なぜなら雪の跡に、先ほどの修道女以外の足跡しかついていなかった。 三騎士も同行するはずだから、修道女と同じ靴を履いているとは考えられない。

 それにどうあがいても、女に紛れた男の足跡というものは隠せるものではないだろう。

 シャロットはそれだけを確認し、馬を走らせた。



 さてティティスとクロイスはというと、修道女に囲まれ、何処かに引っ立てられるように森を歩いていた。

 修道女達は何かと二人に話しかけ、愛想を振りまいたり、これまでの労を労ったりしている。

 その間何かと修道女の口から、魔術師を貶めるような発言が出たので、二人は警戒しながら辺り障りのない会話をしていた。

 国が『魔女狩り』をやめ、その力を有効に使おうと思い立ったのがほんの二、三十年前。

 最も『魔女狩りの禁止令』は、それより百年ほど早く施行されていたはずであるが、魔女狩りが全ての地域でなくなったと国が承認するまでには、双方の血の流し合いをした五十年に及ぶ『混沌の期間』と呼ばれる時代があった。

 それも『魔術師』、『魔女』と呼べる人々の権利運動と、南部の領主が『魔術師』に教育を与え、勉強する場を与えた事で、やっと国内における地位は獲得されつつある。

 だから現在、衆知の事実として『魔女狩り』は撲滅されているはずだった。

 そんな風に、頭の中を回る疑問を整理しながら、ただ相槌を打つ。

 ティティスはどんどん森の奥に進む事に、少なからず不安を覚え、思いきって話しかけてみる事にした。

「一体何処まで行かれるのですか?」

 真っ黒な修道服に、皺の深い穏やかな優しげな老婦人は、声をかけられた嬉しさにか、顔を年がいなく赤らめる。

「三騎士の聖地にございます。

 我ら北の修道女は特別な存在、一千年も前よりこの地を魔女どもの手より守ってございます。 しかし私共めの力及ばず、今だこの地から忌まわしき魔女どもを追い出せぬは口惜しいですが……」

 ティティスは本当に申訳なさそうに、不気味なほどの執念深さと、憎しみの篭った老女の言葉に、背筋が冷っとするのを感じた。

「このさらに奥は、洞穴と繋がっておりまして、その洞穴が三騎士様方の、最後の決戦の場。 決戦の終着である聖地となってございます」

 恭しく頭を垂れる修道女は、道を譲るように退いた。

 頬を過ぎ行く風、目の前の大地にに刻まれた深い傷跡のような崖は、戦に慣れ、『猛者』と呼ばれる力量を身につけたティティスと、クロイスの二人すらも飲むような迫力を有している。

「さぁ、奥へ」

 まるで地獄に誘う処刑人のように、厳かな声で修道女は二人に告げた。



 シャロットは修道女がいない間に、あの教会へと戻ってきた。

 身近な枝に手綱を結び、教会の中、勝手知ったるあの地下室への出入り口を開ける。

 教壇前の長いすを退かし、絨毯を捲って、床板をはがす。誰が何のために作ったのかは、不明であるが、とても厳重で凝った偽装がしてある。

「生きてる?」

 修道女の事だから、一度逃げた前科のあるココットを健康な状態でそのままにしておくはずがない。

 シャロットは地下室の入り口を片手で持ったまま、中を覗き込むようにして呼びかける。

 返答は全くない、物が動いているような気配すら感じられない。

(ちっ……、あのババアどもが、いつ帰ってくるかも分からないのに)

 シャロットは内心そう毒づきながらも、勤めて穏やかに再度呼びかける。

「今はあの修道女達もいない。 だから早く出てきてよ」

 微かに部屋の隅で何かが動いた気がした。

 根気強くまた呼びかける。だが、シャロットから見える位置にココットは動こうとしない。

 痺れを切らしたシャロットはとうとう怒鳴り始めた。

「早くこっちに来いって、言ってんのが聞こえないの このノロマ!」

 その非難するような叫びに、やっとココットは毛布に包まったまま、這うようにシャロットの下に姿を現した。

 そのココットの姿に侮蔑の視線を投げかけながら、シャロットはようやく一息ついた。

「やっと出てきてくれたのね、ココット。 さぁ、こっちに来なさい! 今梯子を下ろすから自分で上がってくるのよ」

 冷たく言い放ったシャロットは、この地下室に入れられるとき、そして脱走する時に自分が使った梯子を、物置まで取りに行く。

 そしてぐるぐると、何重にも巻かれた縄梯子を持ち、地下の入り口の前に行くとそれを下まで垂らした。

「これを掴んで登ってきなさい。 あなたならできるでしょう?お城での生活を取り戻すの。 こんなところからさっさと出るのよ!」

 シャロットの声は必死だった。 それは自分でも不思議になるくらい。 それは恐らく無力だと、意味も、価値も、その存在には見 出せないと教え込まれたココット自身に対する腹立ちからだった。

 いつまでも不幸そうで、薄幸の美少女を演じる彼女に。 

 侮蔑はできる力があると信じているのに、その期待を裏切られるから。 だから憎しみがこみ上げてくるのだろう。 シャロットもある意味同じ状況を共有したのだ、だからこそ勝手とは言え期待せずにはいられない。

「…………」

 闇の中から小さな掠れた風のような音が聞こえた。

 シャロットはその柳眉を顰め、唇を引き結び、「なんて言ったの?」と聞き返す。

「無理だわ……、もう、そんな力何処にも残っていないもの。 頭が痛くて……、地面が揺れてる。 こんな身体では立てない……」

 弱々しく泣き言を言うココットに、シャロットは悔しさと苛立ちで唇をきつく噛み締める。

 握った拳がわなわなと震え、怒髪天をつくような形相だった。

「ばぁっっかじゃないの あんただけが、あんただけが辛いうような目にあったわけじゃない。 なんでそんな事言うの

 できないんじゃなくて、しないだけでしょっ。 あんた今まで何してきたのよ、ただ泣いて助けを待つだけ。

 なんでもっと元気なうちに、逃げ出そうとしなかった?

 あんたのそういう人に頼りきった、ただの言葉に縛られて身動き取れないあんたが、私は昔っから大っ嫌いだったのよ」

 自分自身の感情を、激情のままに吐露したシャロットは、もう自分で自身を制することができなかった。

怒りの激流と化した彼女の言葉は、留まる事を知らず、ココットを責めたてる。

「あなたはねぇ! 昔からそうだったわ!

 あの修道女達が何を言おうと、あんたに関係ないじゃない!

 だってあんたに罪はないんだから。

 生まれた事事態が罪ですって、ふざけるんじゃないわよ!

 だってそうでしょ、生まれた事、事態が罪ならこの世に子供なんて生まれなければいい! ふんっ……、そうすれば誰も罪なんてものを意識せず、滅びる事ができるわ!」

 最後はまるで、世界にすら呪詛を吐きかけるようにシャロットは不敵に豪語した。

「私は正直、ここに閉じ込められてから、あなたに少しだけ同情していたわ。 でも自分が何度も脱走するうちに考えたの。

 何故あなたは逃げなかったんだろうって?

 逃げられなかったのか、あるいは逃げ様ともしなかったのか……。

 あなたが自信を持って言えるのはどちらの答え」

 シャロットはしばらく、返答を待った。

「わた……、私だって戻りたい。

 楽しかった生活に戻りたい。 でも……戻れない。

 私……どうしてこんな目に、あうの?

 何にもしてない……。何にもしていないのに……」

 嗚咽と共に地下からか弱い声が聞こえる。

 怒り心頭を発するほどまで達したシャロットは、縄梯子を掴み、一気に引き上げた。

「この大馬鹿者! そこで嘆いていればいい!

 悲嘆に暮れてる場合じゃないでしょ

 私は選べって言ったのに。

縄梯子を掴んでくれるだけで良かったのに……」

 そう言ってシャロットは蔑むような視線を投げかけたまま、無造作に地下室の扉を閉めた。

 そして動かした家具はそのままにして、聖域へと向う。

 聖域というのは、噂によればただの洞窟のはず。

 シャロットは繋いでいた馬に、馬が引くソリをつけ、薪とマッチを摘み込んで走らせはじめた。

 所詮は馬一頭で運ぶ量だから、限りはあるが、シャロットの予測では、これでいいはず。

 後は全てを行動するだけだった。



 教会から出て、断崖の方に馬を走らせていると、三騎士の一人、サイトネスに会った。

 馬首を巡らし、今にも押さえ込みにきそうな迫力で、サイトネスはシャロットと対峙した。

「サーペント氏の元に行けば、必ず仲のよい私達が動くと知っていたのには感嘆する。 しかしなんの為に私達をこの北の辺境の地へ連れ出した? 警邏隊にでも通報すればすみそうな事件へ」

 鋭い視線でシャロットを射抜くサイトネスは、別段怒っている様子もなく、だいたいの答えの予想すらしているようだった。

「決まってるでしょ? 三騎士をこの北の地に引きずり出して、馬鹿らしい魔女狩りをやめさせるためによ。 国王よりも、三騎士を信奉しているこの地の人々なら必ず言う事を聞く 。それだけの理由よ」

 その答えをやはりサイトネスは、予測していたのだろう。大した感慨もなく、「そうか」と短く呟いただけだった。

「賭けは私の勝ちね。 ココットは見つけ出したわ。 ただいまのあのこは普通じゃない。 それこそ無茶をすれば、自分から死を選ぶでしょうよそれより残りの二人を助けてあげたら?」

 そう言い残してシャロットは馬を歩ませた。サイトネスも別段追う事無く、シャロットを見送り、ティティス達の向ったと思われる、無数の足跡を追いかけた。


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