怨念
21 浮き出た妄執
時間で言うと、シャロットがココットの元を訪れる少し前に遡る。ティティスとクロイスは、とうとう洞窟の最深部に辿りついていた。
洞窟は城の三階くらいの高さ、とでも言うべきか、奥に入ると、王城の大広間が二つくらいは優に、はいるのではないかと思えるほどの広大な空間が広がっていた。
そこは煌煌と明るく。松明の明かりが、奇妙に開けた空間を赤く照らし出している。
しかし、異様なのはこの空間の広さだけではない。
地面に無数に、幾何学模様のように走る溶岩のような、ドロドロとした液体。極寒の地であるはずなのに、南国よりも暑い熱気。
―煌煌と照らしているのは、どうやら松明だけじゃないようだな……。
ティティスは目を細め、熱気から顔を守るように腕を掲げる。
ちょうど空間の真中には、黒い御影石のような光沢を放つ四角い石が置かれている。
その石に真っ直ぐ伸びる道は、少し盛り上がっている為か、液体は道にはなかった。
「ここが伝説の決戦の場、邪悪な魔術師と本来の姿を現した三騎士の争いの後です」
周りをぐるりと見まわしながら、感慨深げに古参の修道女ライラは告げる。
「それにしても、やけに暑いな……」
クロイスもティティスと同じ事を思ったらしく、素直な感想を口にする。
「それは仕方のない事なのでございます。
そもそもこの暑さは、あの邪悪な魔術師目が三騎士を焼き滅ぼさんがため、放った業火が今だも得つづけている物なのです。その焔は大地を焼き、ドロドロに溶かし、このような模様を描きながら今だ燃えているのです。
強い怨念が、この世に執着しているのでしょう」
「浅ましい」冷たい余韻と、蔑むような含みをこめた修道女の声がやけに二人の耳についた。
ゴゴゴオッゴォォォ―……
地鳴りと共に、微かに地面が揺れる。洞窟の壁も天井も、地鳴りにまるで悲鳴を上げるかのように軋み上げる。
地鳴りはすぐに収まったが、異変はそれだけでは済まなかった。
地を流れていた液体は、蛇のように鎌首をもたげ、這うように二人と修道女達に向って動き出した。
修道女達は軽い悲鳴とともに後退さった。
反対にティティスとクロイスは異様な緊迫感というか、殺気のようなものを感じ、修道女達の前に出て剣の柄に手をかける。
〈おのれ憎しや、三騎士め〉
おぞましい声と共に焔が一層高く踊った。
〈今こそ晴らそうぞ!わが積年の恨み!!!〉
壁には奇妙なほど大きな影が、蠢いている。
その影が、この場にいる誰のものでもない事は、壁からの距離や、影の濃さからもわかる。ズゴゴゴゴォォォォ……という、轟音とともに再び地面が揺れた。
『この声を……知っている?』
ティティスはクロイスと、無意識にお互いに視線を交わす。
その視線は、自分と同じ事を相手も感じているということを感じさせるものだった。
「なんて……ッ、なんて言う事なのです
まさか、あの魔術師がまだ……」
修道女は驚愕のあまり、言葉を切った。
みな恐れをなして、唯一の出口に殺到している。
元々一人か二人がやっと通れた道だ、大勢で押しかけては鼠一匹通る隙間はないだろう。
さらに彼らを、一気に恐慌状態に落とし入れるように、突然先頭にいた修道女達が、急に後退去ってきた。
当然、急な事に長い修道衣を纏った修道女達は自分達の裾を踏んで転んだり、後ろの人の足を踏んでつまずいた人もいた。
何人かが将棋倒しになり、その彼女達に襲いかかるように階段から何かが降ってきた。
オレンジ色の丸い球。 だが、ただの球ならそれほど慌てたりはしない。それは薪に火をつけてあるものだった。
薪はしっかりと、燃えにくい素材で括ってあるのだろう。燃えながらもその形を保ったまま修道女達に火を移していく。
ティティスとクロイスは、それを剣で液体の方に叩き落し、外套を急いで脱ぎ捨て、修道女達についた火を叩き消していく。
体に火がつき狂乱する修道女達は、のたうち、走りまわり、液体の地面へと落下する。
あっ……と思ううちには、体の皮膚が嫌な臭気を発しながら溶けていった。
肉の焦げる匂いと、黒ずんで炭化していく体。落ちた修道女は、天に救いを求めるように、両手を掲げたまま生命を止めていた。
その死に様に恐怖と、嫌悪感を抱きながら、ティティスは必死に修道女達の火を消そうとした。
「ぎゃぁあっ」
短い悲鳴に振りかえると、修道女の一人があの液体から伸び上がってきた蛇に掴まれていた。
そしてその手は、見るまもなく皮膚が溶けていく。
恐怖に顔を引きつらせながらも、修道女は懸命に焔の蛇を払おうと片方の手で振り払う。
しかし、その手も蛇に触れると溶け始め、蛇は徐々に修道女の腕に登ってじわじわと焼き殺していった。恐怖の為か、修道女はそこで気を失う。
ティティスは思いきって剣で、修道女の肩を切り落とした時には、すでにもう修道女は手遅れだった。
腕を早く切り落としていれば、もしかしたら助かったかもしれない。 しかし気を失ったと思った時に気付くべきだった。
もうすでに恐怖のあまり死んでいると。
ティティスはやりきれなさに、歯噛みする。
それは上から降り注ぐ火の玉を、切り払っているクロイスも同様だろう。
背後で悲鳴を上げながら、死んでいく人の気配を彼も悟っているはずだからである。
「ティス! 上からの火はもうないみたいだ。
とりあえず、出よう!」
クロイスは右手に剣を持ったまま、左手でまだ息のある修道女を担ぐ。
ティティスも生きてはいるが、状態のひどい者を担ぐ。
「待ってぇぇっ!置いてかないで!
私を……! 私を連れてってよ! そんな女ほっといて、私を担いでって……!」
恐怖に取りつかれた修道女は、ティティスの足にしがみついてきた。
「さあ!早く歩いてここから出るんだっ! 大丈夫だから一緒に」
だが修道女は「いやいや」をするように首を振ると、虫の息の修道女を死に物狂いで引き剥がそうとした。
それだけの体力が残っているなら……と、歩けそうなものなのだが、この状況が冷静な思考と理性を奪ったのだろう。
それほど修道女は、必死で、醜かった。
「そんなことをするなっ!まだ助かる。 助かるから歩くんだ」
大声で怒鳴っても、悲鳴のような奇声を上げ、涙を流しながら振りかかってくる。
「なにしてるんだ早く来い!」
先に階段を上がろうとするクロイスは、切羽詰った顔で叫ぶ。
焦っているのはティティスだって同じだ。いつのまにか周囲に焔の蛇が蠢いている。
クロイスがその女性を引き剥がし、抱えてくれた。
もう火の玉はこないと、高をくくっての行動だったのだろう。
しかし、そのお陰でティティスは助かった。
二人は、その四人を担いで、崖の階段を一気に駆け上がる。ヒューヒューという異音と、「はぁ、はぁ」という荒い息。手足も、息も、ただ出鱈目に、我武者羅に二人は走った。
生き残ると言う事だけを念頭に置いて。
ようやく落ちつける大地に腰を下ろし、二人はむさぼるように息をすった。
肺が焼けるように痛い。このままでは本当に自分達の命も危ないのかもしれない。
ティティスはそう感じた。
そう考えた時、遠くから知っている声が耳に届いた。
……ティティース!クローイスッ!何処だ
サイトネスの声だ。
「ここだー僕達はこっちだサイス!」
ティティスは咄嗟に、肺の空気を搾り出すような声で叫んだ。
サイトネスの連れてきていた馬に、修道女を乗せ、エレミカに帰る。




