番外編 そして、私たちは笑い合う
突然の番外編です。
「……うん、熱も下がったようね」
体温計に表示された数値を見てギャリーが頷く。
「よかったぁ」
あの夢で私の薔薇は5枚になったので、大丈夫だと思っていたのだが、やはり倒れるほどの熱を出した身としてちょっと怖かった。
「「……」」
しかし、この空気は少し、居心地が悪い。
(私たち……恋人同士、なんだよね)
私としてあの告白は間抜けだったからやり直したい。まぁ、もう過ぎたことなので仕方ないが。
「え、えっと……どうする?」
三十路を超えているはずなのにどうして、そこまで初々しいのか疑問に思ってしまうほどギャリーは経験がなかった。もちろん、私も男性と付き合うのは初めてで何をしたらいいのかわからない。
「ど、どうしよう?」
だから、こうなってしまう。
「そうだ! イヴ、お腹空いてない? さっきはほとんど食べられなかったから」
「んー、そう言えばお腹空いたかも」
一度、空腹を意識してしまうと食欲が一気に押し寄せて来た。
「じゃあ、ちょっと遅いけど晩御飯にしましょうか」
「晩御飯?」
私がギャリーの家に来たのは午前中だ。そして、倒れたのはお昼過ぎ。
「イヴ、4~5時間は意識なかったのよ?」
「え!? そんなに!?」
見た夢はそこまで長い物じゃなかったから違和感しかない。そりゃ、お腹も空くはずだ。
「それじゃ、お粥でも作って持って来るわね」
「あ、一杯食べたいから向こうで一緒に食べようよ」
「そう? それなら、向こうに行きましょうか」
微笑みながらギャリーが頷いてくれた。『独りになるのが怖かった』と見破られたのかもしれない。
ギャリーに支えて貰いながらも私はリビングに移動する。リビングに入るとスケッチブックや筆記用具が床の上に散乱していた。
「あ、ゴメンね。片づけるの忘れてたわ」
「ううん! 気にしないで!」
片づけていないのはギャリーがずっと私の看病をしていてくれたからだ。こっちが申し訳なくなる。
「じゃあ、私が片づけておくからギャリーは晩御飯の準備してて」
「え、でも、病み上がりだし……」
「いいのいいの!」
そう言ってギャリーをキッチンに押し込む。
「……ふぅ」
ため息を吐いて私は急いで片づけ作業に入った。
「イヴ、お待たせ」
イヴが一杯食べたいと言っていたので二人でも食べられるかわからないほどの量を作ってしまった。
(アタシ、変に意識してるのかな?)
リビングで片づけ作業をしているであろうイヴに声をかけながらテーブルにお皿を置く。
「……」
「イヴ?」
だが、イヴの返事がなかった。晩御飯を全て並べ終えてからリビングに入る。
「……」
そこには床に座って何かを見ているイヴの姿があった。
「どうしたの?」
「あ、ギャリー」
ようやく、アタシに気付いてくれたようでこっちを見る。その顔はニヤけていた。
「何かいいことでもあったの?」
「うーん、いいことっちゃいいことだよ」
曖昧な回答を言ってイブは含み笑いを浮かべる。嫌な予感がした。
「ギャリー、ありがとね」
「え? 何が」
「これ」
そう言って、イヴが差し出したのはスケッチブック。そう、私たちの合作で描く物を決めるために使っていた物だ。
「……あ!?」
そうだ。アタシはスケッチブックにイヴを描いていた。それを彼女が見たのだろう。
「ちょ、イヴ!?」
「まさか、ギャリーが私を描いてくれてたなんて……嬉しいよ」
照れているのかモジモジしてイヴがお礼を言った。
(か、可愛い……けど、それ以上になんか恥ずかしい!!)
「も、もういいから晩御飯を……お?」
晩御飯が置いてある部屋に行こうとしたが、何かを蹴った。下を見るとまたもや、スケッチブック。
(これ、イヴの?)
「ギャリー? どうしたの……って、それは駄目!」
床を見ていなかったようでやっと、イヴもスケッチブックの存在に気付いたが、すでに遅い。素早く拾って中身を見た。
「っ……これ」
スケッチブックの中にはアタシがいた。
優しそうな目でスケッチブックに何かを描いているアタシ。これまで、人に頼まれて絵を描く練習としてモデルになったこともあるが、ここまで上手くアタシを描ける人はいない。そう断言できるほど上手く描けている。
「ぎゃ、ギャリー! それはその!」
顔を真っ赤にしてイヴが言い訳をしようとしていた。
「……ふ、ふふ」
その姿があまりにも愛おしくて思わず、笑ってしまう。
「え?」
「あー、なんだ。アタシ達、最初から描く物、決まってたみたいね」
「ギャリー?」
イヴは不思議そうにアタシを見る。
「イヴ、描く物が決まったわ」
「え!? もう!?」
「簡単な話よ。イヴは今、何が描きたい?」
アタシの問いかけに少しも悩むことなく、彼女は言い放つ。
「私の恋人」
そう言ってハッとしたイヴ。気付いたようだ。
「そうなのよ。アタシはイヴを、アンタはアタシを描きたい。それでいいじゃない。ね?」
「……うん、そうだね。それが一番だね!」
イヴはニッコリと笑った。
「それじゃ、構図とかはおいおい考えるとして、まずは食べましょ?」
「うん。せっかくの料理が冷めちゃうもんね」
ここから目的地までは歩いて1分もない距離。それなのに、イヴがアタシの手を握った。
「イヴ?」
「いいでしょ?」
「……ええ、大丈夫よ」
アタシの左手に温もりが広がる。このまま、ずっと感じ続けていたい温かさ。
「晩御飯、何かな?」
「イヴが好きそうな物を作ったわ」
「ホント!? ありがとう」
そんな会話をしながら、歩く。
「ねぇ、ギャリー?」
「ん? 何かしら」
「……よろしくね」
「……こちらこそ、よろしく」
今更過ぎる挨拶。でも、遠回りをし過ぎたアタシ達にはそれがお似合いなのかもしれない。
イヴがアタシの手をギュッと握る。アタシもそれに倣って力を込める。
そして、アタシ達は笑い合う。『いつまでも、一緒』だと言わんばかりに。