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婚約破棄された私、王宮の女官全員に有給休暇を出しました  作者: 白川 透


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14/18

三分の予定

 冬が過ぎた。


 ローデン家の祝いの支度は、冬のあいだに少しずつ進んだ。招待状は二度刷り直した。一度目は人数が増えたから。二度目も、人数が増えたからだった。


 祝いまで、ふた月を切っていた。


 ローデン家の客間で、エルナは原稿を両手で持って立ち、咳払いを一つした。子爵と夫人は長椅子に並んで座り、私はその向かいの椅子にいた。卓の上には、茶と、榛の入った焼き菓子が出ている。


「では、読みます。三分の予定です」


「三分」


 子爵が言った。


「三分です、お父様。お客様は立って聞くんですから」


 エルナは読みはじめた。


「本日は、父と母の結婚二十五年のお祝いにお集まりいただき、ありがとうございます。二十五年前の春、二人の婚礼は、この家の庭で始まりました」


「始まったのは昼過ぎだったな」


「始まったのは昼過ぎでした、と言ったら長くなるでしょう」


「長くはならないだろう、一言だ」


「その一言が、あと三十くらい出てくるのよ」


 エルナは父親を見ずに続けた。


「ところが、食事の途中で雨が降り出し、皆で広間へ移ることになりました。そのとき父は、肉の皿を両手に一枚ずつ持って、庭から広間まで走ったそうです」


「三枚だ」


 子爵が言った。


「二枚です」


 夫人が言った。


「いや、三枚だった。両手に一枚ずつと、腕に一枚」


「腕に掛かっていたのは、ナプキンよ。肉のお皿は二枚」


「いや、腕にも皿があった。重かったのを覚えている」


「重かったのは、雨を吸ったナプキンです」


 エルナは原稿から目を上げずに、二枚か三枚、と書き込んだ。


「そして、その一枚を母も食べました」


「全部は食べていないわ。半分」


「お母様、前は一枚食べたって」


「一枚もらった、って言ったのよ。食べたのは半分。残りの半分は、ハイネの叔父様が持っていったの」


「ハイネの叔父様が」


「あの人、自分の皿は庭に置いてきたのよ」


 子爵が、そうだった、と膝を打った。


「あれはひどかった。私が走っているあいだに、あいつは傘を差して、悠々と歩いていた」


「傘を差していたのは、私の父です」


「いや、ハイネだ。お前の父上は、私の後ろで帽子を押さえて走っていた」


「父は走りません」


「あの日は走った」


 夫人が黙った。何か思い出している顔だった。


「……走ってたわね。帽子を押さえて」


 私は、焼き菓子に伸ばしかけた手を止めて、続きを待っていた。待ってから、自分が待っていることに気づいた。


 エルナは原稿を胸に当てて、しばらく天井を見ていた。


「お祖父様が帽子を押さえて走った話、入れたい」


「エルナ」


「入れたい。お祖父様の話は誰もしたことないもの。ハイネの叔父様のは、別にいいけど」


「ハイネのは入れなくていいのか」


「叔父様は毎年、自分で話すでしょう。お祖父様はもう話せないんだから」


 エルナは原稿の余白に、小さく何か書きつけた。それから、三枚目の話も、と言った。


「それは入れなくていいだろう」


「入れます。二枚か三枚か、お客様に決めてもらいましょう」


「三枚目は皿だ」


「だから、お客様に決めてもらうんです」


 三分の原稿は、たぶん六分を超えていた。窓の外で、鐘が一つ鳴った。予定より、四半刻遅れている。


「エルナ様。原稿を拝見してもよろしいですか」


 エルナが、余白の埋まった原稿を差し出した。二枚か三枚、半分、帽子、三枚目、ハイネの叔父様(不要)。最後の括弧だけ、少し字が大きい。


「壇の上でお話しになるのは、一つだけにしてはいかがでしょう。残りは、旦那様と奥様にお渡しする手紙に書いて、当日の夜にでもお二人で読んでいただく」


「一つだけ」


「どれを話すかは、エルナ様がお決めください」


 私が選ぶ話ではなかった。どの話が本当なのかも、私には分からない。二枚なのか三枚なのか、一枚なのか半分なのか。


 エルナは原稿を見下ろしたまま、長いこと黙っていた。子爵と夫人は、どちらも口を出さなかった。出したそうではあった。


「……帽子にします」


「お祖父様の」


「三枚目は手紙。お母様の半分も手紙。ハイネの叔父様は、書きません」


「書かないのか」


「書きません」


 エルナはもう一度、最初から読み直した。雨が降り出し、皆で広間へ移ったこと。祖父が帽子を押さえて走ったこと。普段は決して走らない人だったこと。


 読み終えて、エルナは顔を上げた。


「何分でした?」


「三分と少しです」


 嘘ではなかった。少しの中身については、言わなかった。


 夫人が、ハンカチで目元を押さえていた。子爵は、焼き菓子をもう一つ取った。


「やっぱり、三枚だったと思うんだがな」


「二枚よ」


 エルナは原稿を畳んで、手紙の分の余白に、三枚(父の主張)、と書き足した。

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