第8話
瀕死の暴れ大牛が最後の悪あがきとばかりに暴れるが、サイはショートソードを根本まで首に刺し入れ、頸動脈を完全に断ち切った。
暴れ大牛が絶命し、その身体が消失する事を確認する。
ドロップしたものは魔石と肉だった。
「悲鳴が聞こえたから来たけど、大丈夫かい?」
サイは努めて優しく声をかけ、手を差し伸べる。
死ぬ直前だったのだ。
助かったとはいえ、まだ精神はギリギリの状況だろう。
「あ、あ……ソウ、ソウマが暴れ大牛に、大けが、やれ、やられちゃって……!」
呂律も回らず、言葉もちぐはぐだったが、意味はすぐに理解できた。
「どこだ!」
「ここ、こっち! あ、あ、たて……あれ!?」
そう言ってテッタは立ち上がろうとするが、立ち上がらない。
全力疾走と恐怖は、大学生の身体を立ち上がらせまいとしているのだ。
異世界の冒険者ギルドに所属して、教官をしていた頃。
何度、こういった新人たちを見てきただろうか。
救援に向かい無事に助けられた命も多いが、助けられなかった命も多い。
そんな過去がサイの頭でフラッシュバックする。
ソウマという冒険者がどれほどのケガを負っているかわからないが、一刻を争う可能性が高い。もたもたしていられない。
急がないといけない。
そうしてサイがとった行動はテッタを抱える事だった。
彼の足腰の震えから、足に相当の負担を抱えていた事が判断できた。
背中でおぶったら足を持つ事になるので、負担も増えるだろう。
その考えからお姫様抱っこでテッタを抱えた。
「案内しろ!」
「は、はい!? こ、こっち、です!」
テッタがこれまでにない感じた事のない速度で、サイは駆けた。
そうしてあっという間にソウマが倒れている現場に到着した。
テッタを下ろして、サイは横たわるソウマのそばに立った。
「ひぅ、ひぅ……ぐぶぅ……」
腕がひっしゃげており、吐血をしている。
浅いながらも息があった。
命はまだ繋がっている。
衝突の際に腕から身体に衝撃が伝わったのだろう。鉄の鎧がひん曲がり、余計に身体に圧迫をかけていた。
「脱がすぞ」
手際よく胸あたりの鎧を脱がしていき、上半身の衣服はナイフで切っていく。
もしかしたらクレームがあるかもしれないが人命優先だ。
血を吐いていることから内臓のどこかが損壊している可能性が高い。
そうなると回復ポーションを飲ませるのが良いが、ソウマは血を吐いていた。
そこから気道内に血が残っている可能性を考える。
そこでまず初級の回復魔法を喉や肺あたりにかける。
サイは誰かに回復魔法をかけるのが得意ではないが、やれるだけやる。
少しして、ソウマが血を大量に吐いた。
「ソウマくん!?」
これで肺に溜まった血はある程度出たと思われる。
呼吸は荒々しくなったが、大量の酸素を求めての行動だ。
症状は少しだけ改善した。
「ソウマくん、死なないでよ! ソウマくん!!」
動けないテッタが悲鳴に近い声をあげている。
「飲めるか。身体が驚くかもしれないが、吐いてくれるなよ」
続けて、地球の冒険者ギルドで購入した中級の回復ポーションを飲ませる。
一本でサラリーマンの月収数ヶ月分であるが、金銭に困っていない中年は、金額よりも人命優先だった。
とはいえ、内臓がポーションという魔力由来のもので回復されていくのだ。
これまでと違う回復のされ方に身体が驚くことが多い。
はじめてだと確実に胃と内蔵が驚き、時に吐き出してしまう。
一瞬、ソウマが吐き出しそうになるが、口をとじさせて無理矢理嚥下させていく。
先ほどまでの荒々しい呼吸から、また痛みによるうなり声を出す。
しかし、それは命が繋がったゆえのものだ。
「よし、続けてこっちに腕にもかけるぞ」
折れた右腕に下級の回復ポーションをかけていく。
腕の損壊が少しずつ修復されていく。
まだ全快ではないが、もう大丈夫だろう。
ソウマが倒れたままであったが、スゥスゥと安らかな呼吸をしていた。
「これでしばらくは大丈夫だ」
「ソウマくん!」
倒れたまま、足を引きずり腕だけでソウマに近寄る。
本当に彼が心配だったのだろう。
テッタの表情を見て、今回は命を助けられた事に安堵する。
そうして一安心したところで、ドタドタと複数の足音が聞こえた。
「ソウマ!」
テッタとソウマのもうひとりの仲間、ガクトが冒険者ギルドの救援隊を連れてやってきたのだった。
これでもう確実に安心だ。
冒険者ギルドの救援隊はガクトから事前に話を聞いており、すぐさまソウマの救助を行おうとしたのだが、粗方回復されている姿を見て驚いていた。
「この処置はあなたが?」
救援隊の代表に質問され、サイは包み隠さず状況を伝えた。
暴れ大牛を倒した後、テッタを連れ、こちらにやってきたこと。
中級回復ポーションで内臓を、下級回復ポーションで腕を回復させた事を伝える。
「迅速な対処、ありがとうございます」
「こちらも助けられて良かったです」
救援隊の代表と握手をする。
「すいませんが、引き続き調書を取るため、来ていただいてもいいですか?」
少しだけ面倒に感じるがサイも異世界でギルド職員をしていた頃、やっていた事だ。
嫌な顔はせず、一言だけ伝えた。
「とりあえず暴れ大牛のドロップ品だけ回収してきていいですかね?」
新宿タワーから出て、併設の冒険者ギルドへ向かう。
数時間だけであるが、日本ではじめてのダンジョン攻略は満足いくものだった。
冒険者ギルドの一室で、サイはギルドの職員に質問を受けていた。
初心者講習の教本に書かれたとおりの行動であり、賞賛される行動であったため、職員は恐縮しつつ経緯の質問と確認をしていた。
こういう時に冒険者の配信が役に立つ。
サイのカメラで撮られた行動は動画化されており、そこを逐次注釈を入れつつ、何をしたかを話していった。
一点、回復魔法のことは言わなかった。
幸いカメラには回復魔法の光は写っていなかった。
隠す事でもないかもしれないが、異世界で習得した魔法であり、日本の魔法についてまだ不勉強な状況のため、話してよいか迷ったのだ。
一見すれば触診していたようにしか見えないし、職員もサイの言葉を信じた。
こうして調書を取り終えた後、サイは職員に三人の安否確認をした。
三人のうち、ふたりは病室のベッドで休んでいるらしい。
大ケガをしたソウマは回復したが、これから精密検査が待っているとの事だった。
テッタはケガしなかったものの極度の疲労で、こちらもベッドで安静とのこと。
ギルドへアラートを出したガクトが唯一何事もなく無事という状況だ。
お見舞いに行ってよいかと聞くと「問題ない」という返答だったので、サイはその足で冒険者ギルドの病院棟に向かった。
「「ありがとうございました!」」
三人の病室へ面会に行き、扉を開けた時の最初の言葉はこれだった。
起きていたのはソウマとガクト。
ソウマの精密検査はこれから行われるらしいが、一見すると問題なさそうに見えてホッとする。
テッタは極度の疲労のせいか眠っていた。
大きな声で感謝されてしまったのに、それでも反応がないあたり、本当に疲れが溜まっていたのだろう。
しっかり休めているのなら良いことだ。
「無事でよかった。具合はどうだ?」
「おかげさまで体力は全然ですけど、身体は大丈夫っす」
ソウマはそう言って笑顔で話した。
「良かった。あれでダメなら、どうしようかと思ってたからね」
サイが自分用にと購入した中級の回復ポーションを使ったのだ。
あれでダメだったら、本当に元も子もない。
「そうだ、さっき教えてもらったんすけど、俺中級ポーションの金……」
「ああ、いいよ。それは」
「でも、たしかすっげー値段で……」
「そうだな。君はこの先も冒険者を続けるかい?」
ほんの少し前まで大ケガで生死の狭間にいたのだ。
異世界での経験だが、大ケガのショックから冒険者を辞める新人は少なくない。
「……その……本当言うとちょっと怖いっす。でも俺……俺は……」
死にそうになった経験からか言葉に迷いが見えた。
憧れだけで冒険者を続けるのは難しい。
だが。
「続けたいか」
「…………はい……っ!」
ソウマは、しぼりだすように声を出す。
「なら、その貸しは君が強くなった時、次の世代の新人を助ける事で返してくれ」
この時、ソウマは自分が憧れた冒険者像をサイに見た。
そうだ。こんな大人になりたくて恰好良い何者かになりたくて、俺は冒険者を目指したんだ。
「……はい!」
サイはニコリと笑い、これからも元気に冒険者業を続けられそうな新人……否、今は同期……を見て安心した。
「すいません。その、ひとつ確認したいんですけど……」
サイとソウマのやりとりを見ていたガクトが、おずおずと声をあげた。
「俺にか。どうした?」
「俺たちの配信を見てた子たちから、質問が来てて……どう説明しようかと……」
そう言って、取り出したスマホには冒険者たちのための配信サイト『Tower Tube』が表示されていた。
彼らのチャンネルには大学の友人たる百人程の登録者がおり、今日の配信にはたくさんのコメントが書かれていた。
コメントは「ソウマ助かった! 良かったー!」「おじさんis何者」「なんだ、あの動き! 三階層にいていい冒険者じゃない」「SUGEEEEE」といった感じで、ソウマを心配する書き込みと一緒にサイに向けられたコメントも多かった。
サイは少しだけ考えて「偶然通りかかっただけのおじさん」という事にしてもらうようお願いした。実際、それだけなら嘘はついていない。ちょうど塔の三階層にいたからテッタに救援を求められ救助に行った流れだ。初心者講習を一緒に受けた冒険者免許取りたての冒険者であると説明したら騒ぎになるだろう。それは避けたかった。
これまでさんざん両親や妹に迷惑をかけてきたのだ。
これで下手に騒ぎになった場合、家族へどう言えばいいのか。
良いことをしたとはいえ、騒ぎというのはどのような形で展開するかわからない。
頑張ったのに怒られる。批判される。異世界にいた頃でも、そんな事があった。
それゆえの回答だった。
「悪いね」
「いえ。確認してくれてありがとうございます」
その後、あれこれと雑談をしてからサイは三人に暴れ大牛の肉をプレゼントした。
新宿タワーから撤退する前に回収したドロップ品だ。
若い子たちに冒険した時の味を覚えてもらいたい想いと、滋養強壮のためである。
モンスターの肉というのは、魔力が多く含まれている。
冒険者の身体を作り、自然回復力を高め、回復を早める手段としてモンスターの肉を食べるのは非常に有用だ。もちろん食肉に適したものに限る。効果というのは、そんなすぐに現れるわけでもないが日々の行動が身体を作るのだ。
味も牛肉だから悪くないはずだ。異世界と同じ品種であれば、和牛のようなサシは少ないが、よく暴れている分肉々しくて美味しい。
ふたりは固辞したが、若い冒険者は身体を作ってナンボと言ってプレゼントした。
後日、サイは暴れ大牛の肉が異世界の頃に比べて値段が高い事を知り、彼らが固辞した理由に気づくことになる。ドロップ品になった結果、余計に希少性が高くなっているとわかっていたはずなのに失念した結果である。
こうして、サイの新宿タワー初回攻略は終わった。
新宿冒険者ギルドを出て、駅に向かう。
時間はもう夜になっていた。
今回の冒険は概ね満足のいくものだった。
新宿の夜は賑わっていく。
サイはその中をするりと避けて帰路に向けて歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございます。




