第7話
講習にて曰く。
初心者はまずはしばらくの間、二階層で身体を慣らすよう言われている。
これは冒険者としての身体作りはもちろん、身体に魔力を順応させるために必要らしい。だが、既にサイの身体は魔力に順応しきっているし、ダンジョン内部のマナも心地良い。そのため特になんのためらいもなく三階層にやってきた。
ちなみに、三階層には暴れ大牛と呼ばれる面倒なモンスターが出てくる。
これは優に一トンを超える筋肉の塊のような牛が突進して襲ってくる。
三階層で一匹しか出てこないが、逃げ場のないダンジョンでは脅威度が高い。
下手をすれば十階層に行くような冒険者でも、大ケガをする可能性を秘めている。
とはいえ、広大な三階層で一匹だ。
そうそう当たる事はないだろう。
そう思いつつ、三階層の探索を始めた。
探索をしつつ、少しずつ緊張感を高めていく。
二階層ぐらいまでは冒険者のパーティーも多く、足跡だらけの状況だったため、特に周囲やトラップを警戒する必要もなかったが、三階層に入り、足跡は少なくなっている。
事前に調べた情報だと三階層にトラップはないと記載されているが「これはこれまでの確認では、罠の類は見当たらなかった」というだけだ。
この塔には何者かの意思が確実に存在している。
高位の存在であろう何者かだ。
今は無くとも、罠が追加される可能性がある。
あるいは、例えば魔力減衰系の罠であれば、魔力に慣れていない冒険者は「体調が悪くなったかも」程度の認識で、罠があった事にも気づかない可能性がある。
罠というのは、別段即時性のある罠ばかりではない。徐々にこちらの体力を奪っていくようなタイプのものはいくらでもある。
マッパーを信頼はすれど、できあがったマップは信用しない。
冒険者の鉄則だ。
三階層を順次探索をしてまわる。
時折初心者の冒険者パーティーが、ひとりで探索するサイの姿を見て驚く。
逆にキャリアのある冒険者パーティーは、サイに気づいても表情を変えなかった。
配信で見る限り、全体の一割程度がソロの冒険者だ。
この辺りの階層なら、ひとりの方が気軽に動けるのでソロの冒険者も多い。
二階層までは素手のみで戦っていたが、身体を慣らすために魔法も混ぜつつ道を進んでいく。ジャイアントバットのような飛行系は素手で叩き落すのも良いが、無属性の魔力弾を射出して倒していった。
異世界にいた頃、覚えるのが大変だったのは異世界の言語だが、熱意をもって鍛えたのは魔法だった。あれだけ苦労して手に入れた魔法が日本に来ても使えるのは本当にありがたい。
特に身体強化系の魔法が十全に使えるのがありがたい。
既に塔に入ってから数時間経っている。
歩き続け、戦闘もしているのに疲れは全くない。
スタミナがなくて、冒険の途中でリタイアなんて冒険者失格だ。
だが身体強化魔法のおかげで、それこそ一日中であろうと探索を進められる。
ありがたい話だ。
サイが身体強化魔法の利便性について考えていると、研ぎ澄まされた聴覚が悲鳴を捉えた。壁越しであるため、確かではないが想定では五十メートル程度先。
男性の悲鳴が聞こえた。
異世界では新人のための教官もやっていたサイである。
ここで見捨てるという判断はない。
新人冒険者五十嵐テッタは、泣きながら走っていた。
後ろには暴れ大牛が追いかけている。
先日、冒険者免許を取得したばかりで、今日は二回めの攻略である。
大学では冒険者サークルに入り、成人のタイミングで他のメンバーと一緒に初心者講習を受け、免許を取得した。
冒険者とはスリルのある最高の娯楽であり、大金が入るお仕事だ。
小学生の就きたいお仕事トップテンに毎回入っているのは伊達ではない。
冒険者ドリームは新宿タワーが生まれてから今日まで続く若者たちの憧れであり願いだ。学が無くても、身ひとつで大成する可能性があるのだ。
憧れない理由がない。
そんな憧れのせいだろうか。
初心者講習でしばらくの間は二階層で身体を慣らすよう言われていたのに、攻略二回目にして三階層へのチャレンジを始めた。
この階層に出現するという厄介な暴れ大牛は、広い三階層で一匹しか出ないと言われている。言い換えれば、出会う可能性は低いということだ。
少しの危険なら先に経験しておいた方がいい。
そんな考えだった。
テッタを含む三人パーティーは「俺たちなら新宿タワー完全攻略もいける!」と夢を見ていた。三人とも運動神経が良く、才能があったからだ。
才能にあぐらもかかなかった。
新宿タワーで活躍できるように中学生の頃から今日まで練習も頑張ってきた。
初心者講習の戦闘訓練では、中年のおじさんに鮮やかに倒されてしまったが、相手は元軍人であろう人ゆえにノーカンだ。
だが負けられない。負けたままではいられない。
三人とも負けず嫌いな気質があったせいか、気が急いてしまったのだ。
暴れ大牛との接触は、本当に刹那だった。
今から数分前。
「なんか思ったよりモンスター弱いな」
「四階層ぐらいまではなら誰でも戦えるっていうからね」
「そうだね。ボクたちならラクショーみたいな」
そんな会話をしながら、十字路へテッタの友人ソウマが足を踏み込んだ瞬間、何者かによってソウマが吹き飛ばされた。
「ソウマくん!?」
「まずい! 暴れ大牛だ!」
テッタのもうひとりの友人、ガクトが暴れ大牛の存在に気づいた。
暴れ大牛は、吹き飛ばしたソウマを無視し、テッタたちを睨み、足を蹴る仕草をする。
突進の前段階だ。
「逃げるぞ!」
ガクトが歩いてきた方向に逃げ出した。
慌てて、テッタも追いすがる。
「ちょっとソウマくんが!」
「言ってる場合か! 俺たちまで死ぬぞ!」
確かにその通りだった。
走った先はT字路だ。
「俺は右にいく! テッタは左に行ってくれ!」
「なんでさ!?」
「これなら絶対にどちらか生き残る! 牛から逃げきれたら、救援のアラート出すぞ!」
テッタはすっかり失念していたが、ガクトの言うとおり冒険者ギルドに救援アラートを出す必要がある。ソウマは今大ケガをしており、パーティーでの立て直しができない状況だ。
冒険者ギルドに助けを求める必要がある。
走りながら、アラートの準備をして、T字路を左に向けて走った。
右か左か果たして。
暴れ大牛が次に潰すと決めたのはテッタだった。
今もすぐ後ろに暴れ大牛の足音がする。
「うわああああああーーーーーっ!!」
泣き叫びながらも生存本能が走りを止めようとしない。
だが、暴れ大牛の走力は伊達ではない。
ものすごいスピードでテッタを追いかけてくる。
そうして暴れ大牛の圧力のせいか、全力で走り続けたテッタは足を滑らせ倒れた。
この時、暴れ大牛の突撃を避けられたのは紙一重の幸運だった。
だが、テッタは転んだせいか緊張でおかしくなったのか、足がガクガクと震え出した。震えのせいか腰がどうにも上がらない。
もしもテッタが暴れ大牛の突進を食らえば、人一倍小柄なテッタはソウマと違い一撃で死んでしまうだろう。
「あ、あああ……! 動け動け動け!」
テッタは足が動くよう叫ぶ。暴れ大牛が足を蹴る動作を始める。
突進前の合図。テッタにとっては死の合図だ。
そうして、暴れ大牛が突進しようとした、次の瞬間。
交差点からひとりの冒険者が、暴れ大牛の頭部にめがけて走りながらのチョッピングライトをかます姿を見た。
「加勢する!」
その宣言の直後、いつの間に抜いたのか――牛の首にショートソードを刺し込んでいた。あまりにもすばやい動きにテッタは呆然とする。
そして、助けてくれた人が何者か気づく。
初心者講習を一緒に受けていた中年のおじさんだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




