第56話 影幽奇譚⑧
影喰いの魔王との死闘は、サイたちの優勢で続いている。
無数に存在した二メートル級を相手どったひより達だが、せっちゃんのおかげでかなり余裕のある戦いができた。
せっちゃんは、さすが神霊だけあって戦い方がわかれば、こちらのモノとばかりにどんどん分体を倒していった。
ひよりや澪も負けていない。
これまでサイに教わった全てを使って、影喰いから距離を取り、一体ずつ確実に倒していった。
そこへサイが加わり、十メートル級の影喰いどもを倒した銀嶺坊も合流した。
「カカカカ! もはや影喰い恐るるに足らず!」
兄弟子たちの仇を討てるとあって、銀嶺坊は燃えていた。
目の前にいる影喰いは、もはや二十か三十程度であろうか。
あと一押しで、影喰いの本体に王手をかけられる。
だが長きに渡る死闘により、ひよりや澪の体力にも陰りが見えていた。
「ひよりさん、澪さん、後方で回復して! 魔力もう少ないだろ!」
「ぴぃ!」
「すいません! ちょっと回復します!」
サイとせっちゃんから指摘され、ひよりと澪は後方に行き、ふたりして魔力回復ポーションを一気に飲み出す。
「はぁはぁ……」
「ふぅぅ……」
影喰いとの戦いは、体力や集中力との戦いでもあった。
影喰いに近寄られないように逃げ続け、ひたすら魔力弾を放ち続ける。
影が重なれば、途端に影喰いが近寄ってきて負傷してしまう。
至近距離からの攻撃は、かすり傷では済まない。
一撃が致命傷と同義なのだ。
ゆえに、ひたすら周囲の影を気にしながら無数にいる敵と戦う。
また疲労の理由として、序盤のうちは無数にいた影喰いたちは魔力弾を放つだけであったが、途中からは十メートル級同様に魔手を伸ばしてきたのだ。
ヘクサシールドや矢避けのネックレスがなかったら、魔手を伸ばしてきた時点で詰んでいた可能性すらある。
緊張感続きの戦闘は、体力精神力を根こそぎ持っていこうとした。
結果、幽世に来て、最初に戦った餓鬼の群れ以上の疲労が、ひよりと澪を襲っていた。
「ふぅ……あとちょっとなんだよね」
「ええ。この細かい影喰い達を倒したら、先生が封印中の本体に向けて、とっておきの魔法を放っておしまいです」
「うん。もう少しだ……」
この時、ひよりたちに油断があった事は否めない。
長い戦闘の中でサイや銀嶺坊という頼れる大人たちが来た事。
死闘も終盤に差し掛かり、集中力が切れかかっていた事。
理由はいくらでもある。
影喰いという災厄は、影に潜み影から影に移動できる特性を持つ。
そして、影に潜むとサイやヘクサリアですら、どこにいるのか把握できない。
無数にいた影喰いは果たして、いま目の前にいるだけで全てか?
ひよりたちに油断も隙もあった。
それは否めない。
だが、一番の理由は影喰いが一枚上手だった事だ。
そういう話だ。
最初に気づき、叫んだのはサイだった。
「そこから逃げろおおおおおおっ!!」
ひよりと澪がサイの叫びに気づき、動き出した刹那。
ふたりの背中に二メートルサイズの影喰いが出現した。
新宿タワーの壁のような形をした影喰いだった。
いつのまにあったのか、小さな影に潜んでいたのだ。
まるでダンジョンの罠のように。
ふたりを確実に喰らうタイミングを狙って。
ひよりと澪は冒険者としての勘から背後を気にせず走り出そうとして、けれど体力不足の澪は少しだけ動きが遅かった。コンマの差だった。
ひよりが叫ぶ。
「澪ちゃ――」
「ぴぃ!」
サイの魔導銃が連発で火を吹く。
だが、この今わの際。コンマの差が絶望的な差となる。
影喰いが覆いかぶさるように澪に襲い掛かるその瞬間。
「ぴぃ――」
「あ――」
小さな神霊が澪を突き飛ばした。
勢いのまま吹き飛ばされる澪。
サイの魔導銃から放たれた魔力弾は全弾影喰いにあたり、影喰いの上物……新宿タワーの壁だった塊が削れていく。
影が膨む。
「せっちゃん!!」
そう叫びつつ、一条の姫たるひよりは影喰いの核となる影に『白祓』を突き立てる。
浄化の力を持つ退魔刀『白祓』であれば、影喰いにもダメージを与えられる。
澪を襲った影喰いは消失した。
せっちゃんの前にはひよりと澪がいる。
「せ、せっちゃん……私のせいで……!」
「……ぴ……」
澪に向けて笑顔でかえすせっちゃん。
その顔はまるで「気にするな」と言っているようだった。
ほどなくサイがひよりたちの元へ、駆け寄って来た。
「せっちゃんは……くぅ!!」
澪をかばったせっちゃんは、致命傷を負ってしまった。
せっちゃんは神霊だが、本体からのパスが切れた存在だ。
こと切れればそれまでの存在とも言える。
「そ、そうです! ヘクサリアさんにソーマを……!」
責任を感じた澪はそう提案するが、サイは首をふった。
「アレはかなり希少なものだ……。そうあるものじゃない……」
「そんな……!」
何よりヘクサリアは現在影喰いの魔王本体を封印中だ。
下手に動かすわけにはいかない。
その最中、ひとり前線で戦う銀嶺坊が叫ぶ。
「サイ殿ぉぉぉ……!」
「ちぃ! すまん! 銀嶺坊のサポートに行く!」
二メートル級は数が多い分、ひとりでは銀嶺坊でも荷が重い。
そうしてサイは銀嶺坊のもとへ駆け出した。
ひよりは、せっちゃんを抱えて呼び掛けた。
彼女たちの会話は、このようなものだった――
「せっちゃん! ダメだよ! まだ死んじゃ……!」
『ごめんね。ひより、私ここまでみたい……。だから……』
ひよりは涙ながらに歯を食いしばり、彼女を安心させようと考えた。
「あ……、安心して! 残りの全部、私たちがやっつけるから!」
『ふふ、ほんとひよりはすごいなぁ。あんな怖いのに立ち向かえるなんて』
「だって、私退魔師だもん! せんせもみんなもいるし……!」
強がりだとわかっている。
サイ――せんせだって、何も言わないけど疲労しているのがわかる。
でも、あと少しで倒せるのも分かっている。
『ごめんね。もう全然力が残ってなくて……』
「せっちゃん……! 生きてよ!」
『ふふ。いい子だね。私、神霊なのに心配させてる。ああ……頑張る人の子に何もできないなんて、くやしいな……』
そう言ってせっちゃんは、刀を指さす。
『その刀、私に近づけて……』
ひよりは言われるまま、刀を差しだす。
『愛しき人の子よ。汝に災厄を退けさせる力を……』
そう言った瞬間、神霊の姿が刀に向けて消えていった。
「せっちゃん!?」
『安心して、ひより。私はここにいるから……これなら一緒に戦える』
ひよりには分かる。愛刀『白祓』に彼女が宿った事を。
白祓が神霊を生かすための依り代となったのだ。
ならばひよりが、友となった神霊に伝える言葉はひとつだけだ。
「わかった……っ! 私とあなたでアイツらやっつけよう!」
『ふふ、せっちゃんせっちゃんって……。私もケガしてたから、最初のうちはうまく喋れなかったし、しょうがないんだけど……。ひより、私の名は――』
◇
影喰いの分体たちとの戦闘は、ここに来て苛烈になってきた。
自身がピンチになってきたと把握したのだろうか。
動きがより苛烈になり、二メートル級が更に分裂して一メートル級になり、数を増やし攻撃の手を増やしてきたのだ。
「ちぃ! こんな事、前回はやってこなかったくせに……!」
サイは魔導銃を撃ち続けながら、たまらず愚痴をこぼす。
影喰いと戦闘になるという事でたんまり持ってきたはずの弾丸も残り少ない。
だが、この後に控える本体への魔法攻撃のため、サイは《《魔力を少しでも多く温存しておかねばならない》》。
サイでは魔力回復ポーションで回復できる量もたかが知れている。
栄養ドリンクと同じだ。飲み過ぎたものは、その効果が薄れてしまう。
「サイ殿! やつら、更に分体を……!」
「クソがっ!!」
一メートル級が更に五十センチ級の小さいサイズになろうとする。
上物となる妖魔の塊を壊して、影だけになった本体を叩く。
効率よくやったせいなのか、 新宿タワーの影を少しとはいえ食べた結果なのか。
この影喰いの魔王は、その行動を逆手にとり、敢えて分体を作る事で延命しつつ、攻撃の手を増やすという学習をしてきたのだ。
知性なき異形に、少しの知性がついたというのか。
異世界で影喰いの魔王と戦った時、そんな行動はしてこなかったというのに。
サイと銀嶺坊が歯を食いしばり、死闘を続ける中、その声が聞こえた。
「せんせ、銀嶺坊、そこから離れて!」
少し遠巻きにひよりが立っていた。
手に携えるは、ひよりの愛刀『白祓』。
曰く、江戸時代に鍛えられた退魔の刀。
その『白祓』が今、白く輝いていた。
サイは、その刀から溢れる強大な神性のオーラを感じた。
「銀嶺坊、離れるぞ!」
「しょ、承知っ!!」
銀嶺坊もそのオーラに呆然として、慌てて離れる。
魔人である自身すら触れるだけで消失しそうな『神性』の奔流。
「うあああああああああああっ!」
ひよりの覇気に『白祓』から更に聖なるオーラが溢れだす。
「神威抜刀! 『大祓天流《おおはらえ、あまながれ》』!!」
光の奔流が、強く大きな流れとなり眼前にいる全ての影喰いたちを文字通り呑み込んでいく。妖魔の塊どころか、影それ自体すら浄化の光が呑み込んでいく!
せっちゃんと呼ばれていた精霊――彼女は分身として造られた神霊だ。
分け身を作りし御神の真名は瀬織津姫。
祓戸大神とされ、全ての禍事・穢れを水で流し清める権能を持つ。
天照大御神の荒霊とも言われる神様だ。
元の瀬織津姫から離れパスも切れており、更にソーマによる回復も充分でなかったため、大した力も出せなかった神霊のせっちゃん。
だが白祓を依り代にする事でひよりという退魔の力と繋がり、ここに来て、その神性を大きく高めたのだ。
更に影喰いにとっては大失敗だったのは、分離を何度も続けて小さくなった事がここにきて大きな仇となった。
浄化の奔流は影喰いの上物を消失させ、その勢いのままに、その影すらまとめて飲み込んでいく。
たったの一撃。だが、あまりにも強大な一撃をもって消失させきった。
影喰いの魔王、その分体が全て消失した瞬間だった。
全てを出し切ったひよりは倒れる。
そばにいた澪は、彼女を抱きかかえた。
「ひよりっ!」
その光景を目にしたサイであったが、今ひよりの元へ向かうわけにはいかない。
サイにはやらねばならないことがある。
ひよりから受け取ったバトンを繋がねばならない。
「銀嶺坊! 彼女たちを任せたぞ!」
「お、お任せを!」
ひよりの放った浄化の大流に畏怖する銀嶺坊だったが、サイの言葉で我に返り、ひよりの元へ向かった。
残すは影喰いの魔王本体を倒すだけだ。
終局の時は近い。
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