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異世界帰りの中年冒険者、日本に戻ってもやる事が変わらない  作者: くまき


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第55話 影幽奇譚⑦

 影喰いとの戦いが始まった。

 本体をヘクサリア、十メートル級の分体を銀嶺坊、無数に存在する二メートル級の分体をひより、澪、せっちゃんで対応する。


 サイは、今ひよりたちの傍に立っている。

「三人とも! まずは細かいのから対処していくぞ!」


「対処……」

 ひよりはひとり言を放つ。


 小さいと言っても、ひよりの背丈よりも大きい影喰いだ。

 よくよく見れば妖魔の頭部、妖魔の身体、妖魔の腕、妖魔の足……そういったもので構成された塊だ。

 中には子どもの妖魔までいる。

 子どもの妖魔は泣き出しそうな、恐るべき何かに恐怖した顔をしていた。


 ひよりは愛刀『白祓《しろばら》』に手をかける。

 せめて介錯してやろう。そんな思いがよぎる。


 だが鯉口を切った刹那、サイからの叱責が飛んできた。

「近づくな! 浄化系の魔法で叩け!」

「ごめん、せんせ!」

 言われてハッとなり、ひよりは浄化能力を持つ聖属性の魔力弾を放つ。


 その魔力弾に合わせるように、澪、せっちゃんも魔力弾を放つ。

 何発と放っていくと妖魔の塊が小さくなっていく。

 その瞬間、影が膨らんだ気がした。


 サイが叫ぶ。

「今だ! 影を撃て!」


 その言葉を待ってましたとばかりに澪が、影に向けて魔力弾を放った。

 膨らんだ影というのは、影喰いが逃げるための行動だ。

 逃がせば、またどこかで再生するため、決して逃してはいけない。


 魔力弾は、膨らんだ影に当たると影が消失していく。

「よくやった! 引き続き、他のやつらもいる! 任せたぞ!」


 サイは激励すると、銀嶺坊のサポートに向かった。


 ここには、まだ無数の影喰いが残っている。

 この量を全て倒さねばならないのか。


 気合を入れねばならない。

 ひよりは、両手で顔をはたいた。

 パン! と大きな音がなる。


「よし! ふたりとも、ビシバシ倒していこ!」

「ぴっ!」

「ええ。ひより、へばりそうだったら言ってくださいね」

 そう言って、腰を叩く。

 そこには何本もの魔力回復ポーションがある。

 幽世に来る前に、父隼人に持たされたものだ。

 涙ながらに「この程度しかできなくて、すまない」と贈られた魔力回復ポーション。

 前に出て戦えないが、いつもサポートしてくれるひよりの頼れるパパだ。


 ここで倒しきらないと、この災厄が現世《うつしよ》に向かう。

 ひよりたちの責任は重大だ。

 だが、今ひよりの手元にはブレスレット型の魔法杖がある。澪の手には棍型の魔法杖がある。

 いずれも師であるサイがプレゼントしてくれた武器だ。


 この幽世で友達になった精霊。せっちゃんもいる。


 さあ、学んだ事、受け取ったものに見合う成果を見せる時だ。


◇


「まったく、仙術がこれほど無力とは……!」


 戦闘が始まり、カラス天狗から本来の赤い大天狗の姿に戻った銀嶺坊。

 その銀嶺坊が、影喰いを相手どって最初に放った言葉がそれだった。


 銀嶺坊の――天狗の使う仙術とは、とどのつまりマナを取り込む事で万能化する魔法体系の一種だ。

 身体強化に飛行、不老不死のような自身の身体を強化していくものもあれば、目の前にある大自然という環境を攻撃に転化するものもある。

 一種の環境魔法といえるそれは、天狗を天狗たらしめる魔法だ。

 

 銀嶺坊は自身の身体強化を得意としているが、環境を攻撃に転化する術だって何百年という蓄積がある。

 自慢の鼻が切られて以降、仙術のほとんどが使えなくなっていたが、ヘクサリアから頂戴したソーマのおかげで自身が扱える仙術は全て使えるようになった。


 だが、それでも目の前の巨大な影喰いには手も足も出ない。

 十メートル級の影喰いは、当初一体のみであったが、気づけば三体に増え、ある時は影の手を伸ばし、ある時は闇の魔力弾を放つ。

 

 対して、銀嶺坊は逃げるか避けるしかできていない。

 近寄れば影に喰われる。

 ゆえに環境魔法しかないのだが、それも無意味な状況だ。

 というのも……。

「浄化できる聖属性の環境なんて幽世にはない!」


 幽世という魔素多き世界で、聖属性の何かを求めるのは酷だ。

 銀嶺坊の兄弟子……つまり大量の天狗たち、あるいは魔人たちが敵わなかった理由はこれだ。風で切りつけようと巨体は維持され、大地から岩柱で刺しても、ちょっと動きが鈍るだけだ。

 大きな火を起こせば多少は燃やせそうだが、あまり効果はない。ゴロンと転がって消火されてしまう。大体、そんな事をすれば、ひよりたちはもちろん、崇拝するヘクサリアの邪魔になる。

 費用対効果が悪すぎる。


 おかげで防戦一方。逃げて避けてしかできていない状況だ。

 サポートに来たサイには、自身の無様《ぶざま》を説明する事になった。


「バカか、銀嶺坊! 後ろに飛べ! とびきりの聖域があるだろうが!」


 そう言われて、銀嶺坊は自身のアホさに気づいた。

 何百年と環境魔法《とびどうぐ》を使ってこなかったツケか。

「!! ぬかったっ!」


 先ほど、ヘクサリアが説明してくれたではないか。

 幽世にあって、唯一魔素が少なく、清浄な聖域と化した場所になっていると。

 土地の全てが聖域であるのなら――!


 銀嶺坊は、後方にそびえる新宿タワーの幻影に向かって飛んでいく。

 影喰いの魔手が銀嶺坊に向かって伸びる。


「させるものかよ!」

 サイはその魔手に向けて、魔導銃で狙い撃つ。

 パパンと音がなり、魔手が消失していく。


「助かりました、サイ殿!」

「礼はいい! 天狗というなら、とびっきりをかましてくれ!」

「お任せを!」


 銀嶺坊がそう言うと、どこからか大きな羽団扇を取り出した。

「取り出したりまするは僧正坊より授かりし、大羽団扇《おおばのうちわ》! 天網恢恢《てんもうかいかい》、疎にして漏らさず! 兄弟子喰らいし化生よ! 受けよ、聖浄なる大風を! いざっ! 吹き荒れよっ!!」


 突如、吹き荒れた大きな突風が影喰いを蝕んでいく。

 普通の風では切り刻もうとも気にも留めなかった影喰いが、聖なる風に蝕まれ、蠢く先から消失していく。

 

 そうして、影が膨らんだ瞬間。

「これか!」

 

 新宿タワーという聖域を構成している大地の一部を拝借し、圧縮。

 杭のように成形したものを、膨らんだ影に向けて放つ。


 そうして、ようやく銀嶺坊は一体目の影喰いの分体を倒してみせた。


「でかした! 引き続き、頼むぞ! 銀嶺坊」

「おうよ! 任されよ! サイ殿!」


 銀嶺坊は大声を張り上げる。


 十メートル級は、まだまだ存在しているというのに、赤い大天狗は笑い出した。

 殺し方が分かったからだ。


「カカカ! 兄弟子たちの仇、ここで討たせてもらうぞ!」


 復讐の天狗が舞った。


◇


 現在の本体と思しき影喰いの魔王に対して、ヘクサリアが最初に行ったのは聖域の構築だった。


 幸い、すぐ近くに新宿タワーという聖域が存在している。

 そこからマナを大量に吸い込み、魔力の運用は上々。

 小間使いと呼ばれる精霊たちを大量に呼び出し、影喰いの魔王を囲うように聖域を作成、更に影を光で《《縫った》》。


 何十メートルとある巨体が蠢くが、聖域から移動する事ができない。

 影喰いの周囲を小間使いたちが陽光で照らし、影を伸ばせないように、移動できないようにしているのだ。

 今、本体に向けて、これ以上攻撃してはならない。


 それがサイとヘクサリアの知る攻略法だった。


 そうして作り上げたこの状況を、ヘクサリアは空から眺めている。

「ふん。無敵のタネは割れておる。影如きに遅れはとらん」


 せめてもの反抗なのか、影喰いは近くにある食料――ヘクサリアに向けて、大量の魔力弾を放ってくるが、全てヘクサシールドで防ぎきり、影喰いの動向を見続ける。


 そうしてふんぞり返っているヘクサリアの元にサイがやってきた。

「こっちは大丈夫だよな」

「ふん。誰にぬかしている。だが、我にも限界はある。維持するにも《《あまり時間はない》》ぞ」

 聖域を作成し、超大型のモンスターを封印しているのだ。

 どうしたって大量の魔力を消費してしまう。


「わかってる。ちゃっちゃと向こうを終わらせてくる」

「そうしないと《《向こうが本体になる》》からな」

 

 影喰いの魔王の厄介な部分は分裂した際に、本体機能も分散することだ。

 仮に一番大きい影喰いを先に倒した場合、別の影喰いが本体となり、その場にいる残った影喰いを集合させつつ逃げ出すのだ。

 

 影喰いは上物(今回であれば妖魔の塊)を叩いて、影だけになった時、ようやく本体への攻撃が通じるという厄介な性質を持つ上に、逃げ出すと決めたら遮二無二《しゃにむに》逃げ出す。

 逃げの一手を打たれたら、例えサイでもヘクサリアでも敵わない。

 大量に魔力を使うと分かっていても、転移しようとする。

 知性はなく、まるでそうプログラムされているかのように動きだす。


 そのため、面倒でも分体を潰していき、最後に本体を倒す。

 この流れを徹底しなければならないのだ。


「異世界《むこう》で戦った時は本当に厄介だったが、今回は問題なく倒せそうだな」


 これらの情報は、異世界にてサイやヘクサリアを含む影喰いの魔王に挑んだ冒険者たちが、文字通り命を賭けて手に入れた情報だ。

 突如、異界から生まれたという影喰いによって破滅に追い込まれた国の冒険者たちが死にもの狂いで紡ぎあげた戦い方だった。


 あの戦闘でどれほどの犠牲者がでたか、サイとヘクサリアはよく覚えている。

 あの日の悔し涙は、今も心に刻まれている。


「今回は全員で生還するぞ」


「当然だ」


 サイとヘクサリアは、握りこぶしを重ね合わせる。


 こうして影喰いの魔王との死闘はクライマックスに向かっていった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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