第54話 影幽奇譚⑥
幽世の新宿タワーの影。
幽世にありながら魔素も少なくマナも豊富な場所。
一種の聖域と化したこの地から少し離れた位置で、サイたちは影喰いを迎え撃つことにした。
新宿タワーの影は高い。
影喰いにとって影渡りしやすい最高の移動ポイントになる。
新宿タワーからほどよく離れつつ、影の少ない場所を陣取る。
そう敵は、影喰いの魔王なのだ。
影から影に渡り、影を喰らう事で、相手の存在を奪う災厄。
知性なくただ喰らうだけの存在でありながら魔王と恐れられる異形の怪物。
対するは、異世界の賢者ヘクサリア。退魔師の一条ひより、九里澪。天狗の銀嶺坊。神霊のせっちゃん。そして、ベテラン冒険者サイ。
陣形を整え、相対する瞬間を待つ。
サイは、このタイミングで作戦指示を行った。
「今のうちに陣形について、もう一回伝える。影喰いへのファーストアタックと本体の封印は、サリア頼む」
「任せよ」
ヘクサリアは鷹揚に頷いた。
「やつは《《必ず》》分体をいくらか作りだす。量はわからんが、絶対だ。そいつらの相手はひより、澪、銀嶺坊、せっちゃんで対処。一匹でも取りこぼしたら《《逃げられる》》と思ってくれ」
「うん。任せてよ、せんせ」
「ぴぃ!」
「頑張ります!」
「カカカ! 今なら仙術も使い放題よ!」
当初は、この役をサイ、ひより、澪で行う予定だったが、力を取り戻した銀嶺坊に、せっちゃんという戦力を手に入れたため、サイは別の役を行う事となった。
「俺は、両方をサポートする」
パーティーで戦闘する際、サイの役目は中衛だ。
前衛が必要なら前衛を、後衛が必要なら後衛を。
必要に応じたアクティブサポートもお手の物である。
伊達に長年、冒険者をやっているわけではない。
澪はそうやって語るサイを見ながら、ふと腰につけているものが気になった。
影喰いを迎え撃つという話してから、取り出した装備だ。
「ところで先生。その腰につけてるのって……」
「ああ、これは魔道銃だよ。魔力を込めた弾を放つ事ができる。日本じゃ見せるわけにもいかないし使いどころもなかったが、今回は有用そうだからな」
魔導銃。それは異世界で生まれた、ちょっと『地味』な装備のひとつだ。
特徴として魔法の魔力弾を込めた弾丸を放つ事ができる、そんな代物だ。
異世界では昔からある武器のひとつだが、あまり使われる事もない。
前述のとおり、弾丸に魔法を込めるのであれば、わざわざ魔法を込めるより状況に合わせて魔法を使えばよい。
しかも込められる魔法も限られているようで、わざわざ使う理由がないのだ。
評価として……対人戦闘において銃というのは矢避けの術式の前に無意味だ。
では対モンスター戦ではどうか。遠距離だと命中精度も良くなく、かと言って近寄るのなら、通常の武器で戦った方が良い。
わざわざ《《銃である必要性》》がないのだ。
そんな評価のため冒険者の中では、あまり目立たない装備となった。
とはいえ、有用な部分がないわけではない。先んじて魔法を弾丸に込める事ができるため、魔力がひっ迫した状況では使い道がある。
魔力が尽きても魔法が使えるというのは有用だが、そもそも異世界では魔力が尽きるまで戦う、といった状況は少ない。
また、道行く人々――力なき旅人や商人が獣やゴブリンのようなモンスターに襲われそうになった時の護身用としては有用と言える。
そのため、目立たないながらに護身用として細々と引き継がれている武器となっている。
だが、異世界についてよく知らないひよりや澪にとっては珍しいものだ。
「せんせ、ガンマンもやるんだ」
「そんなものまであるんですね……」
「ぴぃ……」
少し目をときめかせていた。
せっちゃんもなぜかときめいている。
日本の神霊から見ても珍しいのかもしれない。
「ゴホン。話を続けるぞ! 最後の注意だ! みんな自分の影に注意してくれ、影喰いとの距離が近いと、奴が影渡りで寄ってくるからな!」
相手は、影渡りによる転移のできる異形だ。
近づく機会はなるべく減らしたい。
喰われれば、一撃で致命傷すらありえる。
そのため今回は、如何に中長距離から叩けるかが鍵になる。
時折、周囲から断続的にドン……ドン……と音がなる。
その音は、大きくなってくる。
妖魔の影から物体の影、物体の影から妖魔の影と、影渡りゆえの独特な音の響きが鳴る。
そして、ついにその時がきた。
ドドン! と大きな音をたて、その『影』が現れた。
サイたちの前に影喰いの魔王が現れた。
シルエットでいえばトゲのある球体であろうか。
ドス黒いペンキまみれの球体か。
だが球体にしては歪で、海にあるテトラポットよりは球体。
銀嶺坊の言うとおり、形容しがたきナニカ。
だが、よくよく見ればトゲは、妖魔の上半身であったり、足であったり、奪った存在をそのままくっつけている。
全体を見ると、表面の全てが無数に妖魔で構成されていると気づける。
そして、《《それ》》が絶えず蠢き続ける。
見る者を狂気に落とす災厄の異形。影喰い。
「話は聞いてたけど、何あれ……」
ひよりは、そのサイズに圧倒された。
あまりに大きいのだ。サイズを比較する事すらバカらしい巨体。
ひよりの目線で見れば、ただの壁が迫ってくるようにしか見えない。
それが絶えず蠢き続けている。
「ゲームに出てきそうな見た目ですね……」
「ハハ……澪ちゃん、テンパると変な発言するよね」
澪が何を想像しているのかわからないが、彼女が驚き過ぎている事だけはわかる。
話に聞いていたが、話が違う。そんな感想がよぎる。
「アレと戦うんだよね、私たち……」
「ハハ、そうみたいですね……」
「ぴぃ!」
「ええ、新宿タワーを食べたからあんなに大きくなったんだ……」
「ほう。我の存在に気づいたか。新しいご馳走に目が血走っておる」
呆然とするふたりに対して、ヘクサリアは影喰いの《《視線》》を感じていた。
ここで澪が気づく。
ヘクサリアと言えば、最強の異能があるではないか。
「そ、そういえば、影喰いに魅了って……!」
「相手は魔王ぞ。通じぬな」
「そうでしたか……」
ヘクサリアの魅了は、かなり強烈な異能だ。
だが、そもそも知性の薄いモンスターはもちろん、魔王と呼ばれるモンスターにはまず通じない。
魔王でも知性があれば多少はかかる可能性があるが、影喰いの魔王が知性が薄い。
食べるために動き、食べるために影を渡る。
そういった存在に魅了は通じない。
「ふん! それでも所詮は見かけ倒しよ」
そう、目の前の大きな巨体は決して本体ではない。
見かけ倒しというには、大きすぎる存在だが。
「そろそろ射程圏内だ! カマせっ! サリア!」
サイが戦闘開始を告げる。
「既に準備は終えておる!」
その言葉と共にヘクサリアの周囲に多くの巨大な魔法陣が展開された。
魔法陣を展開しているのは、彼女の小間使い――大量の精霊たちだ。
「合わせよ、小間使いども。太陽魔法『極光』!!」
その言葉と共に何本もの極光が、巨大な影喰いを文字通り蒸発させていく。
極光とは、太陽光に聖属性を付与した熱線魔法だ。
それは、影である影喰いの弱点とも言える。
ひより達どころか銀嶺坊すら、その魔法の威力に驚愕した。
閉鎖空間である新宿タワーでは見られない、魔力の奔流は巨大にして強大な影喰いの魔王を文字通り蒸発させていく。
「さすがはヘクサリア様よ! なんという威力の魔法か!」
銀嶺坊の言葉に、ヘクサリアが異を唱える。
「これでも、本体には全くダメージは入っておらん!」
「なんと!?」
銀嶺坊は事前に話を聞いていた。
だがヘクサリアの攻撃を見て、多少はダメージが入っていると予想した。
なのに「相手に全くダメージが入っていない」とは驚くしかない。
当然だ。影喰いの魔王、その本体は影だ。
《《上物》》である妖魔の集合体をどれだけ蒸発させても、影喰いにとって《《痛くも痒くもない》》。
それゆえに魔人たちが、神霊であるせっちゃんがしてやられた。
だが、これはサイから伝えられた話であり、作戦どおりの話だ。
作戦として語られたファーストアタックだ。
「分裂するぞ! 者ども、分体どもは任せるぞ!」
想定どおり、巨大な影喰いの魔王は極光の奔流から逃げるようにいくつかの分体に分かれた。極光を浴びて、なお巨体を維持する影喰いを本体として、十メートル級のもの。更に二メートル級のものが無数に生まれる。
話に聞いていたとおりとはいえ、それでもなかなかのサイズと言える。
「では、ワシがこの中級サイズを相手しよう!」
銀嶺坊は十メートル級を相手どるようだ。
ならば、ひより、澪、せっちゃんは、この無数に存在する二メートル級の相手か。
「ひより、せっちゃん、やりましょう!」
「ぴぃ!」
「おっけー!!」
魔王戦が始まった。いざ、ここからが本番だ。
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