第40話
異世界からやってきたというハイエルフの女性。ヘクサリア。
どういった存在か、そして異世界とは……と確認しようと開かれた会合。
そこでサイが突然のカミングアウトを行った。
「私も、彼女がいた世界で三十年ほど暮らしておりました」
「「はっ!?」」
突然のカミングアウトに驚く。
特にひよりと澪は、これまでサイが異世界で暮らしていた事は隠すよう言われていたため、それこそ誰にも喋らないようにしていたのだ。
驚きもひとしおだ。
「すいません、一条さん。黙っていて……」
サイは隼人に謝罪をする。
「いや、今はその事はいい。それよりも異世界にいたと言っていたが……」
「ええ。高校生のはじめに転移して、三十年ほど向こうにいました。それで去年、偶然にも日本に帰還した次第です」
「そうだったのか……」
隼人から見て、サイの素性は謎だらけだった。
娘であるひよりや、その親友である澪が「信頼できる。師と仰ぐ」と言い出した時から経歴を調べたのだ。
だが、行方不明になった時から去年まで、一切の情報が出てこなかった。
履歴書的に不明な部分が多いが、それよりも魔法の使い方から冒険者のイロハまで、一体どこで学んだのか。
性格も温厚であったし、強くなるためであれば師と仰ぐことも許可したが、それでも何者なのか? という点は、ずっと気になっていたのだ。
それが今サイの発言で、ようやく合点がいった。
「私自身、異世界で冒険者をやっておりました。そこで見てきた事を踏まえて、異世界がどんな所か? という質問ですが、わかりやすく説明するとよくあるファンタジー系のRPGに似ていると思ってください」
「RPGって、テレビゲームの?」
「そうです。もちろん、たくさん違いはありますが土台は似ています」
新宿タワーが出現以来、世界中で言われていた事は『テレビゲームの世界がやってきた』だ。政府の役人も軍人も一般市民も、こぞってテレビゲームやライトノベルなどを調べあげ、モンスターの生態を調べた。
ファンタジーを専門とするマニアや専門家が政府に招聘されて議論した件は、あの頃を語る上で欠かせない逸話だ。
「大きく違う部分は魔法関連……とりわけ『魔導』と呼ばれる技術です」
魔導という言葉に反応して、魔力対策課の加賀が質問してきた。
「それは、どういう技術でしょう」
「向こうの世界では体内魔力やマナ、あるいは魔石をエネルギーにして、さまざまなものを作っています。我々が電気やガスで生活するように、向こうでは魔力を使って生活していると思ってください」
「その、何かそれを証明できるものはありませんか?」
「そうですね。それでは……」
そう言って、サイは虚空に開かれた穴に手を入れる。
政府の人間などもいる場所で、アイテムボックスの魔法を使ったのだ。
その姿に、サイの身内以外、全員驚愕している。
「ああ、これはアイテムボックスという魔法です。体内魔力などにより収納できる量は変わりますが、これは異世界で学んだ魔法ですね」
そう話しながらサイが取り出したのは魔導式のライトだった。
取り出したライトは加賀に渡される。
「今お渡ししたものは、向こうでどのご家庭でも使われている一般的なマナバッテリー駆動のライトです」
地球でライトと言えば電球やLEDが用いられているが、異世界では水晶とライトの魔法術式が刻まれた魔石、そしてマナバッテリーが使われている。
加賀があれこれと触りつつ質問してきた。
「これは……スイッチなどがないように見えますが」
「ああ、そうでした。それこそ最初に驚きますよね。そうだな、澪さん。ちょっとそれに魔力を込めてもらっていいですか」
そう言われ、加賀から魔導式ライトを受け取る澪。
受け取った澪は、何の気なしに魔力を込めてみる。
すると地球のライトのようにまばゆく光った。否、光り過ぎた。
「うお、まぶし!? 澪さん、もう少し込める魔力を落として!」
「わわ、すいません!」
そうして、込める魔力を落とした結果、光量も落ちる。
「見てのとおり、込める魔力量で光る量も変わります」
「おおお、そんな技術が……!」
地球では魔力の技術化は遅々として進んでいない。
魔力を魔法に変換し何かをする事はできるが、魔力を機械に通す技術がない。
このように魔力を使った照明すら作れていないのが現状のため、是が非でも欲しい技術だ。
「そこまで光りすぎるのもおかしいのう。おい、澪よ。我に渡せ」
澪からライトを受け取ると手慣れた感じでライトの蓋を開く。
「マナバッテリー古くなっておるのか。どれ交換しておくか」
手慣れた手つきでヘクサリアは、アイテムボックスから数種類のマナバッテリーを取り出し、新しいものと交換していく。
いくつものマナバッテリーが置かれた姿に、加賀は驚愕した。
原理などはわからないが、電池などと同じように種類や規格があるのだ。
言い換えれば、それだけ異世界の技術は発展してるとも言える。
加賀の驚嘆に反応する姿を見て、ヘクサリアはニヤリと笑った。
これはヘクサリアなりのテストだ。わざわざいくつも違う規格のマナバッテリーをあえて出してみせて、どういう反応が返ってくるか。
言外に「これの意味わかるよな?」と伝えたのだ。
反応が上々で、ヘクサリアとしても満足である。
「それです。先ほども言っていたマナバッテリーというのは……」
「なに、要はマナ……魔力を溜め込むための道具よ。大気に存在するマナを少々拝借して、貯め込み、既定の出力でマナを放出する事で駆動させるためのな」
加賀が目を見開く。
「その技術、是非、日本にご教授いただけないでしょうか?」
「加賀さん、先走りすぎだ!」
タワー課の吉村が指摘する。
「あ、すいません。あまりにすごくてつい……」
隼人が仕切り直すようにコホンと咳払いをした。
「さて色々とお伺いしたい事も多くありますが、時間は有限です。異世界があるという事は、彼女と今見せられたもので十分証明となりましょう。私からも質問させてください。ヘクサリアさんは、なぜ地球に来られたのでしょうか?」
隼人は固唾を飲み込んだ。
内容如何でヘクサリアへの対応が変わる。
まさか地球侵略とか、そういう話ではあるまい。
「なに、我が所有物の安否を確認するためよ」
「所有物、ですか?」
想定外の返答に、思わずキョトンとしてしまう。
「おい、サリア。その言い方だと勘違いさせるだろ。サリアが言ってる所有物っていうのは、俺のことですよ」
「サイくん」
「実は、彼女とは結婚しておりまして、そもそも俺が異世界から戻ってきたのも事故と言いますか……」
「うむ。このバカが半年以上も連絡せんかったから、我自ら確認にきたのだ」
「つまり、サイくんの安否確認と。なんと。そうだったのか。どうりで……」
難しい顔でうなずく隼人。
ちなみに。隼人はその後を喋らなかったが内容は「うちの娘を見てもクラっとこない理由がわかったよ」である。
さすがにこの場で親バカは出さないようだ。できる男なので。
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てる吉村。
「それでは、ヘクサリアさんは向こうの世界とこちらの世界を行き来できる、という事ですか?」
「わからん。向こうからこちらの世界に来る事はできた。過去、隣にいるサイは、我の住む世界に来ておるし、行き来は可能だが任意でできるとは現状言えん」
ヘクサリア自身、新宿タワーの最上階に行けば転移は可能だと推測しているが、まだ現状なんとも言えない。他にも条件が必要かもしれない。
「任意ではできない、ですか」
「国の役人であれば気になるであろうから説明しておこう。少なくとも向こうの者で、こちらに来る事が可能なのは、我以外だと数名しかおらん……。
だが、その数名も、こちらの世界の座標を知らん状況だ。そういう意味では我以外には無理だな。向こうの世界からこちらの世界に軍隊が押し寄せるという話は、ありえん。その逆もしかりよ」
異世界から軍隊が攻めてくるという事はありえない。
その言葉を聞いて吉村はホッとした。
漫画か映画のような話だが、現に目の前に漫画か映画から飛び出してきた異世界人がいるのだ。気になるのも仕方のない話だった。
「さて。我への話題も尽きんだろうから、先に我からの要求を伝えておく。我からの要求はただひとつ。新宿タワーに入れるようにせよ」
「それは何か理由があるのでしょうか?」
「理由が必要か?」
「いえ、それは……」
「そうだな。もしも新宿タワーに入れるよう計らうなら、その褒美として、魔導技術の基礎を共有……そうだな。講義をしてやろう」
「是非!」
「加賀さん! まだ交渉中だから!?」
前のめりで承諾する加賀。咎める吉村。
魔力対策課は文科省の管轄であり、魔力関連の研究所も魔力対策課の管轄だ。
魔力についてのノウハウが足りない現在、異世界の魔導と呼ばれる技術体系は喉から手がでるほど欲しい技術だ。
対して新宿タワー課は、総務省の管轄だ。
昨今、魔力や冒険者に関する問題も多く、その対応に翻弄させられる。
苦労の多い課である。
課による性格の違いが明確に出た瞬間だった。
その後も交渉は続いたが、ヘクサリアが新宿タワーに入る事は許可されそうだ。
課題となるのは冒険者免許だが、その辺りさすがは政府の人間だった。
上手な形で横紙破りにならぬよう体裁を整えていった。
まず彼女は難民のような状態と言える。これは、サイの妻であるという事で人道的観点からサイが保護者になる、という事でビザまわりはいける。
一番の問題はエルフ特有の長い耳だ。冒険者免許には顔写真が必要だ。
つまり冒険者免許を見れば、噂される存在になる事が確定である。
日本だけではない。海外からも注目されるだろう。
「我の講義の受講者であれば拝謁も許可するが、晒し者になる気はない」
そんなヘクサリアの言葉から、帽子を被っての撮影とあいなった。
証明写真には医療上あるいは宗教上の理由で顔の輪郭が識別できる範囲内であれば帽子やスカーフなどの着用が認められている。今回はそれを流用する形だ。
どちらにしても講義が始まれば、どうしたって世界的な注目を浴びる事になる。
それがどれほどのインパクトになるか想像できないが、少しでも対応できるように今から動こうと相成った。
その後もアレコレと話は続くも概ね想定した形で会合は終了した。
ちなみに会合のはじめ、強制的に眠らされた退魔連の桜庭は、会合の終わりに起こされ、その後一条家からこってりと絞られたらしい。
特にひよりから「桜庭のおじさんなんて、もう知らない!」という発言は、彼の心に深い傷を与えたようだ。前線で戦う者に嫌われたという事もあるが、女子高生に、そんな発言をされたら誰だってダメージを受ける。おじさんだもの。
それから一週間ほどして、ヘクサリアの冒険者免許が発行される事となった。
ハイエルフの存在は、世界規模で大きなニュースとなった。
その後、ヘクサリアへ向けて多方面からコンタクトが飛ばされたものの、誰一人として彼女にコンタクトを取れたものはいなかった。
異世界でも最新の隠ぺい魔法により気配どころか、姿形まで隠すようにしたのだ。
あるいは姿形は出しても、認識を変える幻惑魔法もある。
日本にも世界にも、これを看破する術はない。
本気で隠れたヘクサリアの姿は、サイ以外の誰にも捉えられないのだ。




