第4話
それは、ある日の夕食後の話だ。
その日は両親や妹夫婦と居間でくつろいでいた。
妹はサイにお茶を出しながら聞いてくる。
「はいお茶。それで兄さん、少しはこっちの生活に慣れた?」
「ありがと。多少はな。平和過ぎる状況にまだ混乱してる」
「異世界って、そんなに危険だったの?」
「そりゃな。モンスターとか毎日狩らないといけなかったし」
妹と、そんな話をしてると甥っ子が声をかけてきた。
「モンスターって、こういうの?」
そう言ってスマホを見せつけてくる。
スマホの画面には、小さな体躯。地獄の餓鬼にも似た様相。うす汚れた格好の小鬼が表示されていた。
「これ、ゴブリンだよな。え? なんでこんな写真があるの……」
「じゃあ、これも?」
甥っ子は、ささっと次の画像を見せる。
「げ、目玉の悪魔じゃねえか……」
表示されている目玉の悪魔は、冒険者にとってルーキー殺しと言える存在だ。
他にもあれこれとモンスターを見せてくる。
「これさ、全部新宿タワーに出てくるモンスターだよ」
「あの塔か……」
塔。通称『新宿タワー』。
二〇〇〇年頃。新宿御苑に発生した現代の神秘。
突如巨大な霧が発生したと思ったら、大きな異音と共に現れたという。
当時の流れはこうだ。
警察や自衛隊が塔や周辺地域の調査を行ったところ、塔の内部で大量のモンスターを発見。そのため、政府は塔の封鎖を決定。
塔の周囲をバリケードで固め、該当地区をどう扱うかを相談していたそうだ。
塔を封鎖して三六時間後。塔から大量のモンスターが湧き出てきて、警察及び自衛隊はこれを対処。
塔内の調査を改めて開始する事になる。
当初、銃器による掃討が行われていたが、しばらく後、銃の効かないモンスターが発生。それらは剣など銃以外の攻撃は有効と確認。
以降、銃を使わずに内部調査を行っていたが、近代の象徴にして最大の発明たる銃器が使えず塔の攻略は遅々としたものだった。
その後、なんとか塔の一階を完全に制圧し、そこから攻略を順次進めようとしたが、その状況でもまた大量のモンスターが一階へ襲来。
そういった状況が何度も続いたが、そこからこの塔のルールがわかってきた。
1、人がタワー内にいないと三十六時間程度でモンスターは塔から出てくる。
2、銃器の使用は基本禁止。銃が効かないモンスターにはミサイルすら通じない。
3、二十四時間、誰かが戦っている必要がある。
朝でも夜でも誰かしらが戦闘をしていなければならない。
塔にはそういったルールがあるようだった。
だが自衛隊や警察には通常業務もあり、人材や予算の問題から塔にだけ注意を向けるわけにはいかない。
こうした状況のため、政府は民間協力者を募ることにした。
ゲームのようなファンタジー世界の塔でモンスターと戦い、攻略を目指す者たちを広く募集する事にしたのだ。
この民間協力者を、広く伝わりやすい言葉として『冒険者』、かの塔を『新宿タワー』と呼称するようになった。
そして、その募集に使われたスローガンはこうだ。
――冒険者よ、新宿タワーを攻略せよ――
最初期の冒険者は、格闘選手や武道家あるいは元自衛官が多かったと記録されている。彼らを中心に新宿タワーの攻略が開始された。
それからしばらく後。冒険者の中から通常ではありえない技を出す者が現れた。
剣の軌跡に合わせて、不思議なオーラを出す技。通称『スキル』を発現するものが現れた。更に魔法と呼ばれる現象を使える人が出始めた。
それらは当初、塔の中だけの事象であったが、少しずつ塔以外の場所でも魔法を使える者が現れ始めた。
俗に言う『覚醒』だ。
これらは、さまざまな形で計測されたが現状どうやってスキルや魔法が発生しているのか不明。魔力と思われる痕跡は計測ができたものの、まだまだ未知の領域だった。
二〇一〇年代になると、未成年でも覚醒した者は十八歳以上であれば、入塔許可が下りるようになり、塔の攻略は四半世紀続く大きなトレンドとなっていた。
日常のひとつに組み込まれたともいう。
「なるほどなぁ」
話を聞いたサイは日本に転移した時のことを思い出した。
魔力を感じられる事に驚いたが、これは塔によって魔力が発生あるいは活性化している、という事だ。サイの予想では塔が出現する以前は大気のマナは少なかったのだろう。
異世界の常識に照らし合わせると、これほど魔力が満ちているなら、天然の魔法使いだって生まれるものなのだ。
大気にマナが少なければ、体内の魔力は生成されない。
つまり天然の魔法使いも生まれるはずがない。
予想ではあるが、まああまり外れていないだろう。
そんな事をうっすら考えていると妹が声をかけてくる。
「やっぱり兄さん、こういうのに興味あるんだ?」
おかずをつまみながら妹は驚く。
「それが仕事だったしな」
モンスターを狩り、脅威の減らす事。
それこそ冒険者にとって一番の仕事だ。
サイが異世界で何をやっていたか、家族には伝えている。
「一番の仕事はモンスター退治だな。モンスターってのは、マナの濃い場所とか淀んだ場所に発生するから、その退治だろ。んで、塔とか洞窟とか総じてダンジョンなんて言うが、そこでしか採れない鉱石とかお宝があったりしてな。モンスター狩りつつ、素材を手に入れて……みたいな。人生の大半はそんな仕事をしてたな」
異世界でゲームのような冒険ファンタジー。
両親は話を聞いて顔をしかめている。
まさか自分の息子がそんな危険地帯にいたとは夢にも思うまい。
逆に甥っ子は目を輝かせて聞いている。
サイとしてはゲームやマンガのような冒険譚ではなく、苦労と苦悩の多い日々だったが、憧れる気持ちはわからないでもない。
「そういえば新宿タワーだと宝箱とか出るのか?」
「えっとなんだったかな……なんかすごいのが出てたよね? ピカピカーってするやつ」
妹は、よくわかっていないようだ。
「母さんが言ってるの、雷神剣でしょ」
「そうそう、雷神剣!」
甥っ子の方は嬉しそうに話し、スマホで雷神剣なるものを見せてくる。
画像を見ると、なんとも豪華な意匠の剣だった。
「使用者が指定すると、そこに雷を発生させられるんだよ」
「へえ、そうなのか……」
サイは聞きながら、目を丸くした。
異世界で見た『雷神剣』と違うことがわかったからだ。異世界の雷神剣は、文字通り雷神より賜ったとされる宝剣である。一度見た事があるが、意匠が違いすぎる。
甥っ子の話を聞く限り、性能も雲泥の違いだろう。
雷を発生させるだけなら術式を刻んだ店売りの剣でもできるはずだ。
それからも甥っ子が新宿タワーについて教えてくれた。
話を聞くかぎり、想像どおりさまざまな素材やアイテムが出るようだ。
モンスターの素材や各種アイテム類は政府や企業が買い取りを行い、さまざまな分野で研究開発に回されているらしい。
タワーの話をしているせいか、甥っ子はうらやましそうに喋る。
「いいなぁ。俺も新宿タワー行ってみたい」
「ダメよ、危ないところなんだから……」
サイの母は心配そうに喋る。
「はは。憧れるよなぁ。俺ももう少し若かったら観光がてら行ってただろう」
父の方は、甥っ子の気持ちがわかるのか、そんな風に笑う。
「ちょっと行ってみるかなぁ」
現在のサイは無職だ。
今の日本には馴染めたものの、異世界で蓄えた金貨をインゴットにして売る事で財産もあるせいで働く必要がなかったのだ。
だが平和な日常の中、身体が鈍っていくのがどうにも気持ち悪かった。
そのため適当に何かできる仕事を考えなければならなかった。
新宿タワー攻略の冒険者であれば、これまでの経験も活かせるし天職かもしれない。
「ああ、兄さんなら入れるよね。冒険者ギルドに行けば、すぐなれるんじゃなかったかな」
「先に免許とらないとだろ」
妹ののんびりとした返しに、甥っ子が指摘を入れる。
「免許……なるほど。免許制か」
異世界の冒険者ギルドでもライセンスはあった。
同じようなものであろうとひとり納得する。
「おじさんの配信楽しみにしてるよ」
「は、配信?」
甥っ子が言うにはなんでも、塔で活動するには全員カメラによる配信が義務付けられてるらしい。これはエンタメ的な狙いではなく『塔』という法が届ききらない場所で、無法を防ぐためのものらしい。
「政府が用意した塔攻略のためのチャンネルがあるのよ」
そう言って妹は居間にあるテレビをつけ、インターネットに接続する。
政府配信サイト『Tower Tube』と記載されたチャンネルを開いた。
トップページに入る前に「グロテスクな映像が表示される可能性があります」などの注意文言が出てきて「了解」と書かれたボタンを押す。
そこから妹は、おすすめで表示されている冒険者のチャンネルを選択。
冒険者の男性が塔を攻略する姿が表示された。
そのページには配信画面と一緒に本名や攻略している階数などの情報が記載されていた。
「こんな風になってるんだ」
サイとしては、見知らぬ誰かに自身の冒険が見られているという状況は気持ち悪く感じる。プライバシーの侵害というやつだろう。しかし、確かにこうやって表示されているのなら、悪い事をしようという気分にもなれない。
なるほど犯罪抑止に繋がっている。
「これって今、新宿タワーの中にいる全員分が表示されているのか?」
「そういう決まりだしね」
今、この時間に何千という冒険者が配信をしており、配信を止める時は新宿タワーから出る時なのだそうだ。今テレビに映されている冒険者の男性は三人パーティーで二階層を攻略しているようだ。
「犯罪抑止のために配信するってのはわかったけど、嫌なもの見せられることにならないか? モンスターを殺す姿とか、この冒険者たちがケガした時とか。母さんなんかに見せられるもんじゃないだろ」
「AIで血の部分にモザイクがかかるから、そんなに怖くないわよ?」
「えーあい」
サイが子どもの頃でもAIは存在したが、どちらかといえばSF映画の話だ。
驚いた顔をしていると、そういう事に詳しい甥っ子が教えてくれる。
チャンネルを変え、戦闘中のパーティーを表示する。
こちらは八階層でゴブリンの群れと戦っていた。
確かにケガを負った冒険者の腕の部分や傷だらけでかろうじて生きているのであろうゴブリンに強めのモザイクがかかっている。甥っ子曰く、コンピューターが自動で解析して血や死体、それに類似するものに対してモザイクをかけているらしい。
また冒険者たちが大ケガをした場合は、AIがそれを判断。緊急アラートが鳴り、冒険者ギルドの精鋭にて構成された救援隊が対応に向かうらしい。
スマホにも驚かされたが、三十年ぶりの日本は未来に生きているようだ。
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