第3話
スマホのアラームがなり、朝であることに気づき、サイは目覚めた。
寝ぼけ眼のまま、顔を洗い、歯を磨く。
九月も中頃になり、厳しい熱波は消えたがまだまだ残暑の影がちらつく時期。
エアコンをつけてスマホを眺める。無職ゆえのゆったりした時間の中、コーヒーを飲みながら、今日やる事を考える。
異世界から帰還したサイは、ごくごく普通の日本人のような生活を営んでいた。
遺跡の転移トラップによって日本に帰還して、しばらくの月日が経った。
現在、サイは小さな工場跡をリフォームして、そこを自宅として暮らしている。
転移したあの日。
サイは交番に行き事情を相談した。
もちろん異世界に行っていたなんて言えるわけがないので、なんとか誤魔化しながら状況を伝えたのだ。
その結果、行方不明者のリストに自身の名前が載っていたことが発覚。
あれよあれよという間に、両親と再会することとなった。
三十年ぶりに再会した両親は老人だった。
ヨボヨボとまではいかないが、ふたりとも七十代となり腕も足も細い。
身長もこんな小さかったかと驚いてしまった。
転移している間に両親が亡くならず、再会できたのは幸運だった。
両親は、現在妹夫婦と共に大きな病気もなく元気に暮らしている。
再会を前にした時、サイはかなりの不安と緊張の中にあった。
サイにしても高校生だった頃の面影はなく、出会っても気づいてもらえないのではないかと不安だったのだ。だが、両親も妹も山浪彩人本人だと気づいてくれた。
家族と感動の対面を果たしたものの、その後が大変だった。
行方不明者として事務手続きのようなものがアレコレあったのは仕方のない事とはいえ「今まで自分がどこにいたのか」を説明する事が難しかった。
海外の危険な地域に連れ去られていたのではないか等、様々な憶測が語られる事となったが真実は異世界に行っていた、だ。
異世界に行っていたという話を証明するとなると、魔法や異世界のものを見せなければならない。
とはいえ、それを見せたらどうなるだろう。
ただの見世物で済めば良い。
どこかの研究所で研究対象として扱われる……なんて事もありえるだろう。
まだ現代日本のことはわかっていないが、どの世界でも珍しいものには価値がつく。
今のサイでは想像もつかないトラブルを背負う可能性だってありえるのだ。
異世界でいう貴族的な後ろ盾もない。
もし悪い方向へ転がった場合、どうなってしまうか。
サイが望む望まない関係なく、両親や妹夫婦に迷惑がかかるだろう。
行方不明のサイを探しつづけたと話す両親に申し訳が立たない。
そのため、家族には真実を伝えたが対外的には「海外を放浪していた」と話す事にした。
家族に異世界のことをどう話すかで迷ったが、話してみたら思ったよりすんなりと受け入れられた。
塔……通称『新宿タワー』のおかげだった。
サイが行方不明になって、数年後の二〇〇〇年。
あの新宿タワーが突如として出てきたらしい。
周囲にあった全てを飲み込んで。
この現象は世界中で発生しており、各国でダンジョンが発生したとの事だった。
当時に流行ったオカルトのせいもあり、かなりのパニックが起こったそうだ。
おかげで「異世界はよくわからないが、そういう事もあるのかもしれない」と両親は信じてくれた。当たり前だった現実が、まったく予想しない非科学的にも程があるオカルトや神秘とされた方向から崩されたのだ。
そんな事が起きてしまう世の中なのだから。
山浪家の長男はどこか遠いところに連れさられていたが、無事自宅に帰還できた。
それでいいではないか、と結論づけられた。
これでサイは家族のもとで幸せに暮らせた……となれば良かったが、そうは問屋が卸さなかった。
現在、両親や妹夫婦たちはひとつ屋根の下で暮らしている。
妹夫婦の間には高校生の男子がいる。サイから見れば甥っ子だ。
五人で慎ましく暮らしているのだが、そこに異世界から帰還したサイが増えるとなると、話は別だった。
単純にサイが暮らす部屋がないのだ。
しばらくは居間で暮らしていたが、ガタイのいい長身の男性は正直に言えば邪魔でしかない。両親や妹だけでなく、妹の旦那さんや高校生の甥っ子がいるのだ。
行方不明になっていた妻の兄、あるいは母の兄。
なんとも扱いに困っただろう。
妹の旦那さんは気の良い人であったため「部屋をどうにかしたいのですが……」と言って、現状を申し訳なさそうにしていた。
しかし、突然舞い込んできたのはサイの方である。
サイの方こそ申し訳なさでいっぱいだった。
そうして最初の数日は居間で暮らしていたが、さすがにこのままだとサイとしても動きづらいし、いたたまれない。
どうしようかと思案していたところ、父から提案があった。
それが近所の古い工場跡への引っ越しだった。
祖父の代に活躍していた小さな町工場だったが、その祖父の代で閉鎖が決まり、これまで放置されていた。誰かに貸し出すにも工場としてはサイズが小さく、老朽化も激しいため、取り壊しも視野に入れていた。
だが取り壊すにしても先立つものが必要だし、先祖代々で引き継がれた土地だったから売るのにも躊躇いがあった。
そんな古くて小さな町工場跡。
確かにサイも、幼少の頃。この工場で遊んでいた思い出がある。
ゆえに手放すのに迷う父の気持ちはわかった。
しかし老朽化が激しく、修繕するとなるとかなりの費用がかかりそうだ。
せっかく帰ってきた長兄を、ボロくて汚い場所に押しこむ事になる。
父は随分と申し訳なさそうにしていたが、サイにはすごくありがたかった。
さいわい電気、ガス、水道は引いてある。
リフォームすれば使えるのだ。
やる事が決まれば、動きは早い。
とはいえ、父も言うようにリフォームにはなかなかの金額が必要になる。
ローンするにしても、サイには現代日本において信用もなにもない。
どうしたものかと考えていたが、ここでサイの持つ金貨が活きた。
金貨自体は、かなりの量持っている。
アイテムボックスの中には大陸共通の金貨や、トゥアール王国の金貨などが詰まっている。もちろん王国の銀行にも預けていたが、それでもかなりの蓄えがアイテムボックスの中に収納されていた。
ベテラン冒険者にして冒険者ギルドの教官たるサイの稼ぎは、ちょっとしたものなのだ。
父に相談し、工場に残っていた機材を利用して、金貨のうちいくらかを溶かしインゴットにして売却する事にした。
おかげでちょっとした財産を手に入れたサイは、工場のリフォームを決行。
人の住める環境を作った。
こうしてサイは、日本で活動するための拠点を手に入れた。
日中はもっぱら自宅となった工場跡の拠点を整備したり、散歩したり。
夕飯時や土日になると妹夫婦の家に行き、これまでの事や最近の話を聞きながら、現代日本の常識を学ぶ日々だった。
最新のスマホを手に入れ、慣れない手つきでネットもチェックするようになった。自分が日本にいた頃はポケベルか携帯電話だったものが、今やスマートフォンになり、学生でも持っているのが当たり前とのことだった。
……自分が学生だった頃は買ってもらえなかったのに、サイの両親は孫に喜々として買い与えたらしい。軽くショックを覚えたのは内緒だ。
三十年という時間の流れが常識を変えているせいか。
だが、気軽に連絡できる事の利便性はサイもよく分かっている。
異世界には魔導通信というものがあった。
メールぐらいしか送れないものだけど、冒険者時代どれほど助けられたか。
マナのある場所であれば、深い洞窟の中でも大陸間でも通信できる。
救助のような場面から、日常のちょっとしたお便りまで。
本当に便利使いさせてもらった。
だが、そんな魔導通信でも、さすがに地球から異世界の間では通信できないようで、今はうんともすんとも言わない。
「我、生存せり……ただし帰還方法なし」
この文言を送って数か月。
当然ながら、今も異世界から反応はなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。




