第31話 第一部エピローグ
年が明けた。
十二月に発生した新宿魔人戦線の余波は、一部で大きな波紋を呼んだが、世間には公表されなかった。おかげで概ね普段どおりの年越しであり、サイはのんびりとした年明けを味わった。
三十年ぶりに日本へと帰還したサイであったが、年末年始は、ふわっとした感覚でのんびりしている。ハッピーニューイヤー! と叫ぶ事もないし、厳かに新年を祝うわけでもない。ふわっとのんびりだ。
日本にいた幼少期であっても、あるいは三十年と長きを過ごした異世界であっても、この感覚は変わらなかった。
サイは自宅の居間でのんびりと熱燗を飲みながら、テレビを見ていた。
こたつに入り、みかんを剥き、熱燗を楽しむ。
日本に帰ったらやりたかった事のひとつだ。
「先生、どこかに出かけないんですか?」
「ひとりだけお酒飲んでるしね」
なぜか、新年だというに同じこたつにひよりと澪が入っていた。
ふたりとも初詣で帰りだという。
「今日はいいんだよ。こうやって、のんびりしたかったんだから」
元日であるというのに、世間では働く人々がいて、新宿タワーでは今日も戦う人がいる。
そんな人々に感謝しつつ、のんびりとする。最高の贅沢だ。
「そうだ。せんせ、のんびりするっていうならさ、せんせの話してよ」
「俺の話?」
「それ、私も興味あります」
「なにか聞きたい事あるのか?」
「うん。異世界で何してたか!」
「向こうでの話か。そうだなぁ……」
熱燗から御ちょこへ、日本酒を注ぐ。
そういえばふたりに向こうでの暮らしを話した事がなかった。
とはいえ、あの濃密な三十年をどう話したらいいのか。
冒険譚など話していたら日が暮れる。日常の話なんか面白くないだろう。
自身の半生を語るのが良いか?
だが、俺は半生は……。
「う~ん……あんまり変わらないんだよな」
「変わらない、ですか」
御ちょこの日本酒をぐいっと飲み、舌を滑らかにする。
「どこから話したらいいかわからんから、順を追って話すんだが……まず転移したのは多分本当に偶然だな。誰かに召喚されたとか、そういうのじゃない。学校の帰りに転移して、気づいたら向こうの世界にいた」
ぽつぽつとサイが異世界でのことを語りだした。
「場所はトゥアール王国って国の交易都市の近くでさ。最初は本当に大変だったよ。そもそも異世界の言葉がわからないし。当時十五歳とかそれぐらいだったけど、思ったより童顔に見えたらしくて、十歳とかの子どもに思われて、孤児院に入れてもらったんだよ。でも全然喋れないからって、三歳とか四歳ぐらいの子と一緒に絵本読ませてもらって言葉を覚えて……。最初の一年はそんな感じだな。助かったのは、文法が英語に近くてさ、SVO、主語動詞目的語みたいな流れだったから、そこからちょっとずつ解析して言葉を覚えた感じだな」
異世界転移の最初の壁はなんでもなく言語理解だ。
当時の苦労を思い出し、サイは少し苦笑した。
「んで、ある程度喋れるようになってから発覚したんだけど、異世界にも国民証っていう戸籍みたいのがあって、それがないと大した仕事ができないんだよ。
店では働けないし、どこも雇ってくれないわけだ。まあどっちにしても当時、異世界じゃ常識知らずだしな。やれることも限られてたから、冒険者を始めた。
孤児院にお金を入れる必要もあったしな。最初のうちはソロで採取して……ポーションの材料になる野草を集めたり、野にある素材を集めたりしてさ。
まだ当時そんなにうまく喋れなかったからさ、パーティーなんて組んでもらえなかったんだよな。
ただ、それを見てたさ、当時働いてた冒険者ギルドの人の口利きで、学校……都市が主催する学校に入れてもらえたんだよ。そこでかなり喋れるようになったし、知識とか常識なんかを叩き込まれてな。その後らへんかな、冒険者のパーティーに誘われて……十歳ぐらい年上の人たちのパーティーな。その人たちに冒険者としての戦い方とか教えてもらったんだけど、リーダーの結婚とかそーいう話があって引退者が出てパーティーは解散。
どうするかって迷ったんだけど、喋れるようにもなったし、日本に帰る手がかりを探すかってなって、二十代の前半はいろんなとこ旅してたよ。
色々な場所を冒険したし、ダンジョン攻略なんかもやって……長くなるから、そこは割愛するけど、二十五の時だったかな、それぐらいの頃に交易都市に戻って……。
その時に、孤児院の子とか冒険者ギルドの新人に乞われて指導する事になってな。それが評判になって、ギルド職員になるよう言われて、それから教官業もやるようになったんだよ」
あの濃密な異世界暮らしをどう説明するか迷いつつ、思い出しながらサイは語る。
ひよりと澪は、チャチャを入れずに聞き入っていた。
「んで三十代になって、その頃には国民証もあったんだけど、結局性に合って冒険者を続けることになって、それこそ冒険者やりながら教官やって、空き時間に論文とか書いたり、モノ作ったりして……異世界ではそんな事をやっていたわけだ」
こちらの世界では論文なんて書いてないが、アレは相棒から言われて書いたものだし、まあいいだろう。
「……そうだ。それと向こうの世界には相棒がいたんだよ」
「相棒ですか」
「うん。ひよりさんと澪さんみたいなもんだよ。俺が冒険に連れ出したり、俺がそいつに冒険に連れ出されたりしてな……」
「……いつか再会できるといいね」
「うん。会えたらいいんだがな」
それは叶わぬ願いだと思いつつ、再び熱燗から御ちょこに日本酒を注ぐ。
その日本酒をぐいっと胃に流し込む。
……異世界で唯一の心残りは、相棒の事だろうか。
無茶な事をしてなければいい。
他の連中は俺がいなくても大丈夫だろう。
そんな風に思った。
とアンニュイな空気になった事に気づき、サイは結論を話した。
「そんなわけで、俺のやってる事は異世界でも日本でも変わってないわけだ」
「変わってないっていうけど、せんせは変わりたかったの?」
日本は新宿タワーの事があれど、異世界に比べて平和だ。
それこそ妖魔の事も忘れて、新宿タワーは遠巻きに見ていれば仮初でも平和を享受できる。
安穏した生活は、すぐそばにあるのだ。
「……自分のやりたい事をやってるだけだしな」
だが、その安穏とした生活は、サイには合わなかった。
帰還直後の事を思い出す。
安穏した日々よりも新宿タワーへの好奇心が勝ってしまった。
結局のところ、中年のおじさんは変わりたくても変われない。
やりたい事をやっているなら、余計に変われないのだ。
新しいみかんを剥きながら、そんな風に思った。
「もしせんせが変わりたいんなら、私たちが変えてあげるね」
「そうですね。わ、私たち色に……!」
澪はしれっと何を言ってるのか。
「はは、その時は頼りにするよ」
剥いたみかんを味わいつつ、そう返した。
「そういえば、ひよりさん澪さんは高校卒業したらどうするんだ?」
「それ今聞いちゃう?」
「実はですね、進路はもう決まっていまして……」
三人の、師弟の団らんは続く。
変わるものもあれば変わらないものもある。
サイのやる事が変わらなくても、状況は日々変化をしていく。
まさか異世界から日本に帰ってこられるなど、異世界にいた去年の自分に言っても決して信じないだろう。しかも転移トラップに嵌って、だ。
今年のサイはどうなるだろうか。
ひよりと澪のふたりはどうなるだろうか。
未来にワクワクしつつ、ひよりと澪の言葉に耳を傾けるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第一部完となります。
お楽しみいただけたなら幸いです。




