第30話 新宿魔人戦線⑦
新宿タワー付近に現れた強力な妖魔――魔人との戦闘が終わった。
最後の強敵、天狗の消滅を確認するとサイはひより達に近づいた。
「ふたりともよく頑張ったな」
「せんせ……やったよ!」
「ヘクサシールドできました……!」
ふたりはあの土壇場でヘクサシールドを習得したのだ。
五感集中と直感、魔力制御の神髄。
そしてヘクサシールドの習得。
サイは、ふたりの大きな成長に喜んだ。
「へへ~、やったね澪ちゃん……」
「ふふ、頑張れました……」
そうふたりで笑いあうと、緊張が緩んだせいなのか最後の体力を使い切ったのか、ふたりとも気を失いサイに支えられるようにして倒れた。
上級回復ポーションで身体は回復しても精神は回復できないのだ。
「本当にお疲れ様。ひより、澪」
サイはふたりの弟子を支えながら、ふたりの成長を言祝いだ。
だが、忘れてはいけない。
戦闘というのは、終わった後も大変なのだ。
遠くから吉田や桜庭など、生き残った退魔師たちがこちらに向かってきていた。
この戦いは退魔師たちのものだというのに、退魔師でない冒険者が、ひょっこり顔を出しているのだ。
サイは説明を求められるだろう。
「さて、どう説明しようかな……」
結果から言えばひよりの側付き吉田のおかげで、サイは助かった。
桜庭から何者か問われるも、吉田から「お嬢たちの先生ですよ」とフォローが入り、サイも先日ふたりに装備を貸した流れから様子を見に来たと返答し、事無きを得た。
むしろ上級回復ポーションを渡した流れなども吉田や桜庭に見られており、その点を感謝された。
今回、戦闘に参加した退魔師たちは多かれ少なかれ負傷している。
多数の死亡者まで出ている激闘の中、用意していた回復ポーションも切れたらしく、サイからの提供は本当にありがたかったらしい。
ひよりと澪のふたりは、この後すぐに一条に縁のある病院に担ぎこまれた。
極度の疲労はあったが、上級回復ポーションのおかげで大きなケガもなく数日じっくり休む事で復活していた。
蛇足だが、非戦闘系の退魔師たちにとっては、ここからが戦場となる。
まず政府と連携を行い、新宿タワー周辺地域の避難勧告の解除。
同時に前線で戦った退魔師たちの戦闘の後処理が行われた。
妖魔たちの痕跡がある場合は、それを処理。
戦闘で破壊されたビルなどについては、政府や保険会社との相談となる。
また周囲地域で、退魔師たちが戦う姿を見た者はいないかの確認を秘密裏に行っている。妖魔たちとの戦闘のタイミングで人払いの結界も張っているため、撮影をしている者が見当たらなかった。
同様に、周囲の監視カメラも「該当の時間帯だけ、なぜかどのカメラも故障した」ように処理が為される。
その上で、今回の戦闘は「新宿タワーで違反者が発生し、該当付近にて新宿タワーのガーディアンによる制裁が発生し、冒険者ギルドはこれに対処した」と告知。
テレビやネットで本件が扱われる事もあったが、政府も冒険者ギルドもこれ以上の情報を出さないせいか、急速に世間の話題から薄れていくのだった。
新宿魔人戦線から数日後。
サイは、一条の家に呼び出された。
今回向かうのは道場ではなく、一条のお屋敷だ。
サイの隣には今回のMVPひよりと澪がいる。
「うー、なんか緊張してきたかも」
「なんでひよりが緊張してるんですか」
「ほら、両親を紹介するって……なんか、ねぇ?」
「な!? 何を言ってるんですか!」
「バカな事言ってないで案内してくれねえかな」
サイはふたりのじゃれあいに呆れつつ、案内を促した。
一条の屋敷は、和風の巨大な邸宅だ。
ベテラン冒険者とはいえ一般庶民のサイは敷居をまたぐのも、少し躊躇してしまうレベルだが、案内するひよりと澪が気兼ねなく歩いているせいで、つられて歩いてしまっている。
案内されたのは応接間と言えばいいのか。
何十畳とある大きな応接間だった。
そこには、三人の男がいた。ひとりはひよりの側付きの吉田であったが、他のふたりは初めて会う人物だった。
「どうぞ、おかけになってください」
三人のうち、中央に立つ男が椅子に座るよう促した。
「初めまして。ひよりの父、一条隼人と申します」
「同じく、祖父の源治じゃ。突然呼び出して申し訳ない」
「はじめまして。新宿タワーで冒険者をやっております、山浪彩人と言います。普段、親しい者からサイと呼ばれております。ひよりさん、澪さんに冒険者のイロハを指導しています」
そんな挨拶から、この会合は始まった。
今回の会合の目的は、お互いの挨拶と先日の戦いの聞き取り調査だ。
会合は概ね、和やかに進んだ。
サイは装備の貸与や上級回復ポーションの提供で感謝された。
「……なるほど。吉田からも戦闘時の経緯は聞いていましたが、ひよりや澪くんが随分と助けられたようですね」
「当然のことをしたまでです。弟子たちが戦おうとしているのだから、できる範囲で補佐したまでのことです」
一条隼人は和やかに司会を務めていた。祖父の源治も笑っていた。
「ほほほ。ひよりも澪も随分と良い先生と出会えたようじゃ」
「へへ~、自慢のせんせだよ!」
先ほどまでと変わらぬ笑顔だが、源治の目は笑っていなかった。
「じゃがよぉ、サイくん。お前さん、なんぞ隠し事してるだろ」
「そ、それは……!」
澪が慌てて立ち上がる。
サイの隠し事といえば特大の爆弾がある。
異世界帰りだという事だ。
このメンバーであれば明らかにしても良いかもしれない。
だが、それを判断するのは澪ではない。サイだ。
「儂ぁ、別段きみが何者でもかまわんがね。この場でその隠し事ぁないんじゃないか? くせぇ匂いがプンプンするぜ」
応接間の空気に大きな圧がかかる。
ひよりが慌てて「待った」をかけた。
「ちょっと爺様! そんな言い方!」
「ああ、ひよりさん。落ち着いて」
隠し事をしていると問い詰められたサイだったが、当人はケロリとしていた。
「でも……」
なお喋ろうとするひよりを手で制し、サイは隼人や源治の方を見た。
「隠しているつもりもありませんでしたが、タイミング的には今お渡しした方が良さそうですね」
そう言ってサイが手持ちの鞄から取り出したのは、一枚の仮面だった。
サイが相手にした禁雅の顔を覆っていた面だ。
それを見た一同は驚愕していた。
「実はひよりさんや澪さん、他退魔師の皆さんが戦ってる時、別の場所にいた妖魔……魔人と交戦した時に手に入れたものです」
禁雅が対魔消滅魔法を受けた直後、自身の枷を外すためなのか、仮面を外していた。
その後、禁雅自身は爆散の上、魂ごと消滅した。
だが直前で外したせいなのか、仮面だけは現世に残っていた。
「なんと禍々しい匂いよ……」
源治は、その匂いに驚く。
サイは、ひよりや澪を遠巻きに見守っている時に、隠れて見ていた禁雅に見つかり交戦。戦闘となったが、傷を負った禁雅は自爆し、その際に消滅したが、この仮面だけ残ったと話した。
対魔消滅魔法の話は隠したが、自身に起きた事を隠さず話した。
サイの話を聞いた一同は、それぞれの反応を示した。
「そんな事があったんだ……」
「さすが先生ですね」
「ゲロくせぇ匂いの元はこれか……」
どうやら源治は禍々しいものを匂いで判断しているらしい。
そういえば幽世のものは《《感じ》》が違うというし、そういう事なのだろうか。
源治曰く「眼前の孫たちと一緒に座る男から嫌な匂いがしていて、気になった」という事だ。
とはいえ中年のおじさんに向けて「ゲロくせぇ」はないんじゃないかな。
そんな事を考えるサイであった。
その後は、和やかな雰囲気に戻り聞き取りも終わった。
禁雅の仮面は、一条家にて封印される事となった。
サイとしても、やる事もやれたし報告もできたし満足だ。
「ふむ。聞くべき事も大体聞き終えたし、後の事は退魔連の方で対処する案件だ。これで本日の会合的には解散なのだけど、ひとつサイくんに確認する事がある」
「確認、ですか?」
先ほどの源治とはまた違う雄々しい空気が漂う。
自身でも気づかず、サイは生唾をゴクリと呑み込んだ。
「……君はうちの娘を誑かしたりしてないよな」
隣でのんびり茶を飲んでいたひよりが、茶を吹き出した。
聞き役に徹していた吉田がずっこける。
澪は隼人の突然のぶっこみに目がテンになっている。
「は?」
指摘を受けたサイは突然の発言に変な声がでた。
「正直、きみが師についてからというもの、ひより《《ちゃん》》と澪くんが君の話ばかりをしている」
喋りながら、どこに隠していたのか日本刀を取り出した。
「ズルいぞ! 返答次第で、ぼかぁ君を斬らないといけない。返答やいか――」
スパーーーーン!
身体強化したひよりが父である隼人の頭をはたき、同じく身体強化した澪は隼人から強引に日本刀を取り上げた。
「おい! 何をする! ぼかぁ娘のためなら、なんでもする! なんでもするんだーーーーーっ!」
慌てて吉田が後ろから隼人を羽交い絞めにして応接間の扉の方へ連れていく。
「隼人、バカな真似はよせ! おい、千歳さん! 隼人がいつもの発作だ!」
どこに控えていたのか、応接間の扉から千歳と名乗る女性が隼人の首根っこをひっつかみ「ホホホ、後は皆さんでごゆっくり~」と言いながら、隼人を連れて行った。
後日、聞いた話であるが、千歳とはひよりの母との事だった。
最後の最後がしまらなかったものの、会合は終わった。
いつもの日常が戻ってきた。
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