第28話 新宿魔人戦線⑤
異世界帰りの冒険者サイ。
対するは今宵現世に混乱を齎した魔人の頭領禁雅。
新宿タワー付近のビルの屋上にて、その戦いは始まった。
サイはブレードを構え、腰を低く落とした。
「ほれ仕掛けるぞ」
禁雅は、サイに向けいくつもの魔力弾を放つ。
だが、矢避けの術式が発動し、全てあらぬ方向へ飛んでいく。
「ほう。矢避けか。現世にもあるのだな」
「これは異世界で手に入れたもんだよ」
「なるほど。お前を殺したあと、武具は残らず回収するとしよう」
「はん、ぬかせ!」
禁雅に向けて斬りつけるも、腕で刃が止まった。
高密度の魔力を帯びた禁雅に、ブレードによる攻撃はあまり効かないようだ。
「ふむ。剣は不合格か」
禁雅は余裕そうに嗤う。
「そう言ってられるのも今のうちだぜ」
サイは何度となく斬りつけようとするが、対する禁雅は腕を動かすだけでかすり傷すら負っていない。
「ククク、本当に『今のうち』か?」
「おう。《《今のうち》》だ」
サイから冷や汗が出る。
ひよりの話では中級の妖魔という話だが、多分こいつは上級レベルだろう。
それほどの力を感じた。
「ほれ、これならどうだ」
禁雅は、腹にある大きな口から犬歯の形をしたナイフを取り出し斬りつけてきた。
サイはそれを見切り躱していく。
「動きが甘くなっているぞ」
突如、眼前にいる禁雅の腹の大口から黒い炎が放たれる。
「がっ!?」
叫びつつ、たまらず後方に避けるサイ。
気づけば服の一部が焦げている。
「なんて火力だ」
「大道芸の類よ。楽しめただろう」
黒い炎は、幽世から召喚された炎だろう。
マグマ以上の熱を感じた。
「俺もそろそろお返ししないと、だな」
「そのような余裕があるかの」
禁雅は手にある犬歯のナイフに魔力を流した。
すると、これまでのナイフ程度のサイズから三尺程度の刀に変化した。
それを両手で持つと、更に斬りつけてくる。
たまらず避けに徹するサイ。
「ほれほれ、避け続けるだけか」
場所がビルの屋上というせいか、あまり大きくよけきれず、切り傷が増えていく。
避ける時にブレードがひっかかり、ガリガリと屋上を削ってしまっている。
サイは焦った顔をしている。
「ちっ……!」
時折、攻撃を仕掛けるが、禁雅は最早避けようともしなかった。
当たってもダメージを受けないからだ。
「慮狗雅の言うとおり、期待外れだな」
「ぬかせ!」
「だが、最初の矢避け以外、面白い芸も見せられぬ。期待外れだろう」
そこでふとサイはニタリと笑った。
「じゃあ面白いもん、見せてやるよ」
「ククク、もはやお前の芸は期待できぬよ」
嗤う禁雅。
「いいや、準備は整ったぜ! 対魔消滅魔法『ホーリーアナイアレーション』!」
サイの叫びに呼応して、禁雅を中心に立体型の魔法陣が生まれた。
「なに! う、動けぬだと!?」
「この魔法は、色々と準備が面倒でな。お前の足元の魔法陣と空間に作った楔。両方用意しないと使えないんだわ」
いつの間にか、屋上にブレードの削り痕は魔法陣となり、その中心にいる禁雅を拘束している。空間に穿たれた楔は、いくつもの魔法陣を展開していた。
大量の光が禁雅を襲う。
たまらず禁雅の表情が苦悶に変わる。
「まさか、先ほどから避け続け、斬り続けたのは……!」
「おう。お前を斬ろうとしたんじゃない。空間に楔を打ってた」
先ほどまでの焦った顔はどこへやら。
サイは余裕の表情を見せていた。
最初から、相手を斬ろうとしていなかったのだ。この冒険者は。
「あの表情も、全てこの為だというのか……!」
禁雅にはサイが苦戦しているように見えていた。
だが、それは全て演技だったのだ。
「その魔法は異世界で《《悪魔どもの魂を消滅させるために》》作られた魔法だ。幽世とやらに帰れず、魂ごと果てな!」
その言葉を聞き、禁雅は自身の身体に起こっている事を正しく理解した。
魂ごと身体中が削られているのだ。少しずつ、聖なる気が蝕むように禁雅の身体を崩壊させていく。
「ふざ……ふざけるなぁあああああ!」
怒声を上げる禁雅。
サイは油断せず、その姿を見守る。
「人間を、冒険者を舐めるからそうなる」
「ガガガ、がぐなる上は……!!」
身体の半分以上が消えた禁雅は、最後の悪あがきを始めた。
禁雅が仮面を外した。醜悪な顔が露わになった。
「ヂネ……諸共ヂネェェェエエ!」
禁雅に先ほどまでの余裕はない。その顔は狂気に満ち、死なば諸共の精神で、身体を肥大化させていく。周囲の魔力を、その身体に大量に取り込んでいるのだ。
「俺が相手にした事あるのは異世界の悪魔だけどさ、ほんとお前らみたいな奴、最後は自爆したがるよな」
屋上で膨張を始める禁雅。
サイは、その屋上から別の屋上へジャンプして離れる。
「ズ、ズゴシ離レダ程度デ……ゲヒゲヒ……」
その姿を見て、自爆寸前の禁雅が嗤う。
自爆のため大気の魔力を吸いすぎて、もはや最初の面影もなく。
まともに喋れなくなっている。醜悪な自爆装置と化している。
その魔力で周囲一帯を灰塵に帰すつもりか。
これほどの魔力であれば、それもできよう。
だが。
禁雅が相手にしている者は、異世界のベテラン冒険者だ。
この程度の危機、何度となく体験している男なのだ。
「ふぅ……」
サイはブレードを鞘にしまい、全魔力を集中する。
更に全身に纏う魔導紋と呼ばれる魔力ブースターを起動する。
大気の魔力――マナを大量に取り込み、一撃必殺の準備を始める。
相手より先に準備を終えなければならない。
サイの周囲を魔力が暴走するように走る。
強く拳を固め、大きく身体を捻じる。
自爆の準備を終えた禁雅が、下卑た嗤いをする。
「ジネエエエエエエ!」
「嫌だね!」
サイは屋上を飛び出し、その勢いを活かしたまま自爆直前の禁雅に対してまっすぐ拳を放った。
放たれた拳により、禁雅は上空へ飛ばされる。
自爆直前の魔神が、大空に舞い上がる。
その場所で自爆しても、地上にもどこにも影響はない。
「ブジャ、ブジャケ……ブブ……!」
そして、文字どおり爆散した。
その終わりを見守り、サイは腰を落とした。
「か~~、しんど……」
中年になった冒険者サイの体力は当然落ちている。
特に今回、普段は使わない魔導紋という魔力ブースターを使ったのだ。
体内魔力もスッカラカンだ。
そうしなければ勝てなかったのだが、しばらくは筋肉痛やら何やらで倒れる事になりそうだ。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
敵の首魁たる禁雅は倒したものの、ひよりと澪が相手にしている魔人たちがいる。
向こうを見る余裕はなかった。
今はどうなっているのか。
サイはスタミナポーションを飲み、ふらつく身体をしゃっきりさせて、ひよりたちの戦場を見た。
ひよりと澪は、天狗――争雅によって倒されていた。
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