第27話 新宿魔人戦線④
魔人を名乗る妖魔たちとの戦いが始まった。
ひとりは狐型の半獣半妖。名を慮狗雅と言う。
その横に立つ赤い大男は争雅と名乗った。
鼻が削がれ鼻腔が見えているが、天狗だ。
対するは現代の退魔師たち。
前に出たのはひよりと澪。他の退魔師たちは後方に立っていた。
「隊長さん、封印準備!」
現代退魔師は封印術や結界術を得意としている。
相手の力を封じ、殺す。これがスタンダードな退魔師の戦い方だった。
そして、この術式の強い点。
それが、今、前線部隊隊長がやろうとしている事だった。
「いくぞ、皆の衆! 『縛鎖十重二十重』!!」
ひとりの封印術では牛鬼程度の相手も縛る事はできない。
だが、多数の退魔師の封印術をひとつに束ねたらどうか?
三十人の退魔師たちによる封印術の鎖が慮狗雅を縛った。
「ぁん?」
何十という鎖が慮狗雅の身体を拘束した。
術にかかった事を確認し、隊長が叫ぶ。
「今のうちに天狗をやれぃ!」
「サンキュ隊長さん!」
ひよりと澪は、同時に争雅へ攻撃を仕掛ける。
ふたりが連携すれば強い敵であろうと、凌駕できる。
だが。
「舐めすぎだったつーの!」
そう叫ぶと、慮狗雅の鎖が全て弾けた。
慮狗雅は、争雅に向けて攻撃を仕掛けようとする澪を蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!」
攻撃の瞬間、かろうじて飛んできた足と自身の間に棍型の魔法杖を挟む事で直撃は免れたが、勢いを殺しきれず、澪は吹き飛ばされた。
「澪ちゃん!」
吹き飛ばされた澪を、つい見てしまうひより。
「よそ見するでない、小娘!」
その隙をつき、争雅はひよりを殴り飛ばした。
ひよりも澪同様に吹き飛ばされる。
「よっわ! ダセェな退魔師!」
一瞬の攻防に、呆然とする退魔師たち。
「カカカ! 多少魔力はあれど、所詮は人の子か!」
高笑いをする争雅。
だが、吹き飛ばされたひよりと澪は、何の気なしに立ち上がった。
「うひぃ、今のヤバかったね。澪ちゃん」
「先生からいただいたアクセサリーがなかったら、危なかったですけどね」
江戸時代以降、現世に来なかった魔人たちにとって、ふたりがケロリとしている事が驚きだった。鎧も着ていないのに、今の攻撃を受けてケロリとしている。
そのような姿、これまで見た事がなかったからだ。
脆弱な人間たちが、なぜ今の攻撃を受けて立ち上がってくる。
「おい、争雅! テメェ手加減したぁ?」
「しておらん。慮狗雅もそうであろう」
「ちっ! 嫌な予感がするよ! 面倒だ! 『偽典・玉藻ノ誘夜』」
周囲の退魔師たちが突然苦痛に呻きだした。
「フフフ、ほら。お前らの主はウチだぜ? 嬉ションかませよぉ!」
慮狗雅は術師だ。
前衛は争雅のような大男に任せ、後ろから術式でサポートするのが本業だ。
慮狗雅が使える最強の術式が、この『偽典・玉藻ノ誘夜』だ。
既に妖鬼の群れとの戦闘で疲弊している退魔師たち。
多少抵抗はあれど、この術式にかかった者たちは慮狗雅の意のままに操れる。
あの日、人間爆弾にした退魔師のようにしてやる。
慮狗雅は退魔師が諸共爆ぜる姿を想像して嗤った。
だが、この精神攻撃を受けつけない退魔師がふたりいる。
サイから借り受けた精神汚染耐性のイヤリングが効果を発揮したのだ。
「はっ!?」
こちらに向かってくるひよりに、慮狗雅は驚きの表情を上げる。
「破魂閃!」
ひよりが退魔師に伝わる浄化系の攻撃スキル『破魂閃』を放った。
「ちぃ! なんでてめぇウチの術式が効いてねーんだよ!」
ひよりの奥義は、後方に飛んだ慮狗雅を浅く斬った程度だった。
だが、それで問題ない。慮狗雅を後方に飛ばす事、それが狙いだ。
彼我の距離がちょうどいいのだ。
「聖式魔力弾……ガトリング!!」
慮狗雅は、眼前に立つひよりという壁のせいで、その後方にいた存在に気づかなかった。後方には澪が立っている。彼女は大量の聖属性魔力弾を用意し、ひよりに当たらないようカーブさせつつ放ったのだ。
「ぎゃああああああああーーーーっ!」
慮狗雅の身体が聖属性の白い炎で爆ぜる。
防御が一手遅れた慮狗雅が、塵と化していく。
「ガハハハ! 慮狗雅、なんと情けない姿よ!」
天狗の争雅は腕を組みながら、慮狗雅が燃え散る姿を見て嗤っていた。
ひよりは呆れるように問う。
「仲間がやられたのに、なんで笑ってるのよ」
「仲間? カーカカカッ! そのような女狐。仲間に非ず! たまさか現世に来る時に一緒になっただけよ!」
「どういう意味ですか?」
この狐の半獣半妖と天狗は、ペアで現世に来たのではないのか。
「なに、現世の結界の綻びを見つけた奴がおっての、そいつに誘われて来たのよ」
「その割にはふたりとも名前に『雅』がついてるようだけど」
「おう、現世に来る時に術の都合でな! 本来の名ではなく、別名をつけられておるのよ! 名前を合わせて、世界を誤認させるだったか! ガハハハ!」
重要な事を言っているような気がする。
詳しく聞きたいが、この天狗が喋ってくれるかどうか。
「魔力も薄く名も変えられたせいで、本来の力の半分も出せんが、なに。お主ら程度であれば、少し気合を入れれば問題なかろう!」
争雅は、魔力を集中し力を解放した。
冗談ではない。
魔力圧が爆発的に増加している。
後方に控えている退魔師たちが腰を抜かしている。
「ゆくぞ、小娘ども」
争雅は古流の空手のような構えをした。
次の瞬間、ひよりが吹き飛ばされた。
「ひより!?」
「カカカ、人の子では見えぬだろう! 鍛えられた拳を味わうが良い!」
争雅の鍛え抜かれた身体、振りぬいた拳を見て、澪はサイの事を思い出していた。
この魔人は、師であるサイと似たタイプの戦士だ。
一方。時間は少し前に戻る。
ひよりと澪を含む現代の退魔師たちが集う戦場より少し離れた場所。
そこにサイはいた。
ビルの屋上に立つサイは、過不足なく現状を把握していた。
「あれが『強い妖魔』ってやつか。なるほど、異世界でいう悪魔種か魔族みたいなものか」
ひよりと澪は狐の獣人のような妖魔と戦っていた。
「援護してやりたいが、あれならなんとかなるだろうな。俺はお前の相手した方がいいだろうし」
サイは、誰もいない虚空に向けて、声を放った。
「ほう。気配は殺しておいたはずなんだがな」
空間がぬるりと蠢き、《《ソレ》》が出てきた。
精悍な肉体をしているが、腹の部分が口になっており、頭部には奇妙な面をつけ異形の角を生やしている。
異形の妖魔が、サイの前に立っていた。
そんな妖魔に対してサイは何気なく語り掛ける。
「俺は《《ただの冒険者》》だから知らないんだが、お前たちみたいなのが妖魔なのか?」
「ククク、『ただの冒険者』か。まあいい。教えてやろう。我らは妖魔の中でも魔人と呼ばれておる」
「魔人か。体内魔力が凄まじそうだし、かなり強いんだろうな」
サイの発言に、目の前の魔人は嬉しそうに嗤う。
「ほう。他人の魔力を読めるか。やはりお前は『ただの冒険者』では無かろう」
「魔力を読むなんて、ある程度ベテランの冒険者なら誰でもできるぜ」
日本ではどうか知らないが、異世界なら当たり前の技術だ。
サイが嘯くと、魔人は嗤った。
「ククク、お前のいた世界は修羅道か」
「あん? 俺がいた世界って、まさか……」
魔人の言葉にサイの顔が色めく。
「お前も『界渡り』を行ったのであろう? 匂いでわかる」
「あ~そうか。これも界渡り……プレインズウォークになるのか」
「ほう。何か違いでもあるのか? 後学のためだ。教えよ」
「いや大した話じゃねえよ。俺は転移トラップを踏んで、異世界からこの世界に飛ばされてきたんだよ」
サイの話を聞き、目の前の魔人は大きく嗤った。
「はははははっ! なんと! ははははっ! 罠で現世に飛ばされたと! そのような事があるのか!」
「チッ。笑うなつーの。俺だってびっくりしたんだから」
悔しさから小さく舌打ちをする。
「良い良い。お前のような者がいるからこそ、現世は面白くなるものよ」
サイは悔しさを出しつつも質問をした。
「で、アンタはどうしてこの世界に?」
「笑わせた礼に教えてやろう。なに、あの神代の塔のおかげか、現世に来やすくなったからな。確認までに来たまでよ。界渡りのせいで、随分力を持っていかれたがな」
神代の塔。
この世界では聞き馴染みのない言葉だ。
魔人が何か知っているなら、聞いておきたい。
「あの塔は新宿タワーっていうんだけどさ、なんで出来たか知ってる?」
「わからぬ。少なくともできた時、幽世の民草どもも驚いておったわ」
幽世の民草……。このような言い方をするという事は、眼前の魔人は『幽世』という異世界で貴族的な立場にいたという事だ。
だが、それはさておき、特に新宿タワーについて情報は持っていないようだ。
「魔人でも、わからないか」
まるで友人と会ったかのような気やすい会話が続く。
「そういえば、お前、名はなんという」
「サイだ。異世界じゃそう呼ばれてた。あんたの名前は?」
「禁雅と呼べ。今宵きた魔人どもの頭領よ」
胸を張って禁雅が答えた。
「名前があって、その魔力量……ってことはアレか。死ぬ事のできないタイプか」
さも当然のようにサイは確認をした。
「ほう。よく知っておるではないか。そうだな。ここで死んでも我の身体は幽世に戻るだけよ」
異世界でいうネームドの悪魔と同じだった。
ならば、サイのできる対応はひとつだ。
「じゃあ、申し訳ないけど退散してもらおうかな」
「ほう。お前が俺の相手をするか。良いぞ」
異世界の悪魔たちもそうだったが、死なないせいか横柄で傲慢だ。
きっとサイと戦って、万が一負けたとしても一旦幽世に退散するだけ、ぐらいにしか考えていない。
つまり相手を……サイを舐めているのだ。
サイはブレードを構えた。
対する禁雅は両手を広げ、余裕の構えだ。
ここに異世界帰りの中年冒険者と魔人たちの頭領の戦いが始まった。
お読みいただき、ありがとうございます。




