第22話
師であるサイから強化について、指導を受けたひよりと澪。
そのサイとは冒険者ギルドで別れ、ふたりは今ギルドに併設されている銭湯で汗を流していた。冒険の終わった後の日課である。
「あ~~~……つっかれた~~~」
身体を洗い終えたひよりは湯船で肩まで湯に浸かり、今日の話を反芻していた。
「ひより、疲れきってますね」
その隣には先に湯船に入っていた澪がいる。
長く湯に入っているのか、澪の顔は赤い。
「そりゃね。五感強化もできてないのに、えっと魔道覚だったけ?」
「ああ、あの話ですね……」
サイ曰く。
五感強化の先、第六感として『魔道覚』というものがあるらしい。
これは魔力の流れや魔力の量を測る感覚らしい。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚に続く第六感、魔道覚。これら全てを鍛え上げると、かなり化けるという話だった。
「あの時もちょっと話したかもだけど、多分魔道覚っていうのはいわゆる霊感の事だと思うんだよ」
「悪霊や妖魔に気づく力ですよね」
「うん。昔から退魔師界隈でも言われていた話だし、知ってる話なんだよ」
「異世界だから言葉は違えど、考えは同じって事ですね」
「同じだけど、違うんだよなぁ」
嘆息するようにひより。
「違うんですか?」
「少なくとも、うちのパパも爺様も五感強化なんてできないし、霊感を鍛えるなんて知らないと思う」
そう。霊感は磨くものであって、鍛えられるものではない。
磨くというのも根性論的に語られるもので、体系的に鍛えられるなんて話を聞いた事がなかった。
「まったく、これまでの常識がジャカジャカ壊れるよ。ボコボコボコ……」
ひよりは口まで湯につかり、ポコポコ空気を出しながら嘆いている。
「常識が壊れるといったら、私としては直感の話でしょうか」
「ああ、あの『直感の作り方』って話ね」
直感とは、強化された全ての感覚と知識・知恵によって生まれる展開を読む力だとサイは言っていた。
一種の未来予知らしい。
「まさかの学校で学んだ知識が役に立つ可能性がある、ですもんね」
直感が展開を読む力であるなら、五感だけでは読み切ることは不可能なのだ。
理化学や数学など経験則で賄えない知識や知恵を、どれだけわかっているかで直感の読みはより詳細になり、強化されるというのだ。
澪は秀才で勉強はできる方だ。だが、冒険者として退魔師として大成するとなったら、たくさん鍛えて強くなるのがベストだと思っていた。なのに、ここにきて学校の勉強もしっかりやった方がいいという発言で随分と驚かされた。
「大学まで勉強した方がいいか~……」
ひよりも勉強ができないわけではないが、学校の勉強は平均程度だ。退魔にまつわる関係だったらかなり知識を蓄えているのだが。それは必要だったからだ。必要性を感じないものは学ばないの精神だったのだ。
だというのに、ここに来て学校の勉強も必要だと言われたのである。
「先生と出会ってから、全部学びですよ」
「それはそうなんだけどね」
ひよりは今まで退魔師という裏街道を歩んできた。
退魔の仕事は一般に公開されていない。
一般人と違う事をしているという自負もあるが、同時に一般人に決してなれないという思いもあった。
だが、今回の五感強化からの魔道覚と直感。
冒険者として強くなるなら、覚えた方がいいとされたその修練方法。
鍛えられるというのなら、いつか一般人も気づくのだ。
この世に魑魅魍魎とも言われる悪しき存在が実在する事……悪霊や妖魔といった類が、新宿タワー以外にも出現するという事を。
気づいた時、人々はどのような波紋を起こすのか。
考えても仕方ないが、取り留めなくあれこれ考えてしまう。
「あーダメダメ。私らしくない。ポコポコ……」
再びひよりは口まで湯につかり、ポコポコ空気を出しながら迷いを吹き飛ばす事にした。
「何がですか?」
「ブクブク……なんでもない」
「ふふ、そうですか。なんにせよ、私たちはもっと強くなれるって事です」
「わぉ。なんか澪ちゃん、すっごくポジティブ……」
「ふんす」
銭湯の湯船という事もあって、澪のやる気は小さく意思表示をした。
「……意思表示の割に小さくない?」
「むむ」
ひよりの隣で、澪は湯舟をザパンと立ち上がる。
「つまり立ってやれという事ですか?」
「前は隠そうよ、澪ちゃん……」
湯船にのぼせたのかおバカになった澪に、そっとツッコミを入れた。
風呂から上がったひよりと澪は、ぽかぽかした気持ちのまま新宿の夜を歩く。
新宿タワーのある辺りは歌舞伎町あたりと違い、元は御苑があった場所でもあるせいか賑わいもほどほどで雰囲気の良い場所だ。
そこから、新宿駅までの道は賑わう世界へ誘われるような印象がある。
そんな道をふたり歩く中、ひよりがふと変な声をあげた。
「むむむ……」
「ひより、どうしたんですか?」
「ちょっとまっちょ……」
「?」
「ぷしゅ~、あぁ……ダメだ。全然もたない」
「もしかして五感強化じゃなくて魔道覚の強化してました?」
「うん。霊感……せんせの言う魔道覚には、ちょっと覚えがあるわけだし」
退魔師の家系に生まれた一条ひよりの霊感は血筋的に強い。
ゆえにその強化ができるとあれば、少しでも多く鍛えたい。
「でも、全然もたないと」
「五感強化にもっと慣れてからチャレンジしないと、魔道覚の強化までもっていけない感じがあるかな」
「先生もそう言ってましたよね。私は五感強化だけでも大変ですけど」
「それは私もだよ」
新宿タワーでは、短い間の五感強化でもひぃひぃ言ってしまった。
そこに更に六感たる魔道覚の強化が入るのだ。大変なのも当然という話だ。
ひよりは、改めて周囲を見渡す。
高層ビル群があり、たくさんの人が行きかい、たくさんの車が走る。
「今歩いてるこの道でも、五感強化して把握すると視覚、聴覚、嗅覚、触覚から得られる情報の解像度がかなり高くなるわけで」
「そうですね」
五感という五つのレイヤーで分かれた情報を脳で処理する。これ自体は、それこそ生まれた時から慣れた処理だろう。
ここに魔道覚という新たなレイヤーが生まれたらどうなるか?
「なんていうのかな、魔道覚を意識すると解像度の上がり方がヤバいんだよ」
「つまり頭がパンクすると」
「そうそう。パンク。そんなイメージ」
「だからこそ、先生も五感強化に慣れてから魔道覚を鍛えるようにって話をしていたわけですし」
「そうなんだけどね~。はやめに鍛えたいかな」
「焦りは禁物ですよ」
話が途切れたタイミングで、ひよりは再度魔道覚を強化しようとした。
しかし、風呂に入ったとはいえ、新宿タワーで肉体を酷使し、慣れない五感強化をした脳は疲弊から悲鳴を上げつつある。
魔道覚の強化は一秒と持たなかった。
この時、ふと《《悪しき気配》》を感じた気がした。
「むむ」
周囲を見渡す。
しかし悪しき存在の姿かたちは見当たらない。
「気のせいか……」
「どうしましたか?」
「んにゃ。なんでもない」
新宿タワーという脅威はあれど、日々は日常を繰り返す。
強い妖魔が復活するとしても、今日明日の話ではないのだ。
ただ、その時が来た時、後悔のないように。
退魔師は強くならねばならない。
新宿駅に到着する頃には、風呂上りのぽかぽか雰囲気もなくなっていた。
今日の夜は、普段より冷え込みそうだ。
そんな事を話しながら、ふたりは帰宅の電車に乗るのだった。
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