第21話
「ひどい目にあった」
「ごめんってば、せんせ」
「……?」
嘆息するサイ。対して、軽口で謝罪するひより。何が問題だったのかよくわかってない澪。三人は新宿タワーの転移装置で八階層までやってきた。
パンと手を大きく一発叩き、空気を変える。
「今回はこの二ヶ月のおさらいに、ひよりは魔法を中心に、澪は近接を中心にして戦ってみろ。俺は後ろから見てるだけだからな」
「はい!」
「うん!」
ひよりと澪は快活に頷く。
ここからは冒険の時間だ。
新宿タワーでの活動は、ひよりと澪にとって二ヶ月ぶりだ。
退魔のお仕事もあるし、実戦が全くの久しぶりというわけでもない。妖魔退治は続けている。そのため、ほどよい緊張の中での実戦となった。
「ゴブリン三、ウルフ一」
「ウルフまかせて!」
ひよりは即座に無属性の魔力弾をぱっと発生させて、飛び出してくるハウンドウルフを撃破する。澪は三体のゴブリンに対して防御を選択。戦う場所は通路であるため、正面だけ注意しておけば問題ない。
ゴブリンの一体が飛びかかってくると同時に、足元からもう一体ゴブリンが飛び込んでくる。
澪は頑丈な魔法杖を縦にまっすぐ持って、その攻撃をいなす。
相手の同時攻撃を予測して、しっかりと防御姿勢を取れた事、またしっかりと攻撃をいなせたのも上手い。
結果として、飛び込んできたゴブリンが一体、澪の横側へ倒れこむ。足元のゴブリンは衝突の衝撃で顔をしかめている。
後方には、今の動きの間なにもできていないゴブリンが一体。
すかさず、澪は身体強化したまま、まず横側にいたゴブリンを杖の先で刺殺。
「奥、任せます!」
「あいよ!」
そう喋っている前から、ひよりは魔力弾を用意していたのか、すぐさま奥にいたゴブリンに向けて魔力弾を発射して倒す。
澪は足元にいたゴブリンに向けて魔法杖をフルスイング。
こちらも倒す事に成功した。
ふたりは三体のゴブリンが魔石に変わる姿を見て、呼吸を整える。
「周囲反応なし」
「ふぅ」
更に周囲を警戒して新手が出てこないことを確認して、ふたりは安堵した。
「うん。文句なしにいい動きだった」
「ありがとうございます」
「いえ~い、褒められた♪」
新宿タワーに限らずダンジョンというものの歩き方は、かなりの経験が必要だ。
大量の理屈と五感、そして直感が必要になる。
今日の指導で、サイはそのノウハウの一端を開陳しようと考えていた。
新宿タワー八階層を歩きながら、説明をしていく。
「そろそろあの場所に到着する」
「ごくりんこ」
あの場所とは、澪が落とし穴に落ち、ひよりと分断された場所だ。
ひよりと澪のどちらもくやしい思いをした場所だ。
幸い、周囲にはモンスターの影は見当たらない。
その場所に到着すると目の前のは、見覚えのある大きな落とし穴があった。ここからだと見えないが、突き当たりのT字路には隠し扉があり、ゴブリンたちがひしめいている。
落とし穴を背にしたところで、ゴブリンたちが突撃してくる。
そして慌てたところを攻撃、傷ついた冒険者を喰らおうという策略なのだ。
「今、ここから十歩ほど歩いたところに落とし穴があるわけだけど、よく見るとT字路のところに隠し扉があるのわかるか?」
「……うーん、そりゃ今ならわかるけど……」
「正直言われないとわかりません」
よく見ると壁に切れ込みのようなものがある。
ギリギリわかるか? という感触だ。
「ふたりとも身体強化してるよな」
「はい。ずっとしておくようにって言われたのでやってます」
おかげで少しずつ魔力を消費している感触がある。
「ふたりはずっと身体強化をしている中だけど、まだ五感まで強化がいきわたってない状態だ。五感まで強化されてると、今の状況に気づけるはずだ」
そう言って、ふとサイは口元に一本ひとさし指を立てる。
静かにしろというジェスチャーだ。
「冒険者だな。数は五人。三人は音がごつい。多分戦士系。残り2人は軽いから魔法使い、ヒーラーのいずれかだな。斥候はなし」
言われるまま、ふたりは静かにしてしばらくすると足音が聞こえてきた。
足音がいくつも聞こえる。そうして顔を出したのは、冒険者のパーティーだった。
パーティー構成は男性三名。女性二名。サイの言う構成のパーティーだ。
「お疲れ様でーす。通りますね」
「どうぞ。落とし穴の向こう、隠し扉にゴブリンの群れがいます。あと、もうひとつ。T字路の左側奥にホブゴブリンが一体。先に行かれるならお任せします」
「げ、ホブもいるのか。共有ありがとうございまーす」
「俺たちは離れておきますね」
「はーい」
そんなやりとりのあと冒険者パーティーが通り過ぎ、奥の道へ向かっていった。
サイたちは来た道を戻り、少し離れたところに到着した後で先程の冒険者たちとゴブリンたちの戦闘音が聞こえてきた。
その戦闘音をバックに聞きながら、ひよりは問い詰める。
「ちょっとせんせっ! どうやってわかったの!? 冒険者パーティーも、ホブのことも!」
「今回は五感だけだ」
「はぁ!? なんか直感的なスキルじゃないの!」
ひよりは退魔師として直感に強い方だが、それでもサイほどは読めない。
澪は言わずもがなだ。
「だから、今回はそのトレーニングだ。魔力の制御もだが、この訓練は冒険者を続ける限りずっとやる事になるからな」
「身につくなら、ぜひ教えてください」
「まかせとけ。ぶっちゃけ得意分野だしな」
それは異世界で斥候を多くこなした冒険者の顔だった。
「魔法による身体強化の先。五感強化ってやつだ」
ダンジョンを探索する時。気をつける事はたくさんある。
ひとつはモンスター。どこにいるか、数はどれぐらいか、どのモンスターがでてくるか。少しでも多くの情報を知っておきたいし、その情報をどれだけ事前に把握できるかが生死を分ける。
ひとつはトラップ。ダンジョン内のどこにどのような罠があるのか。致命的か否か。そもそも、ダンジョン自体が大きなトラップの可能性もある。わかりやすい部分なら酸素量はどうなっているか。昨日は問題なくても、今日は問題がある可能性がある。五分前に作られたトラップだってありえるのだ。
ひとつは人間。ダンジョンにいるのは冒険者だけのはずだが、誰がどこにいるのかは重要な情報だ。異世界であるなら、盗賊や暗殺者が狙っている可能性がありえる。普段は冒険者ときどき強盗なんてこともある。あるいはモンスターに何がしかの理由で捕まった一般人だって存在する。新宿タワーにだって、自身を面白く思わない誰かが事故に見せかけて……という可能性がありえる。そうでなくても、頭上から落とし穴で人が落ちてくる事がありえるだろう。
「ざっくりだが、ダンジョンで注意するのはこの辺りだな。他にも大気の魔力が少ない場所なら、魔法も使えなくなるとか、本当にさまざまな確認が必要になる」
サイが語ることについて、ひよりや澪でも言いたい事はわかる。
確かに気をつけないといけない。
だが、そんなに気にして動けるのか。
「動けないなら、そうだな……君たちの冒険は十三階層ぐらいまでで留めておけ、だ。十四階層あたりから、罠とモンスターの配置がやらしくなってくる」
「……そういえば、以前他の冒険者の方で、先生と同じような事を言っている人がいたような」
「ああ、あれだよね。なんかモンスターが罠を使ってくるとかなんとか」
「十三階層だとオークメイジがそういう事をやってくる。毒ガスの罠をあえて踏んで、風の魔法を使って冒険者に毒ガスを流してくるパターンだ。十三階層ならすぐに死ぬタイプの毒ではないようだがな。この手の話は結構あるんだ。
例えば通路を進むと矢が放たれる罠があったとして、これは本来踏んだものを射るためにある罠だけど、その場所をしっかり把握しておけば、即席の追加武装になるんだよ。相手だって考えてるんだ。敢えて踏んで攻撃に使う可能性があるわけだ」
「なるほど……」
「逆に言えば、俺たちもトラップを使える可能性があるわけだ」
サイは、パンパンと壁を触れる。
「ここには罠がないからなんだけど、ここに小さな穴が空いてたら、何がしかが、そこから発射される可能性があるわけだ」
「そっか、それがわかっているなら、それは逆に自分の武器たりえるのか」
「もちろん、何が発射されるか次第だけどな。中には毒ガスとか火炎放射とかで、自分も敵も……なんてパターンもありえるからな」
トラップの種類というのは本当に多彩だ。
そもそも侵入者防止用のものから、そのダンジョンとなった場所に暮らしていた誰かが、生活用に作ったものだってありえる。落とし穴ではなく、大きなゴミ箱だったなんて事だってありえるのだ。過去にあった例だと、壁から出る火炎放射は「食事の際に肉をあぶるためのもの」で、その近くにあった穴はゴミを入れる穴だった、なんてパターンもある。
「言いたい事はわかりましたが、それって五感と関係あるのですか? 五感強化と言っていたのに関係なさそうな……」
「当然だ。例えば視覚は、そもそもそういう罠の設置場所を見つけたり、隠し扉なんかを発見できるようになるだろ。触覚は、手もそうだけど一番は足だな。床にある押し込み系の罠を踏む前に気づけるようになる。靴を履いてても踏む前、触れた瞬間に気づけるようになる。踏み込み式の罠ってのは、大体百グラム以下の荷重なら反応しないから。足運び次第だけど、そういうのも読めるようになる。あと一番は風が読めるようになる。肌で空気の流れを感じられるわけだ。こういう室内のダンジョンなら小さな風の動きでいろんなものが読めるようになる。聴覚で得た情報と、風の流れから周囲の動きが読めるようになる」
「ちょ……ちょっとまってください、先生」
そこまで話した時点で、ひよりも澪も渋い顔をしてストップをかける。
一息で喋っている内容の難度について考えているのだ。
女子高生ふたりからしたら簡単に言ってくれるな、と思ってしまう。
「……せんせ、普段そんなことやってるの?」
「もちろん。ああ、味覚は探索だけなら難易度が高くなる。嗅覚でほぼ賄えるからな。嗅覚は特に毒系で重要だが、微細な匂いがわかると触覚も含めて、人に擬態したモンスターなんかもわかるようになるな。っと、味覚の話だった。不思議なもので五感強化した場合だと、口をあけて匂いをかぐと味を感じるんだよ。いや本当に変な話なんだけど……」
サイの語りは終わらない。
女子高生ふたりはドン引きだ。
「……わかっているつもりでしたが、本当にお話のようにはいかないのですね」
「だねぇ……」
師と仰ぐ人に教わればさくっと強くなれる……とまでは思っていないが、本当に学び鍛え上げなければいけない事が多いようだ。
ただ戦闘に強くなればいいというわけではない、ということか。
その後、九階層にいくまで身体強化しつつ、五感を強化する事に努めたひよりと澪であったが一時間もしないうちにヘバッてしまった。
サイ曰く。
ひよりと澪の魔力制御が甘いせいで、無駄に魔力を消費しているらしい。
強くなれている。強くなれてはいるのだが……。
女子高生ふたりの冒険者道は、まだまだ道半ばだ。
お読みいただき、ありがとうございます。




