第20話
サイがひよりと澪に修行をつけるようになってから、二ヶ月ほど時が経った。
季節はもう十二月となり、サイは久しぶりに日本の冬を実感しているところだ。
ここ最近のサイと言えば、週に何度かひよりと澪の修行に付き合っている。
模擬戦、魔法の使い方、戦闘の仕方など。基本的なことが中心だが、戦い続ける彼女たちにとって何より重要な部分だ。
一足飛びに強くなれる方法なんて、どこにもない。
ひよりと澪は、この二ヶ月新宿タワーにいかず修行を続けていた。
学校にいる間もひとりでいる時もサイの話した修練をこなしているらしく、ふたりとも魔力の制御がだいぶ形になっていた。
「まだヘクサシールド作れないけど、ほらこれ」
見せてきたのはひよりは喋りながら聖属性の魔力弾を発生させていた。
特に意識した様子もなく、無造作に魔力弾を発生させ、中空に留まらせている。
「もうできるようになったのか」
「へへ~ん。すごいっしょ」
ひよりがニンマリと微笑んだ。
一条ひよりは天才なのだ。
「私はこれですね」
そういって澪は無属性の魔力弾を右手から左手に持ち替えた。
たったそれだけの話だが、外に出した魔力弾を操作するためのはじめの一歩だ。
「まだ軌道自体を大きく曲げたり、あれこれ操作はできませんが……」
「なに二ヶ月でそこまでできるようになったなら大したもんだ」
今ふたりがやっている事を、サイが学んだ時、もっと時間がかかったものだ。
それだけふたりの努力と才能が浮き彫りになったとも言える。
「頑張った甲斐がありました」
澪が微笑んだ。
「ふたりともやる気があってよろしい。それじゃ今日は新宿タワーに行こうか」
新宿タワーに向かい、更衣室で着替え三人は集合した。
「おい、サイさんが来てるぞ」
「あの子ら、ひよりと澪じゃねえか? 女子高生の」
「あのオヤジ。あのふたりと一緒に行くんじゃねえだろうな」
「そんなわけねえだろ。サイさんはソロだぜ?」
チラホラと周囲にいる冒険者から、そんな言葉が聞こえてきた。
「せんせ、なんか変な声が聞こえるんだけど……」
ひよりがサイに向けて、コソコソと声をかけてきた。
「あ~、それはな……」
サイはサイで、なんだか恥ずかしそうにしてる。
「あれじゃないですか。ほら十五階層のフロアボスをソロで倒したから……」
澪がコソコソ噂される理由を考えようとしている。
「サイさん。さすがにそれは事案じゃないっすか?」
そんな三人に声をかけてきたのは奇しくも三人組だった。
ソウマ、ガクト、テッタだ。
「こないだの配信、カッコよかったです!」
「先週ぶりです」
彼らはサイが冒険者免許取得の講習で一緒になった三人であり、サイが命を救った三人でもある。
この二ヶ月。
サイはサイで新宿タワーを攻略していた。ソロで。
本来、ソロでダンジョンに挑むのは危険な行為である。日本においても異世界においても「危ないから本当に止めて」と勧告が出ているのに、サイはソロで冒険を続けていた。しかも、ソロで歴代一位とも言われる速度で階層を登っていった。
新宿タワーにいる時。それは配信される時でもある。
サイの配信は見取り稽古のつもりで、ひよりや澪もチェックしている。
そして当然だが、ひよりや澪以外にもチェックしている人はいるのだ。
今やサイの配信の再生数は平均百万まで増えていた。
サイが注目され始めたのは十階層のフロアボス三匹の剛腕ゴリラを一対三という状況で対処しきった時だろう。
一対三。しかも相手が格上の時の対処という講釈を入れながら倒してみせたのだ。
ちなみにその時の配信のタイトルは「サイの剛腕ゴリラ退治 ~当たらなければ問題ない~」というものだった。タイトルは、まだダサい。
タイトルはさておき、ちょうど十階層あたりで燻っていた中級入りたて冒険者たちが、サイの動画のおかげで倒せるようになったと騒ぎになった。しかし、この時はまだ本当に一部の視聴者が「実はすごいんじゃないか」と言っている程度だった。
しかし、先々週。十五階層のフロアボス、あの凶悪なメイジキマイラすら単騎で倒してみせた。
メイジキマイラとは獅子をベースに、ワイバーン、ヤギ型の悪魔種が混ざり、猛毒蛇の尾を持つ強烈なモンスターだ。
最大四つの魔法が同時に展開され、その前足は一撫でで冒険者に致命傷を負わし、ワイバーンの鱗は下手な剣ではどれだけ全力で叩いても斬れない。
そう謳われるほどであり、六人パーティーが全力を出してようやく倒せる、と言われるフロアボスだ。
それを単騎で倒してみせたのだ。
二十五階層まで行ったトップランカーでも、この偉業を為せる冒険者がいったい何人いるのか。
しかもこのおじさん冒険者は、まだDランクだという。
本来、十五階層を越えたらCランクになれるが、魔石の納品量が規定に達してないせいでDのままなのだ。
まだDランクという立ち位置もあってか、冒険者たちからは通称をサイ、本名の山浪という名に加え、おじさんやおっさんとも呼ばれている。
尊敬と一緒にいじられ(愛され?)もする冒険者となっていた。
「……とまあ、メイジキマイラの時はさすがに戦いながらの説明はなかったけど、さすがにこれはすごいぞって話になったわけ」
「へぇ、そうだったんだ」
お調子もののテッタが、サイがどれほどのことを為したかを説明した。
澪は、現状を知っていたように頷き、ひよりの反応に驚く。
「ひより、知らなかったんですか?」
「や~、せんせの配信は見てるけど、せんせの配信ってコメントはオフだし、そんな話題になってるなんて知らなかった……」
政府が用意した冒険者のための配信サイト『Tower Tube』は、元々エンタメのための配信ではなく不正防止、生存確認のための配信であり、コメントは基本申請しないとできないようになっている。
ひよりや澪は同級生や後輩たちから求められてコメントできるようにしており、ソウマたちも大学のサークルメンバーたちと一緒に申請を済ませている。
サイはまあ見るやつは見てるだろうし、質問あるならDMで来るだろうのスタンスでコメント有の申請はしていなかった。
「で、おじさん。この子たちって、たしか女子高生冒険者のひよりちゃんと澪ちゃんだよな? どういう関係?」
女子高生ふたり組冒険者。一条ひよりと九里澪。
まだ未成人ながら冒険者をやり、高校生ながら八階層まで到達したという美少女ふたり組。一部界隈にとっては、ある種のアイドル化。神聖化されているふたりである。
「まさか山浪さん……」
ハッと驚くようにするガクト。はは~ん、さては事案だな。
そう言いたそうな顔をしている。
「……へへ~ん。私、せんせの教え子で~す」
あざとくサイに腕を絡めるひより。
「私たち、の先生です」
澪はピトっとサイの袖をつまむ。
「おいおい、先生って! 個人指導やってるのかよ、サイさん!」
食いつくようにソウマが聞いてくる。
「ああ。頼まれたから」
サイはケロリと答える。
「え、俺も個人指導お願いしたい!」
「俺たちまだ四階層で燻ってて……」
ソウマたちは、以前暴れ大牛に大ケガを負わされ痛い目にあっている。
サイの用意した中級回復ポーションのおかげで大事に至らなかったが、あれ以来、ひとつひとつの行動が慎重になった。順調に力をつけているが、燻っている感も否めない。
現状ここが限界であり、なかなか次の階層まで足が伸ばせなかった。
モンスターへの対応、トラップへの対応、継続的に進むための力が足りていない。
高校生で八階層まで行けるひよりと澪が特殊なのだ。
本来はそんな事ありえない。
多くの若者が五階層まででつまづき、その生涯で十階層まで行ければ充分……という状況だ。
年々、冒険者の力は増しているが、それでも尚最上階まで行けたものはおらず、新宿タワーは未だ誰一人として完全攻略者を生んでいない。
「いいぞ。基礎的な部分だけだが」
「先生、いいんですか?」
澪が少し驚きながら聞いてくる。
サイの力は、異世界で鍛えられたものだ。
ヘクサシールドもそうだが、教えられない技術も多いという話だ。
騒ぎを厭うサイにとってよろしくない可能性がある。
「魔力の鍛え方と戦い方を教えるだけだ」
「ああ、なるほど……」
確かにこの二ヶ月澪が一番努力したトレーニングは、異世界の秘密に抵触していない。ヘクサシールドも出せるように頑張っているが、まだ出力と制御が甘く、上手く作る事ができない。
澪の話はさておき、このヘクサシールドという魔法を教えないのなら、それほど騒ぎになる事もないだろう。
澪はほっとした顔をする。
「お兄さんたち、せんせにムチャクチャされるんだ……」
ひよりが、ぼそっと話す。
耳ざとく、その言葉を聞いたテッタがサイに問い詰める。
「おじさん、この子たちになにしたの……?」
年上の大学生の男子が怪訝そうな顔をした事が楽しかったのか、こりゃ面白いとひよりは更に言葉を重ねる。
「よよよ……はじめてはビックリだったよ……」
「ああ。最初はちょっと変な感じでしたね。でも、途中から楽しくなってきました。うまくできると、ちょっと気持ちいいですし」
魔力制御のトレーニングについての感想だと気づき、真面目な澪は素直に答える。
澪のそんな発言に、ひよりはブフーっと笑っている。
なぜ笑われているのか、澪は首をかしげる。
「おい、サイさん……まさか、あんた……!」
弟子であることをいいことに、いたいけな女子高生に何をしでかしたのか。
ソウマは言外にそう言っている。
そしてガクトは気づく。
「山浪さんは俺達にも……?」
その毒牙(?)が男子大学生にまで。
ソウマたち三人は顔も良く、けっこうモテる。
いろんな人にモテてしまう。
ゆえに気づいてしまう。
両刀の可能性……!
「想像してる事と違うからな!?」
新宿タワーの冒険者ギルド。まさかの冤罪にサイの叫びがこだました。
お読みいただき、ありがとうございます。




