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異世界帰りの中年冒険者、日本に戻ってもやる事が変わらない  作者: くまき


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幕間 その頃、異世界。交易都市にて

 トゥアール王国。

 交易都市ヘクサリア。ここは千年前、ハイエルフの賢者ヘクサリアが選定したという歴史を持つ交易都市だ。

 そんな都市の一角。人嫌いのハイエルフの女性が暮らしている。

 人嫌いとはヒューマン嫌いというわけではなく、単純に他人が嫌いなのだ。

 エルフもドワーフも獣人もヒューマンも関係ない。仕事の都合もあり、嫌いという感情を表で見せることはないが、内心では鬱陶しく感じている。


 彼女が他人を嫌う理由は当然ある。

 彼女は天然の魅了持ちなのだ。最近はとある道具を用いて、この魅了を抑える術を手に入れたが、これがないと町では住めないレベルだ。例えば彼女が「死ね」と言えば、言われた相手は喜んで死ぬ。なんでも言うことを聞いて、彼女のためならばとなんでもしようとする。

 それほどに凶悪な異能なのだ。

 ハイエルフながら、サキュバス以上の魅了の異能を持っている。

 生まれても間もない頃から、この魅了が原因でさんざ苦労をした。

 人との関わる事自体がトラブルという人生を長く続けていたのだ。

 他人を厭う理由も当然だった。


 だが、この異能だけが問題だったかといえばそうではない。

 彼女が笑顔でいるとそれだけで人を惹きつけすぎる。

 天然の魅了も問題だが、一番の問題はその容姿かもしれない。

 単純に容姿が良すぎるのだ。ウェーブのかかったプラチナブロンドの長い髪。シンプルな白いシャツに黒いパンツルックだというのに、そのグラマラスなプロポーションのせいで、地味な意匠すら彼女の美しき体躯を魅せるための衣装になってしまっている。

 顔もそうだ。本来は野暮ったいはずの黒縁メガネが、その美貌を際立たせるためのアクセサリーになってしまっている。


 彼女の名前はヘクサリア。

 本当に一部の親しい者にのみ許された通称は「サリア」。苗字はやんごとなき理由で捨てているが、この交易都市へクサリアの名前の元となったハイエルフの賢者の血縁者であり、二代目ヘクサリアだ。


 そんな人嫌いのハイエルフがアンニュイな顔をしていた。

 とある人物が顔を出さないからだ。長い時を生きたわりに気のおけない人が片手におさまるハイエルフが、気を許した人物。

 そんな男が、随分と長い間、顔を見せないのが不服なのだ。


「あのバカは、どこをほっつき歩いてるんだ」

 特別な用事でもない限り、隣にいるはずの彼が、ここ数ヶ月ほど顔を出さない。

 どこをほっつき歩いているというのだ。肩がこっているからマッサージさせてやろうというのに、この私に顔も見せないとは。

 不敬と言っても過言ではないはずだ。

 文句のひとつも言ってやらねば気がすまない。

 そんな思いで、彼の職場とも言える冒険者ギルドに顔を出した。


 冒険者ギルドの日中は、いつも喧騒に包まれている。

 ヘクサリアがギルドの扉を叩くと「うぉ、ヘクサリア様だ!」という感じでどよめきが生まれる。中には物知らぬ若い冒険者が彼女に見惚れて「誰っすか、あのマブいの」と言い、別の冒険者が「バカ! 下手なクチきくな!」なんて会話も聞こえる。

 この都市において、領主以上の権威のある重鎮。ただし人嫌い。

 その美貌に見惚れても、決して声をかけてはならない。

 今日と同じ明日を求めるのなら。

 それがこの交易都市で囁かれる暗黙の規則ルールだ。


 普段、決して冒険者ギルドのようなやかましい場所に顔を出さない女性が、なぜ……。

 そう囁く冒険者たちだが、一番の不幸は彼女の相手をするギルドの受付嬢だろう。スタスタとこちら――受付に向けて歩くヘクサリアの姿を見て「ひぇぇ!」と小さくなっている。

 そうして言うのだ。

「受付。うちのバカ……じゃない。サイト=ヤマナミはどこをほっつき歩いてる」



 サイが行方不明になっていたらしい。

 西の森で新しく見つかった遺跡でヘマをうち、転移トラップでどこかへ行ってしまったという。冒険者ギルドの受付嬢がヒィヒィ言いながら、報告したのはそういう内容だった。


 サイは冒険者ギルドで教官もやっているため、ちょっとした騒ぎになったらしい。

 しかし、居場所はようとして知れず。

 本来ならヘクサリアのところへ報告があってもいいはずなのだが、最初のうちは飄々《ひょうひょう》と帰ってくるだろうと思われたのだ。サイであれば、例え転移トラップを踏んでどこかへ飛ばされようが、トゥアール王国のある大陸であれば一ヶ月もあれば帰還できるし、この大陸近海でも同じであろう。


 決して強いわけではないが、しぶとく生き残る力を持つ、冒険者として一番必要なスキルを体現している大ベテラン。

 どんなに遠くとも二ヶ月か三ヶ月もあれば帰ってこれなくても、律儀に連絡のひとつも寄こす。それがサイという男だ。


 だがいつまで経っても連絡がなく冒険者ギルドでも困っていたそうだ。

 けれど魔導通信で連絡はないし、いよいよ死んだか? ……これまでにさんざ死にそうなハメにあっても生還してきたあの男が死ぬ? ヘクサリア様に報告した方がいいか? どうしよう、とグズグズ考えていたらしい。


 冒険者ギルドでは死亡扱いを検討しているらしいが、話を聞いたヘクサリアはその権限で行方不明のままにしておいた。

 あのバカ……サイが死ぬのは、ちょっと考えられない。


 転移トラップによりランダムでどこか適当な場所に飛ばされるといっても、転移する場所は総じて決まりや法則がある。冒険者にとっては転移トラップであっても、もともとの利用者にとっては目的があるのだ。例えば、ゴミを処分するために転移先を海上に設定していた遺跡だってあるのだ。

 不法侵入者を惑わすためだけに転移があるわけではない。


 どちらにしても都市の中でサイの行方が探せるわけでもない。調査のため、ヘクサリアは久しぶりの旅装に着替え西の森の遺跡に向かった。サイが消えてから遺跡は不可侵と御触れが出たそうだが、そこいらの貴族より権威のあるヘクサリアにとっては些事さじだった。ヘクサリアが「入るぞ」と言えば、周囲の民は「どーぞどーぞ」である。


 ハイエルフで権威を持つからということもあるが、ヘクサリアはエンジニアだ。

 これまで彼女がもたらしたものが人の世でどれだけ役に立ったか。

 ヘクサリアの書いた研究論文や発明品が、どれほどの人たちに影響を与えたか。

 二代目ヘクサリアは初代ヘクサリア同様、賢者と呼ばれるほどの叡智を兼ね備えているのだ。


 そんな彼女が西の森の遺跡に辿り着いた。

 そしてサイが消えたという転移トラップのある場所まで向かった。

 話に聞いたとおり、そこにはサイを吸い込んだという大きな黒い点が、今も存在している。


「なるほど……。あやつめ、随分と面倒なことになっているな」

 黒点を確認しながら、ひとりごちた言葉は誰にも届くことなく消えていく。

 

 異世界における最高頭脳のひとつがサイの転移先について調べ始めたのは、この後すぐのことだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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