幕間 ひよりと澪 月の光さす夜の帰り道
サイに魔法を教わることになった。
一条ひよりと九里澪のふたりは、山浪彩人――サイに弟子入り後、講習期間や報酬などの取り決めをしつつ解散し、今は帰宅の途であった。
「いやー、それにしてもおじさん……せんせってば、軍人じゃなくて異世界帰りだったか~」
「そうですね。正直、本当に異世界帰りとは思いませんでした」
サイの甥っ子である浅井健二から話を聞いた時、ひよりと澪はふたりして地球の裏にある幽世の事だと思っていた。だというのに、まさか本当に別の世界。異世界だったとは。
「ワンチャン、海外の事を異世界と言い張って、軍人あがりのおじさんが再就職先として冒険者になったパターンも予想したんだけどね」
ひより自身、サイが戦う姿を見たのは配信のアーカイブのみだ。
映し出されているサイの姿は、これまでの戦闘経験に裏打ちされたベテランのそれだった。
正直に言って、あの年齢であそこまで動ける人をひよりも澪も見た事がない。
もちろん四十代五十代の冒険者、あるいは格闘家というのは存在する。
だが、技術的に卓越する分、体力が落ちてしまっている。
結果、冒険者としては長い時間戦い続ける事は厳しい。
長い時間、緊張感のある状況にいられる程、人は強くなれないはずなのだ。
どれほどの技術と経験を積めば、あそこまで強くなれるのか。
「澪ちゃん、ほんとにグッジョブだったかも」
「グッジョブ?」
「うん。だって、師匠ってば多分冒険者としては新宿タワーのトップ層……じゃないな、多分世界的なトップ層ぐらいに強いよね?」
「話を聞いている感じ、異世界ではモンスターが当たり前に出てくる環境で、そういう場所で鍛えられてるわけですしね」
「うん。だから私たち、今まで以上に強くなれると思うんだよ」
一条ひよりは天才であり才能の塊だ。
だがひよりの不幸は、この才能を磨く人に出会えなかったことだ。祖父や父は退魔師としての技を教えてくれるが、単純な戦闘経験ならば既にそのふたりを凌駕している。これ以上強くなろうにも実戦で学び鍛えるしかなかった。
ここに山浪彩人という師がつけばどうなるだろうか。
才能という大きな原石が綺麗に磨かれるはずなのだ。
きっと、これまで以上に美しく煌めくだろう。
そう考えると澪が山浪彩人――サイを師と仰ぐ提案は僥倖とも言える。
澪が言わなかったら、ひよりは見逃していただろうから。
「私もひよりも強くなれますよ」
そう言って澪は微笑んだ。
「年々妖魔は力をつけているし、もっと強くならないとマズいんだよねぇ……」
世間には公表されていないが、世界的な問題だった。
海外では悪魔と呼ばれる類のものが襲来しているという報告もある。現状はまだ強い個体は封印状態にあるらしいが、このままいけば復活する可能性も十分ある。
強くならないと、文字どおり世界が終わる。
「……もしもの時は先生にも相談しましょう」
「う~ん……師匠の手助けは、まだ考えたくないかなぁ。澪ちゃんに声かけたのも結構モメちゃったし……」
退魔の仕事を澪に紹介したことが一部の退魔師の反感を買った。
やれ「伝統的によろしくない」「世間にバレたらどうする」という話らしいが、伝統とやらで妖魔退治ができるならやってもらいたい。世間バレは注意しなければならないが、戦力強化を求められてる現状ではないか。現状、どこもヒィヒィ言ってるではないか。
祝詞で祓えると言う人もいるが、祓えない個体が増えているではないか。
祖先の栄光という看板だけで威張る輩が未だに存在しているのも驚きだが、その看板は妖魔の前では効かない。
強くならないといけないのだ。
サイと話していた時「大気に魔力があるんなら、悪霊も湧くな」という言葉から推測するに、多分異世界で悪霊退治、ひよりたちが妖魔と呼ぶ類の種とも戦っていると思われる。
「異世界の悪霊……ファンタジーのお話ならリッチとかスペクターとか、そういうのでしょうか」
一般的な女子高生らしく澪も嗜み程度に漫画や映画は見ている。
その中にファンタジーな世界観のものもあり、そこから得た知識だ。
「そうそう異世界の話もっと聞きたいかも。師匠が異世界でどんなことしてたのか、みたいな」
「それはそうですね。ちょっと聞いてみたいかもです」
「いつか師匠に聞いてみよう!」
山浪彩人――サイが異世界でどのように生きたのか。
あの感じで勇者という事はないだろうし、物語のようなことはないだろうけど、現実に異世界に行った人が一体どのように生きたのか。
それは気になった。
そんなたわいもない会話しながら、帰り道を歩き続けた。
「ところでひより。師匠か先生か、名称は統一しませんか?」
先ほどからひよりはサイの事を師匠と呼んでいた事が気になった。
「……そういえばさっきから私せんせのこと『師匠』って言ってたかも……」
武術系だから師匠の方が恰好はつきそうだよね。
でも、あの感じは先生というイメージかもです。
じゃあ、せんせでいこう。
なんて話をしながら、ふたりは夜の帰り道を歩く。
夜の道路は暗かったが、月の光がふたりの道を指し示していた。
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