幕間 一条ひよりと九里澪
九里澪は魔法使いである。
十四歳の頃『覚醒』し、魔法が使えるようになった。
両親や先生は覚醒を喜んでくれた。
冒険者は危険な仕事だが稼げる職業である。
冒険者にならなくとも、魔法が使えるというだけで最先端の科学分野でも活躍の場があるため、将来的にも様々な職業につける。
冒険者をやって魔力を高めれば、高齢になっても引く手あまたの才能。
それが魔法使いだ。
みんな喜んでくれたし、真面目な性格をしていた少女は「これが私の天職なのだ」と思い、魔法の練習や冒険の仕方を学ぶようにした。
その頑張りを誰もが応援してくれた。うらやましさからやっかむ人もいたが、それだって「ならば、私はその人の分まで頑張ろう」と前向きに努力を続けてきた。
努力の成果で高校へ進学する頃には初級魔法と呼ばれるものはほとんど使えるようになっていた。
高校のクラスメイトも、澪の才能を持て囃した。
そんな中、ひとりだけ冷や水をぶっかけてきたのがクラスメイトの一条ひよりだ。
ある日の昼休み。
今日も教室は騒がしい。
その日、澪たちのグループは澪が魔法使いとしてレベルアップしている事をワイワイ話していた。この年で初級魔法を網羅している子は少ない。稀有と言っていい。
もちろん、二十歳になり新宿タワーで研鑽を積めば、誰でも魔法使いへの道が開かれる。
しかし成人前に初級魔法を網羅した澪は、ここに大きな下駄をはいた事になる。
二十歳になる頃には中級魔法、あるいは上級魔法のひとつも使えるようになるかもしれない。
そんな話をきゃっきゃと話していたのだ。
そこへ、ふらりとひよりが「なんの話~?」と聞いてきた。
食事を終えて戻ってきたのだろう。にへらっと笑って、輪に入ってきた。
グループの女子が「澪ちゃんが新宿タワーで大活躍できるって!」と言った。
そこで、ひよりはこう返したのだ。
「すっごい危ないのにね」
声音は普段と変わらない。だけど彼女の瞳は冷ややかだった。
笑っているのに笑っていない。
だというのに、まわりの誰も気づいてない。
普段の彼女はお気楽のアーパー。クラスのムードメーカーで、お調子者。
元気で快活。勉強も体育もできるけど、ほどほどに頑張ってる。
そんな印象のクラスメイトだ。
そんな彼女が、そう話した。
周囲は「大丈夫だって、澪ならやれるよ!」と囃し立てるように言い返した。
それに対してひよりは「そうかも~」なんて返しておちゃらけた。
澪には、その時のひよりの顔が、声音が気になった。
その日の放課後。
澪は、ひよりを呼び出し、あの言葉の真意を聞いた。
「澪ちゃんさ。モンスターと戦ったことってある?」
「質問の意図がわかりません。まだ戦えるわけないじゃないですか」
新宿タワーに入れるのは覚醒していても十八歳からだ。
十六歳の澪は入れない。
つまりモンスターと戦える事なんてないのだ。
「ふーん……じゃあさ、今日の夜、ちょっと一緒にお出かけしない?」
「は? どうしてですか」
「ふふふ、ちょっとしたデートだよ。澪ちゃん」
あからさまに怪しい話だった。
だというのに、ひよりの話が気になり、澪は彼女に指定された場所に向かった。
そこは東京の某所。深夜になる手前の時刻。
近くには大きな森がありオカルトスポットとして有名な場所だった。呼び出されたのではなかったら寄り付かないような場所だ。肝試しでもやるつもりか。
そんな場所に澪が到着すると、そこにはひよりと黒服の男がいた。
黒服の男は、どうあがいても堅気の人間には見えない。
夜だというのにサングラスまでしている。
「お嬢、こちらの方が?」
「うん。もしかしたら……」
ふたりの会話は、うまく聞き取れなかった。
随分と気さくに話している姿に、組長の娘とそのお付き的なものを想像するが、そうではないだろう。彼女の家がどういう事をやっているか知らないが、指定暴力団などであれば噂になってるはずだ。ただ家がすごく大きいという噂はある。
もしかしたら……という可能性があるかもしれない。
来てしまった事に後悔した。
いざとなったら、閃光魔法で目を潰し、その間に逃げよう。いや、そのためのサングラスか。すわ、じゃあ攻撃性の高い魔法でびっくりさせる? でも危ないよね?
そんな事を考えて構えている澪に、ひよりが近づいてきた。
そこで気づいた。
ひよりの恰好はありふれた動きやすい私服だ。
だが、その手には刀袋があった。中身は竹刀であってくれと祈る。
「それじゃ行こっか」
いつもの調子でひよりが一言放つ。
この時、澪は「うん」と言ってついていった。
なんであの時についていってしまったのか。
本当にそう思う。
後悔ではないが、今もそれは感じる。
何を思って、何に期待してついていったのか。
ついていった先で見たのは、深夜の森にいた妖魔をひよりが斬り倒す姿だった。
その姿はあまりにも美しかった。
彼女の、一条ひよりの家は平安時代から続く、退魔師の家系だ。
彼女の家は神気が薄くなった現代にあって落ちぶれていた。
新宿タワーができる前まで、彼女の家は過去の栄光に縋るだけの家だったらしい。
技の継承自体は子々孫々に伝わっているが誰も使えない過去の術式。眉唾にしか思えない術は、現代人には「昔の信心深い人には、これを言うと効いたってことだろう」なんて思われていた。
だが、実際に低級の悪霊が出てくる事もあった。見える人は、新宿タワーができる前でも見えていたらしい。
しかし所詮は祝詞で祓える程度の存在なので、要望に応じて祓う。
現代的な政治経済の裏で祓い屋あるいは拝み屋として生計を立てる。
その程度の家だった。
それが、新宿タワーが出現して全て変わった。
ちょっとずつ、しかし確実に低級の悪霊の力が増していったのだ。
そして、ついには妖鬼や餓鬼といった妖魔たちが出現するようになった。
危機を感じたのは、一条を含む退魔の一族だ。
人々が神気とよぶもの――つまりは魔力だ――は、日本中を霊的に活性化させた。
結果、魑魅魍魎の類が力をつけはじめた。
そうなってくると過去の眉唾な伝承と思っていたものが全てひっくり返る。
伝承が真実であれば、歴史的な大妖怪すら復活する可能性がありえる。
悪霊や妖魔といった存在は市民には秘匿されている。もし一般市民に知れ渡ったら、パニックになるだろう。
そうして負の感情が一層強まれば、過去の退魔師たちから脈々と受け継がれた封印術が弱まり、強い妖魔が復活する可能性が増える。
一般市民に広めるわけにはいかないのだ。
だが、もはや時間の問題と言っていい。
魔力は着々と世界に馴染んでいる。
世界に魔力が満ちれば、その分でも封印は弱まるのだ。
ゆえに退魔師たちは来る日までに、少しでも力をつけなければならない。
妖魔を斬り倒したひよりは、澪に日本の裏側を話した。
夜の公園のベンチで、ふたり並んで座る。
ひよりは、退魔師たちの事を話してくれた。
「さっき、男の人が一緒にいたでしょ?」
森の前にいた黒服の人だ。
「あの人ね、右手が義手なんだよ。左目も義眼だよ、義眼」
一条家の傍流だった彼は、力をつけた妖魔との戦いで大けがを負った。
ひより曰く、ケガが原因でサポートにまわる事になった退魔師が多いらしい。
「そりゃずっと平和だったのに、いきなしの新宿タワーだもん。悪霊強くなった~妖魔が出てきた~とか言われても対応しきれんよね」
なんだか愚痴をこぼすように、ひよりはそう話す。
「で、澪ちゃんさ。もちろん新宿タワーを登って行ったら、たくさんのモンスターとか、私たちが言う妖魔とか悪霊みたいなのと戦う事になるんだけど……本気?」
ひよりは言外に言っているのだ。
大ケガするぞ、と。
止めようとしてくれているのだ。
優しい彼女は。
「……戦います」
九里澪は止まらない。
まわりの期待に応えたい。それはある。
澪にとって魔法とは自分の武器なのだ。
だが、それ以上に……。
澪は自分の夢を持っていなかった。
なんとなくどこかの会社員になって、なんとなく誰かと結婚して、なんとなく子どもを育てて……。学生ながらやりたい事などなかったし、将来の夢もなかった。
なんとなくで生きていた。
冷めていると言われても仕方のない人生を送ってきた。
けれど、魔法という特殊なスキルが使えるようになった。
学生のうちから覚醒し、魔法を使えるようになる人は稀有の存在だ。
だというのに、自然と魔法が使えてしまった。
最初、魔法が発現したのだって、たまたま偶然ガスコンロのつきが悪くて「早く点火しろ」と願っていたら、自分の手から火が出たという流れだ。
あの時の驚きと感動が、なんとなく生きてきた澪の心に大きな火を灯したのだ。
その想いが、どのようにひよりに伝わったのか。
「そっか。それじゃあさ、わたしと組まない?」
彼女はいつもの教室でお喋りするような感じで、そんな提案をしてきた。
こうして、澪とひよりはタッグを組む事になった。
それから十六歳から十八歳になるまで、鍛錬と妖魔退治の日々を送る事になった。
十八歳になると、より強くなるために新宿タワーへ向かうようになった。
強くなるために。
お読みいただき、ありがとうございます。




