第10話
新宿タワー攻略二回目。
新宿の空は今日も快晴だ。少しばかりの雲が空に彩りを与えている。
そんな空の下。サイは、スマホで『Tower Tube』にある自身のチャンネルの確認をしていた。
再生数は三十程度。
両親や妹の家族以外にも見ている人がいるという事だ。
サイもそうだが、なんとなしに誰かのダンジョン攻略を見ている人もいる。
またAIで巡回している分もカウントされるという。
AI巡回とは、コンピューターが配信をチェックして不正行動をしていないか等を確認するものらしい。
サイにはSFな未来にしか思えない。
ちなみに二十五階層までいくようなトップ冒険者たちの配信は数百万再生が当たり前。フロアボスとの戦いなどは数千万あるいは数億まで再生数が伸びる。
そういう戦闘は海外でも注目されているため、そのような再生数になるのだとか。
たくさんの見知らぬ人に自身の冒険が見られている。監視されている。
ノウハウが見られるというのは、異世界育ちのサイには考えられない事だった。
切り札は隠す。
異世界に生きた冒険者の鉄則だからだ。
日本では手の内を強制的に公開する事で、無法状態を減らし、より多くの人命を助ける事を目指したとも言える。
そう考えれば、まあ納得できなくはない。
異世界で培ったノウハウを視聴者がどれほど吸収できるかわからないが、一朝一夕で覚えられるものでもあるまい。
それに自分の動きを見て、誰かの冒険がより良くなるならいい事だ。
ノウハウならいくらでも教えていい。
だが切り札は……当分見せる事はないだろう。
そんな事を考えながら、新宿タワーの中へ入っていった。
三階層までは前回見ているから、一気に四階層まで駆け抜ける。
ちなみに六階層までいくと転送装置が使えるようになる。
地球に生まれたダンジョンの便利機能だ。
新宿タワーの意思は、真面目な冒険者に親切だ。
ズルや卑怯な真似は許さないが、攻略される事を求めている。
四階層にも八~十種類程度のモンスターが出現する。
虫系が多いだろうか。
スケルトンなどもいる。
大きなカマキリは蹴り飛ばし、空を飛ぶ虫系は無属性の魔法を当てて、一撃で確殺していく。
異世界でも新人たちが相手にするような敵が多い。
新人あるいは下級冒険者あたりが相手するモンスターばかりだ。
冒険者になって三十年経つサイが苦労する相手ではない。
時折、冒険者のパーティーが戦っている姿を見かける。
前衛と後衛が入り混じって戦っている。
まだまだ連携不足だが、頑張っている姿に心打たれる。
「日本のみんなも頑張ってるんだな」
そう思いながら、歩いていると五階層への階段を見つけた。
五階層。
ここにはダンジョンにおける厄介モノが存在する。
ゾンビである。
ゾンビ種とはなんともタチの悪いもので、一番厄介な部分は匂いだ。
強烈な異臭というのはかなり厄介で、場合によっては人の動きすら止めてしまう。
動いた分、匂いが自身の鼻に向かってくるのだ。それを嫌がって、動きが緩慢になってしまう、という理屈だ。
更に戦った後、匂いが衣服に付着するのも問題だ。
そのため、ゾンビは遠距離攻撃で対処するのが望ましい。
だがサイは空気清浄の魔法を使えるため、自身の周囲に風の膜を張り、併せて空気の浄化も行っているため、普通に戦える。
冒険者ならなるべく覚えておきたい魔法のひとつだ。
ちょっとしたブレスに対抗できるのはもちろん、洞窟など酸素が薄い場所でも活動できるようになるのだから。
そんなわけでゾンビが出てきたら、さっさと首をはねてしまうサイである。
近くで戦っていた冒険者たちが、サイがゾンビの首をはねる姿を見て「おお~」と歓声をあげる。ゾンビは遠距離から戦うのが普通なのに、近距離で戦う姿に驚いているのだ。臭くないのか、と。
流れ作業のようにモンスターを倒していき、ドロップ品を回収していく。フロアの途中で宝箱なども見つけるが、敢えて無視。五階層あたりの宝箱なら、新人の冒険者に譲った方が良い。開ける手間より、さっさと上に行こうの精神とも言える。
特に苦労することなく、ポンポン倒して五階層のフロアボスの部屋、その直前に到着した。
フロアボスの間は、一パーティーずつのチャレンジとなる。
戦って無理そうであれば逃げ出す事も可能だが、間違っても六階層へ向かってはいけない。六階層に逃げてそのままにしておくとペナルティ判定となり、フロアボスが倍になって追いかけてくる。ちなみに、万が一そうなった場合は、階段を戻り、フロアボスの間を通って、フロアボスの間の扉前まで逃げられればセーフ判定らしい。
またフロアボスの間の前にはランプがあり、赤に点灯していたら誰かが戦っており、手前から開ける事は不可能。ランプが青くなったら入れるとのことだ。
幸い、現在のランプは青かったが、扉の前にはパーティーがいる。
彼らがこれからチャレンジするようだ。
サイの前で五人構成のパーティーが話し合っていた。
年齢は、先日のソウマたちと同じぐらいであろうか。
かなり傷ついた胸当てに新品の盾を装備していたり、ピカピカの魔法杖を装備しているのに古ぼけたローブだったりと、それぞれがここに来るまで苦心してきた事がわかる。
「今日こそやるぞ」
「大丈夫、いける……! 今度こそ……!」
「スケルトンナイト対策の魔法、覚えたから安心しなよ」
「見ててください! 今日こそやってみせます!」
パーティーの一同は配信中のカメラに向けて自信の程を見せていた。
サイは心の中で応援しつつ、パーティーから離れた場所で待つ事にした。
「あれ? おじさんひとり?」
だが、中年のおじさんが五階層フロアボスの間の前で待機している事に違和感を覚えたであろう女性が、サイに声をかけてきた。
「ああ、ちょっと力試しにね」
「ふ~ん、ちょっと迫力あるかも」
ふと、女性がサイの腰元のショートソードを見た。
見せかけだけのために購入したありふれたショートソードだ。
「それで戦うの……? 大きなスケルトンナイトに」
「いや、俺の得手はこっち」
そう言って、手をプラプラさせる。
「こっちって、もしかして素手!?」
「鍛えると叩く斬る捌く、全てができるようになるんだよ」
「そ、そんなうまくいくのかなぁ……」
冒険者の武器は数あれど、素手を主体にする者は少ない。
しかし、ボクサーや格闘家で冒険者を副業にしているものは素手で戦う事もあるらしく、そこまで変な話でもない。
ただ、確かに大型の敵を相手に素手というのはあまり聞かないし、不安に感じる理由もわからなくはない。
「おーい、行くよー!」
「あ、ごめん。それじゃ頑張ってくるね!」
「うん。ここで健闘を祈ってるよ」
そうして、五人パーティーはフロアボスの間の扉を開き、戦いの場に向かった。
扉の上にあるランプが赤く点灯した。
彼らのチャレンジが始まったのだ。
扉の向こう、彼らの喋り声も戦闘音ひとつも聞こえない。
多分何がしかの対策がされているのだろう。
サイにできるのは、祈る事だけだ。
誰も欠かずに六階層まで行ければ良いのだが……。
そうして、十数分後。
五人は泣きながら、息もたえだえ慌てるようにフロアボス前の部屋に戻ってきた。
いずれも半死半生だった。
男女のふたりが特にケガがひどい。
「うう……なんで……ハルカが……」
女性はお腹に大きな切り傷があった。
先ほどサイに声をかけてくれた女性だ。
盾を持った男性は、盾を支える左腕が血まみれでボロボロになっていた。
「はぁはぁ……それよりも回復を……」
「ごべん……ざっぎジールドバッジュぐらっだどぎに……」
ポーションを管理していたであろう男性が割れた回復ポーションの瓶を見せる。
鞄に入れていたポーション関係全てがダメになっていた。
男性はべしょべしょと大泣きしていた。
自分のせいで、仲間が死ぬかもしれない。最悪の想定が頭をよぎっているのだ。
サイは、そんな彼らを見捨てたりしない。
「これを使ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
自分もケガしているだろうに、慌てて回復ポーションを大ケガしているふたりに使っていく。渡したポーションは中級の回復ポーションだ。
瞬く間にふたりのケガが治っていく。
その姿に安堵する三人。
サイもその姿を見て、一安心した。
「ほら。君たちも使いな」
そう言って、こちらの三人には下級の回復ポーションを渡した。
「そんな俺たちは……」
「いいから。その感じじゃ脱出する時に大ケガするぜ」
そういうと恐縮そうに受け取り、三人は各々回復を始めた。
リーダー格であろう男性がサイにお礼を言う。
「本当に何から何まですいません……」
「かまわないよ。こういう時はもちつもたれつだ」
「それより、どうしてこんな事に?」
サイからすると、なぜスケルトンナイトに敗れたのか。
それが気になった。
「……やつが横薙ぎで斬りかかってきた時、盾役が耐えきったんですけど、その時に負傷しちゃって……」
そうして、そのケガに驚いて回復しようとしたところで、ハルカという女性の腹が斬られたらしい。
「なるほど。悪かったね、嫌な事を聞いて……」
「いえ、そんな事……くぅ……」
入る前の話では、充分スケルトンナイト対策をしていただろうに、それでも勝てなかった。それが悔しいのだろう。男性の目から悔し涙が溢れていた。
「勝ちたかったよな」
「はい……」
「でも五人とも生きてるんだ。次のチャンスがあるさ」
「……はい……」
声がかぼそい。
準備もしっかりしたのに、それでも勝てなかったのがくやしいのだろう。
サイは五人パーティーの前に立つ。
「たしか、タワー内でもスマホって使えたよな?」
そう言って、サイはスマホを取り出し、自分のチャンネルを見せた。
配信中のその画面には、ダンジョンが映し出されている。
「俺は今からスケルトンナイトに挑戦する。ひとりで戦うからなんだけど、休憩がてら戦い方を見ておきな」
いらぬお節介である。
だが、この目の前にいる心折れかけた冒険者たちの、次の一歩を踏み出す糧になるのなら……。サイは自身の名前『山浪彩人』の名前を伝えて、配信を見てもらうようにけしかけた。
「ひとりだなんて……!」
自分たちは五人で負けたのだ。
たったひとりでなんとかなるものではない。
男性は慌ててひきとめようとする。
「安心しな。俺、これでもちょっとはデキるからさ」
そう言って、サイはショートソードを構えた。
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