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後編 来華の過去

 静かな夜が訪れた。

 一行は川縁の木立の辺りを野宿場所としていた。

 誰もが無言だった。


 小雨は独り、みんなから離れ、川岸に座り込んで考え事をしていた。

 あれから、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

 

(寒いっ、そろそろ夜は冷えるなあ……)

 

 小雨はブルッと身震いした。

 そして両腕で膝を抱え込み、うずくまるようにしてぼんやりと川を見つめた。

 

(……よろず、今どこにいるのかなぁ)

 

 小雨はそっと胸元から、首にかけている小さな白い貝殻を引っ張り出した。

 小雨はその紐を持って、自分の目の前に貝殻を持ち上げると、再びぼんやりとそれを見つめた。


   


 ——「ほら、コレ、やるよ」


 よろずは無造作に、小雨の目の前に手を突き出した。

 そこには小さな白い綺麗な貝殻が一つ、乗っかっていた。

 

「えっ! えっ?」

 

「ほらっ」

 

 よろずは動揺する小雨の手の平に、貝殻をヒョイと乗せた。

 そして得意げに言った。

 

「どうだ? 綺麗だろ? この海岸で拾ったんだ」

 

 小雨は視界がジワリとかすむのを感じた。

 

「……っありが……よろ……っ」

 

 小雨は喉が詰まって、うまくしゃべれなかった。

 

 あのときのよろずはまだ幼くて、相変わらず可愛い顔して、ただ無邪気に笑顔を見せていた——



 

 ——ガサッ


 小雨ははっと我に返り、反射的に貝殻をしまうとサッと振り返った。

 

「小雨……」

 

 そこには、来華が静かに佇んでいた。

 来華は静かに小雨の方へ歩み寄った。

 

「隣、いい?」

 

「えっ? あっ、ど、どうぞ!」

 

 来華は小雨の隣に腰を下ろす。

 

「…………」

 

 少しの沈黙があった。

 

「あ……の……来華さん?」

 

 小雨はおずおずと彼女に声をかけた。

 来華は今年十四になる小雨たちより、二つ年上なのだ。

 

「あっ、ごめんごめん。それと呼び捨てでいいよ! あのさぁ……さっきは酷いこと言ってごめんね?」

 

 来華は申し訳なさそうに、小雨の顔を覗き込んだ。

 

「ええ? ああいや、別にもう気にしてないよ! アタシこそあんな大声上げたりして、ごめんなさい……」

 

 小雨も急いで謝った。

 

「いや、あんたが謝ることないよ」

 

 来華はつぶやくようにそう言った。

 

「そんなことないよ……」

 

 小雨は優しく微笑んだ。

 

 また少しの沈黙が訪れた。

 冷たい夜風が二人の背中を撫でる。

 小雨はブルッと身体を震わせた。

 来華はおもむろに口を開いた。

 

「……あたしの母さんさぁ……『夜代』のある男に殺されたんだ……」

 

「えっ……?」

 

 小雨は一瞬彼女がなにを言ったのか呑み込めずに、固まってしまった。

 

 来華はゆっくりと語り出した。



 

 ——あたしの父さんは退治屋だったんだ。

 そんで、あたしがまだ物心つかないうちに、アヤカシに殺られちゃったんだ。

 でも、母さんは女手一つで、あたしを一生懸命育ててくれた。

 父さんがいなくて独りで、どんなに苦しくても、いつもあたしのこと一番に想ってくれてた。

 あたしは母さんさえいてくれれば、それで幸せだった。


 でもあの日、あたしがまだ幼い頃、食料を調達して帰った日……。



 

「母さん! 今日はかなりの収穫が——」


 あたしは手に持った籠いっぱいの食料が嬉しくて、家に飛び込んで帰って来たんだ。

 でも、そこには見ず知らずの、すごく背の高い男が紫檀色の襟巻をして立っていた。


「……あんた誰?」


 あたしはそいつをじろじろ見ながら、早く食料を渡したくて母さんを探したんだ。

 

 でも——

 

「母さん!」


 母さんはアイツの後ろで、血を流して倒れてたんだ。

 あたしは食料なんか投げ出して、すぐ母さんの元へ駆け寄った。

 でも、もちろん、もう息なんかしてなかった。

 

「なんで……嘘でしょ? ねぇ、母さん!」


 あたしは信じられなくて、すごく動揺した。

 でもすぐに、あの男の存在を思い出して、アイツを睨みつけた。


「あんたがやったの?」


 男はなにも答えなかったけど、見ればわかった。

 腰に長い刀を差してたから、確信があった。


「なんとか言ったらどーなの? ねぇ! なんで、なんで母さんを……」


 あたしが泣き叫びながらそう問いかけるのも無視して、男は立ち去ろうとした。


「待ちなよ! 人殺しぃ!」


 あたしは男に殴りかかったけど、もちろん敵うはずなんかなく、すぐに押さえ込まれた。


「……こうしなければ、仕方なかったのだ」


 男は一言だけそう言うと、激しく抵抗するあたしを縛りつけて、出て行った。

 縄は簡単に解くことができたけど、男を追って外に飛び出したときには、もうアイツの姿はどこにもなかった……。


 家に戻って、さっきのは夢であってほしいと思って、辺りを見回した。

 でも、やっぱりそこには母さんが倒れてて、動くことはなかった……。


 悲しかった。


 悔しかった!


 なにより、あの男が憎かった……。


 その日から、あたしはあの男を殺すことを決めたんだ。

 そうして力をつけて旅に出たとき、影利と出逢ったんだ——



 

「…………」


 小雨はなんと言って良いかわからず、唇を噛みしめていた。


「あはは、ごめんね。暗い話しちゃって」


 来華は軽く苦笑した。


「ううん、でも話してくれて嬉しかったよ。……そんなことがあったなんて……」


 小雨は少し笑顔を作った後、すぐにしゅんとした表情に戻った。


「そういえば、影利さんは弟さんを追って旅してるんだよね? それって、どういう……?」


 小雨は躊躇いがちに来華に尋ねた。


「影利の弟はアイツを独り残して、奴らの仲間に入ったらしいんだ。アイツの家族は弟だけだって言ってたから……」


 来華は小雨にそう教えてくれた。


「そうだったんだ……」


 小雨は川に視線を戻した。

 相変わらず夜風が冷たい。

 

 ——みんなはそれぞれの目的があって、あの人たちを追ってる。

 少しでも早く真実を知りたい。


 小雨は心の中で、強くそう思った。


 

 

 二人はしばらく黙って、川の流れを見つめていた。

 木陰に潜む、もう一人の少女の存在には気づかずに……。




 次の日、小雨たちは朝早くから出発の準備をした。


「よし! じゃあ気を取り直して行くか!」


 海刃が場の空気を和らげようと、元気にそう言った。

 そのとき、かずみと来華の目が合った。


「あ……」


 来華が口を開くより早く、かずみがつっかえながら口を開いた。


「き、昨日はごめんな。私、言い過ぎたよ」


「へ……?」


 来華は想定外の事態に、目をパチクリとさせた。

 みんなも同じだった。


「な、なんだよその顔は?」


 かずみは赤くなりながらそっぽを向いた。


「あっ、いや! こっちこそごめん! あたしの方こそ言い過ぎたよ」


 来華も急いで謝った。


「悪いけど、昨日の話聞いちゃったよ」


 かずみは来華の方へ向き直った。


「……そっか、聞いてたの」


 来華は気を悪くした様子もなく、軽く微笑んだ。


「昨日の話ってなんだよ?」


 海刃が口を挟んできたが、来華は言葉を続けた。


「なら話しが早い……。あたしはせっかく一緒になった仲間を、こんなことで失いたくない。目的はそれぞれ違うけど、みんな奴らを追ってるし。だから、これからも一緒に行ってくれる?」


 来華は澄んだ瞳で真っ直ぐとかずみを見つめ、右手を差し出した。


「なに言ってんだよ。当たり前だろ!」


 かずみは優しく微笑んで、強くその手を握り返した。

 小雨も嬉しそうにそれを見ながら笑顔になった。


「よし! じゃあ、さっさと行くか!」


 かずみは意気揚々と、みんなの前に立って歩き出した。

 小雨もその後に続く。


「なんなんだよぉ? 昨日の話って? 一体なにが起こったんだ?」


 海刃は一人ついていけずに、狼狽えていた。


「今度教えてあげるって!」


 来華はそんな海刃に元気にそう言うと、二人の後を歩き出した。


「なんだよそれ……」


 海刃は顔をしかめながらも歩き出す。

 影利も表情はないが、どこか安心したように後へ続いた。


 そう、今は立ち止まっている暇はない。


 ただ先へと進むしかないんだ……。


 








 

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