後編 残酷な試練
風が森を吹き抜けた。
そして、その森を抜けた山のふもとに佇む、二本の長い紫檀色の襟巻をなびかせた。
よろずと長身の男は、山のふもとにある、とても小規模な杉野の村の外れに立っていた。
杉野の村は酷く寂れており、人も数えるほどしか見当たらなかった。
よろずは左に立っている長身の男を、見上げるようにして声をかけた。
「桜在さん……こんな小さな村に、一体なんの用があるってんだ?」
桜在と呼ばれた男は、村を見つめたまま答えた。
「今からお前を試す」
「試す?」
よろずは首を傾げた。
桜在は彼を横から見下ろして言った。
「……そうだ。この杉野の村は三カ月ほど前に、アヤカシに襲われた。今は確認したところ、村人全員がアヤカシに取り憑かれている。そして既に侵蝕され過ぎているだろう……」
「それで、オレをどう試すんだ?」
よろずはさっぱり先が読めずに、眉を寄せて村を見つめ直した。
今から告げられる、その残酷な試練を知りもせずに……。
桜在は、しばらく黙って村を見つめていた。
そして、静かにこう告げたのだ。
「今からお前に……この村に生きる者全てを、一人残らず消し去ってもらう」
「……え?」
よろずはまだ少しの穢れも無いその大きな瞳で、ただ桜在を見上げたのだった……。
「え! じゃあ、その紫檀色の襟巻の奴らってのは、いわゆる賊どもの集まりの危ない連中ってことなのか?」
海刃が思わず声を高めると、かずみが彼を小突いた。
「声がでかい!」
ここは先ほど飛び出してきた団子屋の中。
小雨、かずみ、海刃、来華、影利の五人は机に向かい合って座っていた。
「……うん、まぁ、そういうことかな」
来華は視線を落として、海刃の言葉を肯定した。
「それで……、その人たちはどういうことをするの……?」
小雨は恐々と尋ねた。
少しの沈黙があった。
影利が感情を押し殺したような顔で、静かに口を開いた。
「それは……人殺し、人攫いだ」
「…………」
小雨、かずみ、海刃は言葉が出なかった。
「……どういう……ことだ?」
よろずは桜在を身動きひとつせずに見上げたまま、声を絞り出すようにやっとそれだけ尋ねた。
桜在は表情ひとつ変えずに、よろずを見下ろした。
「殺せば良いのだ。この村の者全てを。情など捨てろ。この世界では、非情にならねば生きてはゆけぬ。非情さには、非情さでなければ勝てぬ。でなければ、お前を我らの仲間として認めることはできない」
「っで、でも、だからってなんで! なんで皆殺しなんだ? 言ってることの意味がわかんねーよ!」
「言っただろう。この村の者は皆、アヤカシに取り憑かれている。それも長い間だ。長い間取り憑かれた者はどんどん人格が喰われていき、死んだも同然なのだ。そうなれば助からぬ。生きている価値などないのだ」
桜在はそれでもなお、表情を変えずただそう言っただけだった。
「……っ」
よろずが懸命に言葉を探して足掻いていると、初めて桜在が表情を少し変化させた。
しかしその表情は、怒りとも悲しみとも、なんとも取れないものだった。
だが、よろずはその表情の中に大きな気迫のようなものを感じ、言葉を探して開いていた口を、グッと閉じた。
空気が一瞬張り詰めたのだ。
「……躊躇うのか? ……もう一度言うぞ。情など捨てろ。必要ない。余計なものなのだ。強くなりたいのだろう?」
よろずは、背にある大鎌の柄を握りしめた。
そしてそれを片手に持つと、杉野の村へゆっくりと歩き始めた。
「そうだ……お前の覚悟を示してみろ……」
桜在がそうつぶやいたのと同時に、よろずは大鎌を振りかざして走り出した。
もう迷いはなかった……。
「そんな……怪しいとは思ってたけど、そんな危ない奴らの仲間になってるなんて……」
かずみは苦しげにつぶやいた。
「でも、よろずはそんなことしないっ!」
小雨は自分に言い聞かせるように、そう言った。
「そ、そうだよな。アイツはそんな奴じゃない」
海刃もまた、小雨と同じようにうなずいた。
しばらくの沈黙が続いた。
その沈黙を無理に破るように、かずみが口を開いた。
「アンタたちは、なんの目的があって奴らを追ってるんだ?」
すると来華がキッと目を開いて、こう答えた。
「あたしはある男を殺すため! そんで影利は──」
「弟を追っている」
影利が後を引き継いで、自分で答えた。
「とにかく、あたしたちとあんたたちの目標は同じ。どう? 捜し物は人数が多い方が、見つかりやすいんじゃない?」
来華のその言葉で、ようやくうつむいていた小雨と海刃も顔を上げた。
そしてお馴染みの三人で顔を見合わせると、静かに互いにうなずいた。
「一緒に行きましょう」
小雨は今までうつむいていたのが嘘のように、しっかりとした口調でそう言ったのだった。
雨が降り出した。
よろずは杉野の村の中央部に、うずくまるようにしゃがみ込んでいた。
辺りは——血の海だった。
よろずは荒く息をしながら、ただじっとそこにしゃがみ込んでいた。
手にはしっかりと、血にまみれた大鎌が握られていた。
「よくやった」
よろずの前にいつの間にか、静かに桜在が佇んでいた。
「…………」
よろずは、なにも答えない。
桜在は一歩大きく彼に近づいた。
「……認めてやろう。これでお前も我ら夜代の仲間だ」
よろずは静かに立ち上がった。
「……フン」
そしてその血と雨に濡れた顔には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
一方小雨たちは雨の中、それぞれの目的に向かってひとつの目標へと新たな仲間と共に歩み出していた。
なにも知らず、ただ信じて……。




