前編 新たな仲間
「いって、気をつけろぉ!」
「あわっ! すんませ~ん」
「オイ! なに余所見してんだよ!」
出店に並ぶイカ焼きに見とれ、通行人の男とぶつかってしまった海刃を、かずみが軽く小突いた。
「ハワァ……でも美味しそぉ……」
今度は小雨が大判焼きにうっとりとした。
「バカ! 金がないだろーが!」
かずみがまたもしかりつける。
「うぅ~。かずみだって食べたいでしょ?」
小雨はおどおどと上目遣いでそう言った。
「うっ! まぁ……そりゃあ……」
ここは柳の里。
柳の里は結構都会な方で、小雨たちは今はとある大きな商店街を歩いていた。
「それにしても、アイツの情報を手に入れねぇと始まんねーなぁ」
海刃は見慣れぬ都会にキョロキョロとしながら、つぶやいた。
「そーだよ。イカ焼きに見とれてる場合じゃないよ!」
かずみがそう吐き捨てるように言うと、
「ね、ねぇ、とりあえずどこかで休憩しようよ! もうずっと歩いてるんだから」
と小雨が気分を変えるように提案した。
三人は少し里から外れた場所にある団子屋で、それぞれ一本だけ団子を頬張りながら一休みしていた。
「それにしても、背の高い男かぁ……」
かずみは前から気になっていたことを口にした。
「誰だろ……?」
小雨も首を傾げる。
「やっぱ、お前にも心当たりねぇか?」
海刃も茶をすすりながらそう尋ねた。
「う、うん。全然わかんない……」
小雨は視線を落とし、困ったように答えた。
「それに、赤紫の長い襟巻ってのも気にかかる……」
かずみはそうつぶやくと一口茶をすすった。
「えっ? なんでそんなこと気に——」
小雨の言葉はそこで違う声に掻き消された。
「大変だぁ! またアヤカシが出たぞぉ!」
一人の男がものすごい勢いで走ってくる。
すると遠くの方で悲鳴や、バキバキとなにかが破壊されるような音が、かすかに聞こえてきた。
「さっきの通りの方だ!」
海刃は置いていた荷物を引っ掴むと、一目散に元来た道を引き返していった。
かずみと小雨も大急ぎで後を追う。
三人が着いたときには、商店街はすでに無茶苦茶だった。
「今度はなんだ?」
海刃がその犯人を見上げた。
「今度はでっかい蛇だぁ!」
小雨がそれに答えるように叫んだ。
そこには、この前倒した大ムカデほどの大蛇がとぐろを巻いて、舌をチラつかせながらこちらを見据えていたのだ。
「チッ、また長い奴かよ!」
かずみは武器を手に取りながら、舌打ちをした。
「シャー!」
大蛇は三人に向かって、大きな口をカッと開いて威嚇した。
それと同時に、海刃が大蛇に向かっていった。
海刃は鎖鎌の分銅の部分を、大蛇へ狙いを定めて投げ飛ばした。
分銅は大蛇の身体に激突したものの、少し怯ませただけだった。
「シャー!」
しかしその隙に、かずみと小雨は、それぞれ別々に大蛇の死角へ回り込んでいた。
大蛇が怒って海刃へ向かっていこうとする前に、二人はそれぞれの武器で大蛇に両側から攻撃を仕掛けた。
が、大蛇の身体は固い鱗で覆われており、中々致命傷を負わせることができない。
二人は慌てて暴れる大蛇から遠ざかった。
「ヤロォッ!」
海刃が大蛇に分銅を飛ばして鎖を絡めつけ、頭の動きを封じた。
海刃は身体を持っていかれそうになりながら必死に踏ん張っている。
小雨とかずみは、素早く抑えられている大蛇の頭部へ向かった。
が、そのとき——
「危ない!」
かずみが突然叫んで、再び逆の方向へ走り出した。
その先には逃げ遅れた一人の幼い少年が、大蛇の尾に今まさに振り飛ばされんとしていたのだ。
かずみはその少年を抱え込むのが精一杯だった。
小雨が慌ててかずみの方へ駈け出したが、遅過ぎた。
大蛇の尾は、かずみと少年へと左払いに振り払われた。
——ザクッ!
かずみと少年の目の前に、一人の少女が躍り出たかと思うと、大蛇の尾を二本の刀で斬りつけたのだ。
「……え?」
かずみは呆気にとられて、その少女を見上げた。
長い髪を頭の上に一掴みほど結い上げた美しい顔立ちの少女だ。
瞳も凛々しく美しく、黒の丈の短い小袖を着ている。
背丈はかずみより少し高い程度で、歳もそう違わないだろう。
「影利!」
その少女が叫ぶと、一人の青年が大蛇へ向かって刀を振りかざしながら、現れた。
あっという間にその青年は、抑えられている大蛇の喉元へ刀を突き立て、息の根を止めたのだ。
その青年はスラリと背が高く、落ち着いた瞳をしている。
歳は三人よりいくらか上のように見えた。
青年は例の白い札を取り出して、それに大蛇の血を染み込ませる。
札の中心の円には、とぐろを巻いた大蛇の墨絵が浮き上がった。
程なくして、大蛇の亡骸は、風に溶けるようにザワリと消失し、その後から無数の白い光の塊が現れて、天へ昇っていった。
きっと、この世に未練を残した魂の集まりだったのだろう。
そのとき、一人の女が大慌てで幼い少年の元へ駆け寄ってきた。
「かん太!」
その女は自分の子の名を叫び、しっかりと抱きしめた。
「この子を助けてくださり、ありがとうございます! 本当に感謝します!」
母親は目を潤ませながら、かずみに何度も礼を言った。
「えっ? いやぁ、お礼ならあの人の方が……」
かずみはそう言って、チラリとあの少女に目をやった。
すると、小雨がおずおずと助けてくれた二人に近づき、声をかけた。
「あ、あの~。助けてくれてありがとうございました」
「いえ、礼には及びません」
少女は軽く微笑んでそれに答えた。
本当に綺麗な人だ。
小雨はそう思った。
かずみも急いで駆け寄ると、深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「いや、無事で良かった」
少女はそう答えると、急に表情を引き締めて、こう尋ねてきた。
「ところで、旅の方々のようですけど、この里に来る途中、紫檀色の長い襟巻をした奴らを見かけませんでした?」
「え! 紫檀色……? 赤紫のような色のことですか?」
小雨が前のめりに聞き返す。
かずみと海刃も同時にその少女を見つめた。
「あ、えっと、そうです。あたしらはちょっとした事情があって、そいつら追って旅してるんだけど……。なんでもいいんで、なにかそいつらに関する事を知りませんか?」
「実はアタシたちも、その紫檀色の襟巻をした人たちを追ってて——」
小雨が勢い勇んでそう言うのを遮るように、かずみが口を挟んだ。
「良かったら、詳しくその話、聞かせてくれないか?」
すると少女はニヤッと笑った。
「あぁ、もちろん。あんたたちの話も聞かせてくれるなら……。あたしは来華。あんたたちと同じ退治屋だよ。よろしくね」
「よろしく! 私はかずみだ」
かずみも少し笑みをこぼして、自分の名を名乗った。
小雨もおずおずと自己紹介をする。
すると、今まで黙って来華のそばに立っていた、影利と呼ばれていた青年が初めて口を開いた。
「俺は影利だ」
海刃が青年の前に立ってそれに応える。
「おれは海刃だ」
こうして、三人と二人は出逢ったのだった……。




