後編 よろづ世という世界
次の日、三人は早くから例の化け物が出るという峠を訪れていた。
そこは周りに木が立ちこめている、薄気味悪い所だった。
「どこにいるんだ? 化け物ってのは……」
海刃はそうつぶやきながら、辺りをキョロキョロと見回した。
小雨は気合を入れるように袖をまくり、そこに隠し持っていた長い獣の爪のような武器——手甲鉤をギュッと手の甲に装着した。
それとほぼ同時に、木々の折れるけたたましい音が響き渡った。
「やっと来たか!」
かずみは、背中の巨大な鉈を手に取りながら構えた。
木々を押し倒すようにして現れたのは、およそ十メートルはあろうかと思われる、聞いた通りの巨大な大ムカデだった。
大ムカデは三人に顔を向けると、迷わずその数え切れない足で這って来たのだ。
「足に気をつけろ! 行くぞ!」
かずみは真っ先に大ムカデに突っ込んでいった。
小雨と海刃も後へ続く。
かずみは動きの速い大ムカデをひらりと避けると、素早くその背に飛び乗り、巨大な鉈で深く斬りつけた。
大ムカデは苦しげに巨大な身体をくねらせ、かずみを振り落とそうとする。
「海刃!」
振り落とされる前に、かずみは素早く大ムカデから飛び降りると、海刃に合図をした。
「わかってる!」
海刃はそう叫ぶと腰の鎖鎌を掴んで、頭上で分銅を振り回し、大ムカデの方へ放って鎖を身体に絡ませた。
「小雨!」
今度は海刃が、鎖を大ムカデに絡ませて踏ん張ったまま、小雨に合図をした。
小雨は大ムカデへと素早く突っ込んでいった。
手甲鉤が彼女の手できらりと光る。
小雨は暴れる大ムカデをひらりひらりとかわしながら、あっという間にその切れ味の良い刃で、大ムカデの足を次々と切り落とした。
「よし! これで終わりだぁ!」
かずみはそう叫びながら、もはや暴れることも諦め始めた大ムカデに飛び乗り、脳天に巨大な鉈を突き立てた。
大ムカデは少し震えたかと思うと、やがてピクリとも動かなくなった。
「ふぅ、終わったか」
海刃は武器をしまいながら息をついた。
「それにしても、一番びびってたアンタが、いっつも一番動きがいいんだよなぁ」
かずみが少し悔しそうにそう言うと、小雨は少し照れくさそうに笑った。
海刃は懐から、なにやら模様の入った白い札のような物を取り出すと、大ムカデの亡骸から滴る血を、その白い和紙に滲ませた。
白い札全体が、白い絵の具に黒を垂らしたように変色し、中心の円の中に、その色が集まったかと思うと、討伐した大ムカデの墨絵がどろりと浮かび上がった。
この白い札には、特別な霊気が込められており、討伐したアヤカシの体液を染み込ませることで、その者の姿を映し出すのだ。
そうして、これを役場に提出することで、退治屋は報酬を得るのだ。
その作業を終えて少しすると、大ムカデの死骸は消え、後にはたくさんの人の骨と、小さなムカデの亡骸が残されていた。
「こりゃ、人の骨だぞ?」
海刃は目を丸くした。
その中の髑髏には矢が刺さっていたり、大穴が開いていたりする。
かずみはたくさんの骨とムカデの亡骸を見下ろすとこう言った。
「おそらく……戦かなにかで死んだ人の念が、このムカデに取り憑いたってところだろ」
「そっか……」
小雨は視線を落としてそうつぶやいた。
三人はその後、きちんと骨とムカデを土に埋めて、宿の主人に報告を済ませると、再びよろずを追って旅に出発した。
死者の魂が成仏できず、『アヤカシ』にまで成り下がり、人をも襲う。
よろづ世はそういう世界だった……。




