前編 なびく襟巻
今日も空は淀んでいる。
ここ最近、空はずっとこの調子だ。
その淀んだ空の下、川沿いの道をある旅の一行が歩いていた。
皆歳は十代半ばほどで、その内の一人、長い髪を横で一つに束ね、丈を膝まで端折った、少々くたびれた茶色の小袖を着た少女——大きな鉈を背負って、意思の強そうな瞳をした彼女の名は、『かずみ』といった。
二人目は高身長で、短髪頭の人の良さそうな顔をした少年——紺の野良着姿で腰には鎖鎌を携えており、名を『海刃』といった。
そして、三人目は肩まで伸ばした髪に、丈を端折った白地の小袖、瞳は大きく透き通るような優しげな少女——名を『小雨』といった。
彼らは『退治屋』と呼ばれる者たちであった。
際限なくアヤカシの溢れるこの世界には、欠かせない者たちだ。
それ故、このよろづ世を生きる者は、農家に続いて退治屋を生業とする者が多かった。
ところで、この三人の退治屋たちには、あるひとつの目的があった。
「天気悪いな……」
かずみが不安げに空を見上げた。
「ああ、最近ずっとこうだよなあ……。それにしても、あいつ、今頃どこにいんのかな……」
海刃はそう言って、遠くを見るような目をした。
「どこ行っちゃったんだろ……なんで行っちゃったのかな……」
小雨がそうつぶやくと、
「大丈夫。きっとすぐ帰って来るよ」
と、かずみが元気づけるように笑ってみせた。
そう、彼らはある一人の少年の行方を追っていたのだ。
今その少年に関して手元にある情報は、ほとんど無しに等しかった。
ただ、最後にその少年を確認できた場所、それは里の外れにある海岸だった。
わかることと言えば、たったそれくらいのことだった。
そして、彼らが追う、その少年の名は——
彼らとはまた別に、旅をしている者たちがいた。
一人はかなりの長身の男。
頭に包帯を巻いており、鋭い切れ長の瞳——黒地に桜柄の羽織りをまとい、腰には刀を差していた。
そして、もう一人は男とは対照的に小柄な少年。
長髪を頭の上で一つに結び、大きな瞳をしている。
少女と見間違うほどのあどけない容姿とは裏腹に、背には身の丈ほどもある巨大な大鎌を背負っていた。
高くそびえ立つ岩山から、二人は紫檀色の大きな襟巻をなびかせながら、ある里全体を見渡していた。
「空模様が怪しいな……」
長身の男が空を見上げた。
「…………」
少年は無言で岩山の崖に腰を下ろしたままだ。
ポツリと、空から水滴が落ちてきた。
「降り出したな。どこかで雨をしのげる場所を探すか」
長身の男がそう言うと、
「……小雨……か」
少年は空を見上げ、小さくつぶやいた。
ゆっくりと立ち上がる。
長身の男は崖に背を向け、歩き出すと、少年に声をかけた。
「行くぞ……よろず……」
そう、その少年の名は『よろず』といった——
一方、小雨たちは雨の中、宿を求めて急いでいた。
「あっ、なにか建物が見えてきたよ!」
小雨は前方を指差しながら、二人に声をかけた。
「お、助かったあ」
海刃は小雨に続きながら、ほっと胸をなで下ろす。
三人はすぐにその建物の前に辿り着いた。
そこは、運良く宿屋のようだった。
「雨が酷くなる前に、見つかって良かったよ」
かずみがそう言って戸を開け、三人は宿の中へ入っていった。
三人は宿でも、『よろず』に関しての情報を集めることを忘れなかった。
金を節約するために質素な食事を食べながら、三人は宿屋の主人に聞き込みをしていた。
「うーん……そんな奴、見たような、見てないような……なんせ、宿なんてのは、人の出入りが多いだろ?」
主人は腕を組んでずっと唸っている。
そんな主人を見かねてかずみは、
「そんな、絶対見たら覚えてるはずだよ! あいつ、でっかい鎌背負ってて目立つもん。な、小雨!」
と小雨に相づちを求める。
「え! う、うん」
すると、それを聞いていた一人の旅の男が、話に入ってきた。
「そいつなら、見たぞ」
途端に三人は男の方へ身を乗り出す。
「本当か! どこで見た?」
海刃の質問に男は答える。
「うーん、確か三日ほど前に、ここへ来る途中の山の小道ですれ違ったなあ。確かにあの背中のでっかい武器は、目立つからよく覚えてるぞ。二人揃って、赤紫っていうのかなあ? そんな色の長い襟巻して歩いてたぞ。背のかなり高い男も一緒だったしな」
「背の高い男……?」
小雨は首を傾げた。
「そうそう、ちょっと怖い感じの奴だったな。きっとあの道を行ったなら、柳の里は通るはずだ」
男はそう言い終わると立ち上がった。
「なにがあったか理由は聞かねぇが、早くそいつに会えるといいな」
「はい。ありがとうございました」
かずみがその男に礼を言って、三人は頭を下げた。
最後に男はにんまりと笑うと、急いでまだ雨の降る外へ出て行った。
「柳の里かぁ……っていうか、背の高い男ってなんだよ?」
海刃はそう言って頭を抱える。
三人が考え込んでいると、
「なぁ、お前らその格好からして、退治屋なのか?」
と不意に宿の主人が声をかけてきた。
「あぁ、まぁ」
かずみがそう答えると、
「本当か! ちょうど良かった。少し前から、この宿の近くの峠で化け物が出るらしくてな……。人を襲って喰っちまうらしいんだよ。どうやらその化け物ってのが、桁外れにでかいムカデらしいんだが……。退治してくんねーかなぁ? 依頼は出してるんだが、中々引き受けてくれる奴がいなくてさあ。頼むよ! 依頼料は追加で奮発するからよぉ……」
と主人は突然依頼を申し込んできたのだ。
「ふーん。でっかいムカデねぇ……。そうかそうか……」
海刃は腕を組んで考える素振りをすると、こう切り出した。
「じゃあ、今晩の宿代を飯代を含めて全員タダってのはどうだ?」
「よぉし! わかった! ただし頼んだぞ!」
主人はあっさりと承諾する。
「ええ! でも、でっかいムカ——」
小雨が情けない声を上げるのを、かずみが素早く遮った。
「金のためだ! それに退治屋のくせに情けねーぞぉ?」
「えっ……でもアタシ、そのために必要なお金いっぱい持ってきたのに……」
小雨はこの旅のために、必要最低限の物を残して、全て質屋に売り払ってしまったのだ。
「アンタばっかに出させるわけにはいかないだろ? バカ。私たちだってよろずを連れ戻したいんだ。仲間だろ? アンタばっか犠牲になるなんて、おかしいんだよ」
かずみは悔しかった。
小雨、よろず、かずみ、海刃の四人は共に退治屋をする仲間として仲が良く、よく四人でつるんでいた。
退治屋は単独で仕事をする者もいれば、それぞれ団体を編成して仲間と共に仕事をする者たちもいた。
そして、四人になる以前から、小雨はよろずと特に仲が良かった。
よろずが里を出て行ってしまってから、小雨は誰よりも酷く落ち込んでいた。
それはもう、見ていられないほどだった……。
かずみはそのとき、なんと声をかけて良いかわからず、ただ、打ちひしがれる小雨のそばに、いることしかできなかった。
ところが一番傷ついていたはずの小雨が、誰よりも一番先に行動を起こしたのだ。
そう、かずみが気づいたときにはもう、家の中はからっぽ。
大事な物もなにもかも売り払い、小雨は独り、よろずの後を追って行ってしまっていたのだ。
すぐに海刃と二人で小雨の後を追い、なんとか合流することができはしたのだが……。
だから、かずみは悔しかった。
今までずっと一緒にやってきた仲なのに、小雨は一度もかずみに泣きつかなかった。
それどころか、独りで行ってしまった……。




