その二 条件
薄暗い空から、雨が静かに降り出した。
「小雨! 小雨!」
よろずは彼女を抱き起こし、何度も何度も呼びかけた。
しかし、小雨はぐったりと気を失っている。
そこにかずみと海刃が走り寄ってきた。
「小雨! ——っ」
かずみが気を失った小雨を見て声を上げる。
そして顔をしかめると、よろずの胸座を乱暴に掴んで引き寄せ、思いっ切りその頬を張り飛ばした。
「いい加減にしろよ! こんなに小雨を傷つけといて、まだこんなこと続けるのか?」
凍えるような雨が四人を包み込んだ。
よろずは右手で頬を押さえ、もう片方で小雨を抱え込んだままかずみを睨みつけた。
「うるせぇ! おめぇになにがわかるってんだ?」
かずみは身体を震わせながら、再び怒鳴る。
「お前のことなんて、なにもわかんないよ! でも、なにか話してくれたっていいだろ? 意味わかんないよ! 私たち、ずっと一緒にやってきた仲間だろ? 困ってるなら力になったのに! なんで、独りで抱え込もうとするんだよ! 言ってくれなきゃわかんないよ!」
すると、よろずも激しく怒鳴り返した。
「綺麗事言ってんじゃねぇよ! そんな甘っちょろいことじゃねぇんだよぉ! 本気で大切なもん護るためには、綺麗事並べただけじゃあ、どうにもなんねぇときだってあんだよ! どんな犠牲払ってでも、どんなに自分が汚れちまっても、それを護り通すためには、仕方ねぇときだってあるんだ!」
かずみは驚いて固まったまま、彼を見つめた。
——あの日、オレはいつものように小雨と海岸で会おうと、雨のぱらつく森の中を独りで歩いていた。
すると、目の前から長い紫檀色の襟巻をした、旅人らしい二人組が歩いてきた。
一人は長髪に、目つきの悪い吊り目の女。
背がすらりと高く、腰に刀を差していた。
もう一人はがっしりとした体型の中年の男で、白髪混じりの髪に、少し端の垂れたくすんだ目。
背に大きな金棒を背負っていた。
(……こんなところを通るなんて、珍しいな……)
オレはそんなことを思いながら、怪しい二人組の横を通り過ぎようとした。
すると、女がオレの前に立ちはだかってきたんだ。
オレは怪訝な表情を浮かべて女の顔を見た。
「……なんだよ?」
女はニヤッと冷たい笑みを浮かべた。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
オレは警戒して少し距離をとった。
「おめぇらは誰だ?」
「……フッ、あんたが知ったって意味ないと思うけど、まぁ聞かれたら答えるのが礼儀よねぇ。あたしは珠世で、こっちが玄磨」
玄磨という男は、ずっと腕を組んで珠世の後ろについたまま黙っている。
「……で、聞きたいことってなんだよ?」
警戒したままそう尋ねるオレに、珠世は鼻を鳴らした。
「フン、礼儀知らずな奴だね。相手が名乗ったら、自分も名乗るのが礼儀だろ? ま、あんたの名前聞いたところで、あたしたちになんの意味もないけどさ」
オレは顔をしかめて渋々名乗った。
「…………オレは、よろずだ」
するとオレの名前を聞いた途端、二人ははっとして顔を見合わせた。
(……オレの名前がどうかしたのか……?)
しかし、珠世はすぐに元の表情に戻った。
「……へぇ、珍しい名前だね。ところでさ、この里に『雨女』っていう妖怪がいるって噂を聞いて来たんだけど、どこにいるか知らないかい? 人と全く変わらない姿をしてるらしいんだけどね」
オレはすぐに小雨のことだとわかったけど、それには答えずに探りを入れた。
「そんな奴を見つけて、どうするつもりなんだよ?」
「雨女は普段は穏やかだけど、すごく強力な力を持ってるらしいんだ……。ってあんたはそんなこと知らなくていいよ。その様子だと知ってるようだね?」
オレは珠世の言葉に、思わず顔を強張らせてしまった。
「別に、オレはなんも知らねぇよ」
珠世は、ますます冷たい笑みを浮かべながら言った。
「顔に知ってるって書いてあるよ」
それでもオレは黙っていた。
すると今まで黙っていた玄磨が、金棒に手を伸ばして口を開いた。
「おれが、吐かせてやろうか?」
「待ちなよ。考えがある」
珠世は再びオレに向き直った。
「よろずとか言ったね? まさか、あんたが生きてるとは思わなかったよ……」
オレは戸惑いの色を浮かべて珠世を見た。
「どういう意味だ?」
「まぁ、そこは気にしないでいいから。あんたが雨女についてしゃべりたくないなら、それでもいいよ。でも条件がある」
「……条件?」
「そう。あたしたちはあんたに、仲間になって、会ってほしい人がいるんだよ。その人に会ってくれるって言うなら、これ以上は詮索しないよ。さぁ、どうする? 一緒に来てくれる?」
オレは真っ直ぐ珠世の目を見たまま言った。
「断るって言ったら?」
珠世は僅かに顔を引きつらせた。




