その一 本気の戦い
よろずと海刃は一瞬睨み合った後、それぞれ距離を取って退き、激しく刃を交え始めた。
小雨とかずみは、その様子をずっと木立から見守っている。
二人に視線を向けたまま、小雨が厳しい表情でつぶやいた。
「……よろず、本気だよ」
一方で、夜助と座朗も激しく斬り合いを続けていた。
座朗は大太刀を軽々と振り回している。
「貴様、いつまでその姿(ヒトの姿)でやり合うつもりだ? なぜアヤカシの力を使わん?」
夜助は座朗の大太刀をひらりひらりと避けながら、声を張り上げた。
「俺は貴様とは違う!」
「そこまでヒトで在りたいのか……。お前の本来の姿は鴉天狗だというのに……。くだらんな」
座朗の見下したような口調に、夜助は怒りを露わにする。
「なにをっ——!」
しかしそのとき、座朗の大太刀が夜助の胸元を斬りつけた。
「っ!」
思わず歯を食いしばってよろめく。
座朗は容赦なく続けざまに、大太刀を彼目がけて振り下ろす。
——ズシャッ!
しかし大太刀は、夜助から逸れて振り下ろされ、地面に大きなひびを作っていた。
その腕には、一本の長く鋭い矢が刺さっていたのだ。
「くっ!」
矢が飛んできた方を、座朗が顔をしかめて振り返る。
そこには短く髪を後ろで一つに束ねた青年が、低い木の枝の上から長い弓矢を真っ直ぐと構えて、深い茶の瞳で座朗を見据えていた。
「オレの連れだ。勝手に殺されては困る」
夜助は青年を見上げると、苦しげに笑みを浮かべた。
「いつも勝手にいなくなる奴がよく言うな、キサジ」
座朗がキサジと呼ばれた青年を、ギロリと睨みつける。
キサジはひらりと木の枝から飛び降りて、二人に近づいた。
「…………っ」
そのとき、夜助の身体が大きく傾いた。
キサジが素早く彼の身体を支える。
夜助は傷を押さえ、荒く息をしながら口を開いた。
「っ大丈夫だ……」
必死に自力で立っていようとする夜助に、キサジは落ち着いた声で言う。
「下駄で背は誤魔化せても、傷の痛みは誤魔化せない。大人しくオレに支えられてろ」
「…………フッ」
夜助は苦笑いをすると、諦めてキサジにもたれかかった。
一方で、座朗は右腕に刺さった矢を、顔をしかめて抜き取った。
そのとき、今度は夜助を支えるキサジの背後から、桜在が現れた。
「……キサジ、夜助を頼んだぞ」
桜在が座朗の前へと歩み出る。
「諦めろ。今ならまだ殺しはしない」
座朗はニヤリと不気味に笑う。
「桜在……お前もまだまだ甘い奴だな……」
そして、左手で自分の笠を剥ぎ取った。
桜在は厳しい表情で彼を見つめた。
「貴様……そこまでアヤカシに蝕まれていたのか……」
座朗の髪の一本もない禿頭には、醜い不気味な角のようなものと、生々しく太い血管が浮き出ていたのだ。
座朗は襟巻と外套も乱暴に剥ぎ取って、大きな笑い声を上げた。
胸元からも、不気味な赤茶色の毛のようなものが窺える。
「蝕まれているわけではない! 俺は力を手に入れた! 俺の望んだことだ!」
座朗がそう叫び終わると同時に、彼の胸元の着物を突き破って、巨大な虫の足が現れた。
彼の姿はどんどん、人間の姿からはかけ離れた、化け物へと変貌していく。
そして、ついには太い角を持ち、恐ろしい鬼の顔がついた巨大な『鬼蜘蛛』へと完全な姿を露わにしたのだ。
桜在が手に刀を構える。
鬼蜘蛛はギロリと血走った目で桜在を見据えると、恐ろしい唸るような声を出した。
「クク……オマエモ夜助ト同ジダナ……力ヲ持ッテイナガラ、使オウトシナイ……愚カナ奴ラダ!」
言い終わると、鬼蜘蛛は巨大な身体で桜在目がけて、暴れ狂うように走り出した。
「くあっ!」
海刃は鎖鎌を手から弾き飛ばされ、よろずにその場に仰向けで抑え込まれた。
「——っやっぱり、お前には敵わねぇなぁ」
海刃は荒く息をしながら悔しそうに笑う。
よろずも息を乱したまま冷たく笑った。
「はっ、おめぇなんかに負けてたまるかよ」
大鎌の柄に力を込め、さらに海刃を抑えつける。
海刃はキッとよろずに視線を向けた。
「だったら、おれを殺してみろよ」
よろずは無言で表情ひとつ変えず、ただ黙って彼を見つめている。
「できねぇのか?」
海刃がよろずから目を逸らさずに怒鳴る。
そして力を振り絞り、彼を跳ね除け、立ち上がった。
「チッ」
よろずが舌打ちをして、海刃の近くから飛び退く。
——しかし、そのとき。
「よろず! 危ない!」
小雨の声が響き渡った。
「あっ——小雨!」
かずみが止めるのも無視して、小雨はよろずの前に飛び出した。
その瞬間、小雨は鬼蜘蛛の巨大な足に跳ね飛ばされたのだ。
よろずはその光景に目を見開く。
「——っ小雨!」
岩にぶつかって気を失った彼女を見て、よろずは顔色を変え、そこへ駆け寄った。
桜在は暴れ回る鬼蜘蛛を、なんとか刀で斬りつけた。
「!」
しかし間に合わなかった。
桜在は跳ね飛ばされていく小雨に、やるせない気持ちで視線をやる。
鬼蜘蛛は狂ったように笑い転げると、桜在にいたるところを斬りつけられて血で赤く染まった身体を起こし、わめくように言葉を発した。
「ハハハハハ! 桜在、アイツハ、『渠漏丸』ハ貴様ラノ動キニ気ヅイテイルゾ!」
そう言い残すと、鬼蜘蛛は深い山の中へと、長く太い足で暴れながら消えて行った。
桜在は呼吸を整え、頬の傷を拭いながら目を細めた。
「渠漏丸か……やはりな……」




