その四 兄ちゃんの涙
あの日から数日後。
オレはあの日以来、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
その夜は雪が降っていて、オレたちは寒さをしのぐために、こっそり牛小屋の中へ忍び込んだ。
寒さに震えながら、オレたちは藁に潜り込んで、二人で寄り添っていた。
「光我、寒くないか?」
兄ちゃんは寒さに震えるオレを見て、心配そうに声をかけた。
オレはさらに兄ちゃんに身体を寄せると、微笑んでこう答えた。
「兄ちゃんがいるから、あったかいよ……」
そして、少し躊躇いがちに再び口を開いた。
「…………あのさ」
「どうした?」
オレは兄ちゃんに身体を寄せてうずくまったまま、おずおずと尋ねた。
「……兄ちゃんは、母さんと父さんが死んで、寂しくないの?」
両親が死んでから、いや、それまでにも、オレは兄ちゃんが泣いているところを一度も見たことがなかった。
兄ちゃんは笑って答えた。
「はは、俺もお前がいるから、大丈夫だよ」
そしていつものように、オレの頭をくしゃっと撫でた。
でも、その手はいつもより弱々しくて、消えてしまいそうだった。
「……じゃあ、オレがずっと兄ちゃんのところにいるから、大丈夫だね……」
兄ちゃんはなにも言わなかった。
そのとき、兄ちゃんの手が震えていることに気づいた。
オレはゆっくりと兄ちゃんを見上げた。
兄ちゃんの目からは静かに、一筋の涙が流れていた。
オレはそっと、兄ちゃんの手を取って握りしめた。
それがオレが見た、兄ちゃんの最初で最後の涙だった……。
オレたちはなんとか、とある里に辿り着き、そこの道場に併設されている寮に、保護してもらうことができた。
しかし、オレは寮の生活に中々馴染めず、道場の厳しい稽古にもついていけなかった。
厳しい稽古が嫌で、何度もこっそり抜け出そうとしては、連れ戻されて、その度に体罰を受けたり、食事を抜かれたりもした。
そんなんだから、他の訓練生や寮生たちにもいじめられるようになった。
兄ちゃんは、そんなオレを庇って、いじめや体罰を止めようとしてくれたり、自分の分の食事をオレに分け与えてくれたりもしていた。
「ねぇ、兄ちゃんのご飯が無くなっちゃうよ!」
オレは兄ちゃんの食事の量と、分け与えてくれた自分の食事の量を比べて不満を爆発させた。
「お前はしっかり食べないと成長しないぞ。それに俺はあんまり腹が減ってないんだ」
「兄ちゃんだってまだ子供だろ? オレのことばっかじゃなくてちゃんと食べろよ。それに、オレのせいで兄ちゃんのご飯が減ってるのに……」
「いいから食べろ」
「…………」
兄ちゃんはなんでもかんでも、オレのことばっかだった。
オレはそれがいつも不満だった。
オレのことを考えてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと自分のことも考えてほしかった。
兄ちゃんは十三になったとき、退治屋の仕事を始めた。
退治屋の仕事は危険だけど、他の仕事と比べて収入が良い。
でも兄ちゃんは、寮や道場に金を収めないといけないし、相変わらず出来損ないなオレに、こっそり食事を買い与えたりもして、その分の出費もかさむから、他の退治屋のように新しい武器を買う余裕もなく、刀一本でやるしかなかった。
そんなある日、雨に濡れて帰ってきた兄ちゃんは酷い熱を出した。
オレは自分の分の食事を、無理矢理兄ちゃんに食べさせた。
「兄ちゃん、明日ぐらいゆっくり休んでくれよ……」
それでも、兄ちゃんは苦しそうに言った。
「……ダメだ。お前の分の食料がない……」
「オレ、ちゃんと稽古に行くよ!」
「でも、お前には、ここの道場は向いてないだろう……」
「オレだって、頑張って退治屋になるよ!」
「ダメだ……俺が稼いで、お前をここから早く、出してやらないと……」
必死に訴えるオレに、兄ちゃんは消え入りそうな声でそう言うと、静かに眠りについてしまった。
オレはその後も、ずっと兄ちゃんの横についていた。
(……なんなんだよ。自分のこと考えろよ……)
次の日の朝、オレはふと目を覚ました。
オレは布団に兄ちゃんがいなくなっているのに気づいて、慌てて辺りを見回した。
「兄ちゃん? なにやってんだよ!」
オレは、フラフラと出かけようとしている兄ちゃんに駆け寄った。
「……仕事に、行ってくる」
兄ちゃんの顔は赤くて、どう考えてもまだ熱がありそうだった。
オレは兄ちゃんに怒鳴り散らした。
「なに言ってんだよ! いい加減にしろよ! そんなんで、できるわけないだろ?」
オレが兄ちゃんの腕を掴もうとしたときだった。
兄ちゃんはオレが手を触れる前に、ばったりとその場に倒れてしまった……。
「にぃちゃん!」
オレは道場を休み、兄ちゃんを布団に寝かせて看病し続けた。
「……っ光我、腹減っただろ。ごめん……な……」
オレは、そんな兄ちゃんを見てられなかった……。
(なんで……なんでだよ……)




