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その三 兄弟の過去



 

 ——ザクッ!



 

 刀が突き刺さる鈍い音がした。

 光我は目の前の光景に目を見開いていた。

 彼の前には、影利が立ちはだかっていたのだ。

 刀はその背をも突き抜けていた。


 座朗は顔をしかめて刀を引き抜く。


「邪魔をしおって……」


 影利はその場にくずおれた。

 光我は目の前の座朗には目もくれず、兄の元へ座り込む。


「にぃちゃん!」


 座朗はそれでも、容赦なく刀を振り下ろす。

 

 そのとき、空から黒い影が舞い降りた。



 

 ——ギィイィン!



 

 光我と影利の前には、夜助が、座朗の刀を薙刀で食い止めていた。

 夜助はギリギリと薙刀で刀を受けながら、座朗を真っ黒な鋭い瞳でギロリと睨んだ。


「貴様、なぜ光我に刀を向けた」


 座朗は刀に力を込めながら淡々と答える。


「目障りだからだ。情を捨て切れず、甘さを捨て切れず弱いまま……。いつまでも弱い奴は必要ない」


 夜助は座朗の刀を振り払うと、怒りを露わにした。


「…………貴様」



 

 光我は影利の傍らで身を乗り出し、必死に彼を揺さぶっている。


「オイ! しっかりしろよ!」


 影利は薄っすらと目を開けて、苦しげに口を開いた。


「……っ光我……大丈夫だったか……?」


 光我はグッと歯を噛みしめると、思いっ切り怒鳴り散らした。


「……っオレは、昔っからお前のそういうところが大っ嫌いなんだよ! 兄ちゃん!」



 

 ——兄ちゃんは昔から、オレのことをとても大事にしてくれた。


 そしてオレも、両親が呆れるくらい兄ちゃんに甘えてた。

 オレは幼い頃とても弱虫で、村ではいつもいじめられていた。

 その度にオレは泣きながら、兄ちゃんの元へ逃げていた。



 

 その日もオレは村の同じくらいの歳の子たちに、見事に足を引っ掛けられ、派手にこけて泣きながら家へ帰った。

 

 家の庭に兄ちゃんがいるのを見つけると、オレはしゃくり上げながら、真っ直ぐ兄ちゃんの方へ歩いて行った。

 兄ちゃんはオレに気がつくと、呆れ顔で笑った。


「光我……また泣いてるのか? 今度はなにがあった?」


 オレはいつものように、兄ちゃんに正面からしがみついた。


「……うっ……にぃちゃん……」


 兄ちゃんは優しくオレの頭をくしゃっと撫でた。


「もう泣くな。男だろ?」


 オレはそれでも泣きやもうとはせず、相変わらず兄ちゃんにしがみついたままだった。

 本当はもう悲しくなんかなかったけど、兄ちゃんの優しさが嬉しくて、いつまでもそれに甘えていたかっただけなんだ。


 兄ちゃんもきっとそれに気づいていた。

 それでも、いつまでも優しくオレの頭を撫でてくれてた……。



 

 オレたちは、まだ幼い頃に村も家も両親も失くした。


 オレはまだ八つで、兄ちゃんはまだ十二の頃だ。


 あの日オレは兄ちゃんより早く道場が終わって、家へ帰ろうとしていた。

 道場はオレたちが住んでる村の隣の里にあったから、少し家からは遠かった。


 村が見えてきたとき、オレは村の様子がおかしいことに気づいた。

 村の方から煙が見える。


(なにかあったのか? 火事?)


 オレは不安になって、兄ちゃんを待とうかと立ち止まったけど、自分の家も心配だったから、思い直して村へ向かって走り出した。


 村の外れまで辿り着くと、ちょうどその様子が見え始めた。


「——っなんだよ、これ!」


 オレは思わず息を呑んで立ち尽くした。

 村は荒れ果て、いたるところに血が飛び散り、バラバラに引き裂かれた人の手足や身体の部分、剥き出しになった骨なんかがそこら中に転がっていたんだ。


 オレは震える足で立っているのがやっとだった。


 そのとき、後ろから兄ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。


「光我!」


 兄ちゃんは息を切らしながら、オレの方へ駆けて来た。


「兄ちゃん! 村が……っ」


 オレは半泣きになりながら、兄ちゃんにしがみついた。

 兄ちゃんは力強くオレを抱きしめると、すぐに身体を離して早口で言った。


「良かった無事で。ついさっき、里にたくさんのアヤカシが襲ってきたらしいんだ。道場にいたからよく知らないけど、俺たちの村の方から来たって聞いたから……」


 兄ちゃんは言い終わると、オレの手を掴んで走り出した。


「とにかく家を見に行こう!」


 


 オレたちの家に着くまでにも、誰も生存者はいないようだった。


 オレは家に着くと、兄ちゃんより先に家の中へ駆け込んだ。


「母さん! 父さん!」


 しかしなにも返事はなく、隅の暗がりの方でなにか固いものを砕くような音が不気味に響いてきた。



 

 ——グチャ……ゴキ……——



 

 オレは恐る恐る音の方へと目を凝らした。

 そのとき、兄ちゃんがオレを後ろから強く抱え込んで叫んだ。


「ダメだ! 見るな!」


 しかし、オレは見てしまった。

 元は人間、そしてオレたちの両親であったであろうはずのモ(・)ノ(・)が、今はもう人と判断するのが難しいくらいまでに、グチャグチャに引き裂かれ、そしてそれを貪り、しゃぶっている、口を真っ赤に染めた恐ろしい巨大な鼠の姿をした化け物を……。


「アイツらは『窮鼠(きゅうそ)』という妖怪だ……」


 兄ちゃんが震える声でそう言った瞬間、そいつはこちらへ身体を向けると、血にまみれた口を開けて飛びかかって来たんだ。

 兄ちゃんはオレを後ろへ押し退け、腰に差していた刀でなんとかそいつを斬りつけた。


 窮鼠が恐ろしい金切り声を上げて怯んだ隙に、兄ちゃんは再びオレの手を掴んで外へ飛び出ると、全速力で走り出した。


 村を出るまでの間も、いたるところから恐ろしい窮鼠の顔がオレたちを睨んでいた。

 でも、幸い、奴らは人の肉をしゃぶることに夢中で、追って来ることはなかった。




 村を出ても、オレたちはひたすら歩き続けた。


「うぅ……母さん、父さん……っ」


 オレは兄ちゃんに手を引かれて歩いている間も、ずっと泣いていた。

 衝撃が大き過ぎて、そうしてないとおかしくなりそうだった。


 その日は暗くなっても一晩中、村から逃げるように二人でただひたすら歩き続けた。


 オレは一晩中泣き続けた。

 兄ちゃんは、ずっと黙ってオレの手を引いていた……。



 

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