その七 気まぐれな青年
その後、影利と来華は、他のみんなに今あったことを説明し、みんなで女将に娘のことを話して聞かせた。
女将は涙を流しながら、みんなに礼を言った。
影利は女将の娘から預かった、小さな赤い櫛を彼女に手渡した。
「これは、娘の最後の誕生日に私があげたものです。まさか本当に死んでいたなんて……。でも帰って来てくれて良かった……」
女将は大事そうに、その櫛を両手で包み込む。
不意に来華が首を傾げて尋ねた。
「でも、女将さん。なんで、あたしたちを怖がらせるような顔をしたりしたの?」
すると、女将は涙を拭ってニヤリと笑った。
「いやぁ、人を脅かすことが好きなもんでして」
(……娘さんが化けて出たのって、この女将さんに似たんじゃ……)
みんなはそう思って苦笑いをした。
夕飯を食べながら、みんなは気持ちもすっかり晴れて、楽しく会話をしていた。
海刃がご飯を頬張りながら口を開く。
「——れにしても、影利しゃんが徐霊もできうとあ、驚いたな!」
「しゃべるか食べるか、どっちかにしろよ……。そう言えば私たちの中でも、よろずだけが、少し似たようなこともできるんじゃなかったか?」
かずみが呆れた顔で海刃を見つつ、不意に思い出す。
小雨がそれに答えた。
「うん、よろず、神社で育てられてたときに、いろいろ神主さんから習ったって言ってたから」
徐霊師や祈祷師がするような、お祓いや除霊といったものは、寺や神社で特別に修業した者で、しかもほんの一握りほどしかできない、難しい技なのだ。
霊などの『もののけ』を扱うことができる。
来華は感心した様子だ。
「へぇ、徐霊できるなんてすごいね。霊なんて実体ないし、よくわかんないし怖いのに……」
——よろづ世では、怪異的な存在をまとめて『アヤカシ』と呼ぶ。
その中で、固有の姿形のあるものや、実体のあるものを特に『妖怪』、実体を持たず、はっきりした姿形のない霊的な存在を特に『もののけ』と呼ぶ。
妖怪の方が実体がある分、段階的に上ではある。
もののけは妖怪になる前の段階ともいえる。
基本的に、妖怪には物理的攻撃が効くが、もののけには通じない。
その分もののけも、こちらに干渉しにくい存在ではある。
ただ、今回のようにもののけだと明確に断言できる存在ばかりでもなく、妖怪ともののけの線引きが曖昧である存在も多いため、基本的には、アヤカシとまとめて呼ばれることがほとんどなのだ。
そして、アヤカシの起源には大まかに二つある。
一つは、憎しみや悲しみといった、強い怨念から成るもの。
もう一つが、生まれつき不思議な力や神聖な力を持つ人外のもの、または後天的にその力を得た人外の存在である(生まれつき妖怪である小雨や夜助は、こちらに含まれる)。
人々の怨念から成るアヤカシが、害を成すものがほとんどだが、そうでないものでも、同じようにみなされ、ほとんどが同じ扱いを受けてしまっているのである——
かずみはうんと伸びをした。
「妖怪も怖いだろ! ま、とにかく良かったよ! 今晩は宿代もタダにしてくれたしな。いっぱい食うぞ!」
こうしてみんなはのんびりと夜を過ごし、気持ちよく眠りについた。
真夜中に小雨は目を覚ました。
(もう、解決したから大丈夫だよね……)
小雨は独りで厠へ行くと、一階へ通じる階段の踊り場にある窓から、外を眺めた。
(良かった……嵐やんだ……)
外は、今までの嵐が嘘のように穏やかな風が吹き、月まで出ている。
「?」
不意に美しい笛の音が聞こえてきた。
小雨は窓に近寄って鍵を開け、そっと開いた。
冷たい夜風が流れ込む。
小雨は窓から顔を覗かせて、辺りを見回した。
そこには窓の近くの太い木の枝に、一人の青年が静かに横笛を吹きながら腰かけていたのだ。
髪を後ろで短く一つに束ね、着物の上に深緑の破れた外套をまとっている。
腰かけている枝の傍らに、長い弓、腰には刀とやなぐいを携えている。
そして首には、紫檀色の長い大きな襟巻……。
「あっ、あの!」
小雨は思わず身を乗り出して声をかけた。
青年は笛を吹くのをやめ、そっと小雨に目を向けた。
不思議に深い茶色の瞳……。
「来ると思っていた……」
青年がポツリとつぶやく。
「? え、えっと夜代の人ですよね? よろずが今どこへ向かっているか、知りませんか?」
小雨は相手が夜代とわかっているのに、不思議と怖くはなかった。
「……やっぱり奴を追うのか。何故そこまで必死になる?」
青年は小雨の質問には答えずに、逆に問いかける。
「え……?」
小雨は、そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので、きょとんとした。
「自分の身を危険に晒してまでも、連れ戻したいのか?」
青年は表情ひとつ変えずに、再び問いかける。
小雨は真っ直ぐと彼を見つめて、はっきりと答えた。
「はい。とっても大切な人ですから」
青年はじっと深い茶の瞳で小雨を見つめると、傍らの弓を掴んでスッと立ち上がった。
「あの……あ、あなたのお名前は……?」
小雨はおずおずと尋ねたが、青年はひらりと木の枝から飛び降りた。
「お前が知りたいのは、奴の行き先だろう?」
青年はそう言うと、小雨に背を向けて歩き出す。
「えっ! で、でも、それも教えてくれてませんよ?」
小雨は冷たい夜風に吹かれながら、精一杯身を乗り出す。
青年は歩き続けながら、のんびりとこう言った。
「強く望むなら、ちょうど七日後の正午に黒竜山のふもとへ向かえ……。どんな結末になろうと、それを望むならばな……」
小雨は夜風を受けながら、闇夜に消えてゆく青年を呆然と見送った。
(……なにあの人……気まぐれそうな人だなぁ)
小雨は星の瞬く夜空を見上げて、独りつぶやいた。
「黒竜山のふもと……」




