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その六 彼女の想い

 来華と小雨は二人で肌寒い部屋の中、かずみの帰りを待っていた。

 来華は不安になり始めてつぶやいた。


「それにしても、あの女将さんが、そう簡単に口を割るかなぁ」


「やっぱり様子だけでも見てこようよ」


 小雨がそう言って立ち上がる。


「そうだね。じゃ、行こっか!」


 来華もそれに続く。

 まさにそのとき、ピカッと辺りが照らし出され、ものすごい雷の音が鳴り響いた。


「うわぁ!」


 来華は驚いてよろめく。

 行灯の灯りはチラチラと揺れた後、フッと消えてしまった。


「び、びっくりしたね……。小雨?」


 来華は、黙ってうつむいたまま立っている小雨を、不思議に思って声をかける。


「どうしたの? そんなに怖かった? かずみのところ行こ?」


 すると小雨は、突然来華にしがみついてきた。


「だめよ……行かせない……」


「ちょ、小雨?」


 来華は慌てふためいて、彼女を引き剥がそうともがいた。


「私のこと……言わないで……」


 小雨はそう言うと、虚ろな瞳で来華を見上げる。

 その瞬間来華は彼女の姿と重なって、血まみれの長い髪の女の姿を垣間見た。


「いやぁ! やめて! あんた誰よ? 小雨、しっかりして!」


 来華は必死に暴れたが、小雨は、いや、その女は彼女にしっかりとしがみついて離れない。

 

「大丈夫か?」


 そのとき勢いよく襖が開かれ、影利が飛び込んで来た。


「か、影利!」


 来華は救いを求めて叫ぶ。

 影利はなんとか小雨を引き剥がし、来華を救い出した。

 小雨はゆらりとその場にうつむいて立ったままだ。

 それと重なって、女の姿もおぼろげに見える。

 影利は静かに、小雨とその女の前に立つと話しかけた。


「お前はこの宿の、女将の娘だろう? 何故こんなことをするんだ?」


 女がポツリとつぶやく。


「言わないで……」


「なんだ……? お前のことを、女将に言うなということか?」


 影利は不思議そうに首を傾げる。

 来華はその横に立ってこう言った。


「自分が死んじゃったこと、女将さんに知られたくないのかも……」


 すると突然女は泣き崩れた。


「言わないで……言わないで……」


 来華はそれを見て再び口を開く。


「女将さん、この人が生きてるって、強く信じてるみたいじゃない? だから死んでるなんて言ったら、悲しませることになるから……」


「……そうか」


 影利はそうつぶやくと、泣き崩れている女の前にしゃがみ込んだ。


「……でもな、ずっと隠し続けていても、結局はあの人を苦しめることになるぞ……。生きてるか死んでるかもわからず待ち続けることが、どんなに苦しいかわかるか? お前はそうしてずっと、自分の母親を苦しめるつもりか?」


 すると、女は激しく首を横に振った。


「わかってしまったら……忘れられるかもしれない……。私を忘れてしまう……寂し……い」


 来華は気の毒そうに女に視線を向ける。

 影利はその言葉を聞いて、ようやく合点がいった。


「なるほどな……。死んだ人間は、忘れられてゆくってことか……」


 影利は真っ直ぐ女を見つめて口を開く。


「それは、大切な人を苦しめる存在になってもか? お前の母親はそんなに簡単に、自分の子を忘れてしまうような奴なのか? それに……それなら何故、小雨に自分が死んだとわからせるようなことをしたんだ? お前も苦しいんだろ? 本当は、気づいてほしいとも、思ってるんじゃないのか?」


 女は急に泣きじゃくるのをやめた。

 ゆっくりと顔を上げる。

 その顔はもう、血にまみれた恐ろしい顔ではなかった。


「自分の親ぐらい信じてやれ……。そしてお前自身も、あの人も、楽にしてやるんだ……」


 影利は優しくそう言うと立ち上がった。

 大きな数珠を懐から取り出して手を合わせると、静かに目を閉じる。

 来華も彼の傍らに立ち、手を合わせて目を閉じた。

 女の身体は白い光に包まれ始める。


「……ありがとう……。母に……これを……」


 女は小さな赤い櫛を、影利に差し出す。

 彼はそれを受け取った。

 そして、再び手を合わせて目を閉じる。

 女は静かに消えていった。

 後には小雨が、その場に倒れて横になっている。


 そのとき、かずみと海刃が部屋に慌てて入ってきた。


「あっ! 小雨、大丈夫か?」


 かずみが急いで小雨を抱き起こす。

 小雨はゆっくり目を開くと、彼女に大丈夫と笑いかけた。


「そ、それが大変なんだ! さっきまた、かずみが女の霊に——?」


 海刃は、影利も来華も妙に落ち着いているのに気づき、不思議そうな顔をした。


「なんか、あったのか?」




 

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