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その五 女の正体

 影利は独り、自分たちが寝泊まりしている部屋の中央に座り込み、そのときが来るのを目を閉じて静かに待っていた。


 不意にひんやりと冷たい風が吹いて、そっと目を開く。

 そこには、長い髪の女が静かに座っていた。


(来たか……)


 影利は、目の前にぼんやりと見える女に問いかけた。


「……お前は誰だ?」


「…………」


 女は黙っている。


「なんでこの宿にいるんだ? ……なにがあったんだ?」


 しかし女は、なにも答えずに泣き始めた。

 髪が長く、顔を手で覆っているので、どんな顔かも窺えない……。

 不意に女の顔から、だらりと赤黒い血が流れ出た。

 そしてゆらりと揺らめくと、影利の前で溶けるように消えてしまった。

 

 影利はしばらく、女の消えた後を見つめていた。


(……なにが伝えたいんだ……)





 全員は昼食を食べながら、自分たちが得た情報、あるいは起こったことを、それぞれ報告し合った。

 かずみは、みんなから得た情報を上手くまとめ上げた。


「う~ん。じゃあまとめると、この宿に取り憑いてる霊は、おそらく女将さんの娘さんで、小雨が見たのはその娘さんが死んだ瞬間。つまり、山へ行ったときに、足を滑らせて崖から転げ落ちて死んじゃったってことか。そうして、魂だけがここへ帰ってきた……」


 海刃は腕を組んだままこう言った。


「影利さんが言うには、小雨のときもそうだったけど、その人泣いてたんだよな……? どうすれば未練が晴れるんだ……?」


 来華も眉間に皺を寄せて考え込む。


「それが一番問題だよね……」


 影利が口を開いた。


「それに、なんで小雨だけに霊が取り憑くのかも謎だな……。ただ単に憑かれやすい体質なのか……?」


 小雨はうつむいて、小さな声でぼそりとつぶやく。


「あぁ……それは、たぶんアタシが……」


 しかし最後までは言い切らずに、口をつぐんだ。


(雨女——アヤカシだから……)


 そんな小雨を、影利は黙って見つめていた……。




 食べ終わると、みんなはそれぞれ部屋で少し休むことにした。


「嵐……やまないねぇ」


 小雨は窓の外を不安そうに眺めている。


「頼むから、明日にはおさまってほしいよね」


 来華も窓の外を祈るように見ている。

 と、不意にかずみが勢いよく立ち上がった。


「なっ、どうしたの?」


 小雨は驚いて彼女を見上げた。


「私、今日のこと話して、もう一度女将さんに聞いてくるよ」


 かずみはキッと表情を引き締めて、力強くそう言った。


「それならあたしも——」


 来華の言葉をかずみが遮る。


「いいや、人数多いと、女将さんも話し辛いと思うんだ。だから独りで行ってくるよ」


 かずみはそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。


「えっ、待っ、かずみ!」


 慌ててその後を追おうとした小雨を、来華は手を掴んで引き止めた。


「大丈夫だよ。かずみなら」





 かずみは独り、二階の廊下を階段へ向かって歩いていた。


 ——ゴロゴロ


 雷の音にビクビクしながらも、なんとか歩き続ける。

 ちょうど一階へ続く階段に差し掛かったとき、向こうから足音が響いてきた。

 薄暗くてよく見えない。


(また影利さんかな……?)


 かずみは暗がりに、じっと目を凝らす。

 廊下が一瞬雷で明るく光った。


 ——ゴロゴロ


「ひっ!」


 かずみは向こうから歩いて来るものを見て、思わず息を呑んだ。

 そこには、髪の長い女が、全身から血を流しながら、ヒタヒタとこちらへ近づいて来ていたのだ。


 かずみは身体中の震えを必死に抑えながら、階段へ走ろうとした。

 その瞬間、女は長い髪を振り乱して、かずみに飛びかかってきた。


「きゃぁあぁあ!」


 かずみは鋭い悲鳴を上げて、尻餅をついた。

 女が耳元で囁く。


(……お願い……言わないで……)


 女はそれだけ言い残すと、スッと消えてしまった。

 かずみはガタガタと震え、半泣きの状態で尻餅をついたまま固まっている。


 そのとき、今度は背後から足音が響いてきた。


「!」


 しかし、かずみは腰が抜けたのと恐怖とで、振り返ることもできず、その場から動けない。


「……かずみ? お前なにしてんだ?」


 その声は海刃だった。

 かずみは安心して、ボロボロと涙をこぼしながら振り返った。

 そんな彼女を見て海刃は驚き、そのそばに駆け寄ってしゃがみ込んだ。


「オイ! なにがあったんだ? 大丈夫か?」


 かずみは震えながらやっと口を開く。


「あっ、お、女の人がっ……」


 かずみはうまくしゃべれず、それだけ言うのが精一杯だった。

 そんな彼女の背を、海刃が優しくさする。


「そうか、とにかく落ち着け。もう大丈夫だから……」


 かずみはやっと、落ち着きを取り戻してきた。


「あ、ありがとな、海刃!」


 かずみは落ち着くと、なんだかとてつもなく恥ずかしくなり赤くなった。

 海刃は彼女を立ち上がらせながら、ニヤッと笑う。


「へへ、お前は昔から、幽霊とかのもののけの類は全然ダメだからな!」


 かずみはさらに赤くなる。


「う、うるさい! お前だってびびってただろ?」


 彼女はそう怒鳴ると、ふと眉を寄せた。


「……それにしても、さっきの女の人……なんで言わないでなんて……?」




 

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