その四 霊の手掛かり
あれから、かずみと海刃は宿で働いている人たちに色々と聞いて回り、霊に関する情報を集めていた。
まずは厨房で働いている、中年の女中に話を聞いた。
かずみが霊のことを尋ねると、女中は周りを見回して、誰も聞いていないことを確かめ、声を潜めてこう話した。
「そのことなんだけどね、女将さんは誤魔化してるみたいなんだけど、この宿に泊まったお客さんの中に奇怪なことが起こったって言う人は、何人もいるんだよ……」
女中は声を潜めたまま、話を続ける。
「それでね、あんまりこういうことは言いたくないんだけど……前にこの宿で一緒に働いてた女将さんの娘さんがいてね、その人が二年前に山へ行ったっ切り、帰って来ないんだよ。この宿の怪談騒ぎもその頃からだしさ……。
「この宿の霊を見たって人は、それが女の霊だったって言うじゃない? だからあたしは、その女将さんの娘さんが事故かなにかで亡くなって、魂だけが帰って来たんじゃないかって思うんだよね。でも女将さんは、今もずっと娘さんが生きて帰って来ると、信じてるもんだからさ……」
かずみと海刃は他の人たちにも尋ねて回ったが、得られる情報はどれも同じようなものだった。
「う~ん。やっぱあの女の霊は女将さんの娘さんってことみたいだな」
海刃がそう言って、腕を組む。
すると、かずみは少しうつむいた。
「そうだなぁ。でも、もし本当だとしたら……女将さんは気の毒だよな……」
「まぁな。でも、いつまでも、生きてるのかどうかもわかんねぇ奴を待ってんのも、辛いと思うけどな……。そんならどんな結果でも、さっさとわかった方がいいと思うけどな……」
海刃は未だ嵐のやまない窓の外を、ぼんやりと眺めたままそうつぶやいた。
来華と小雨はというと、二階の全く人気のない廊下を歩いていた。
嵐のせいで宿全体が軋む音がする上に、夕方のように薄暗い。
「う~ん。調べるって言っても、実体のない霊をどうやって調べればいいの……?」
来華は、廊下の一番奥の部屋に入り込みながらつぶやいた。
「そうだよねぇ。それにしても、どこの部屋も薄暗いね……」
小雨は布団がしまわれている押入れを、恐る恐る開く。
来華は掛軸の前に立つとニヤッと笑った。
「ねぇ、知ってる? よく霊が出る部屋には掛軸なんかの裏にお札が貼ってあるんだよ」
「……そうなの?」
不安そうに答える小雨に目配せをし、来華はゆっくりと掛軸をめくって後ろの壁を覗き込んだ。
「っえ? うわっ!」
来華は思わず声を上げて、掛軸から飛び退いた。
「え! 来華、どうしたの?」
小雨は急いで彼女の元へ行くと、そっと掛軸をめくった。
「! な、なんだ来華……。違うよ。ただの小さい子供の落書きだよぉ……」
小雨はほっとして笑う。
そこには、赤い色で犬のような、なにかよくわからない、幼い子が描いたと思われる落書きがあったのだ。
「なんだぁ、血かと思っちゃった。もう、紛らわしいことするなぁ。でも暗いところで見ると、やっぱ気味悪いよねぇ……」
来華も安心して苦笑いをした。
しかしそのとき、急に小雨の様子がおかしくなり始め、来華の表情は再び強張った。
小雨は小さくうずくまって震えている。
「ちょ、小雨どうしたの?」
来華は小雨の前にしゃがみ込むと、彼女の肩に手をやって顔を覗き込んだ。
「!」
小雨の目から、大量に涙が溢れている。
「……っ小雨」
来華はどうして良いかわからず、ただ彼女の前に座り込んでいた。
——小雨は妙なものを見ていた。
いや、見ていたと言うより、その光景が頭の中へ流れ込んできたのだ。
小雨は右横に崖が広がる、険しい山道を歩いていた。
雨上がりなのだろう、濡れていて足場が非常に悪い。
不意に小雨は泥に足を取られ、真っ逆さまに崖の下へと転がり落ちていった。
小雨は鋭い悲鳴を上げて、はっと我に返った。
「小雨、小雨! 大丈夫?」
そこには、来華が青ざめた顔をして、自分の顔を覗き込んでいた。
「ら、来華?」
小雨は一瞬状況が呑み込めずに戸惑う。
来華はガバッと彼女を抱きしめると、心配そうに早口でこう言った。
「小雨! 良かった。一体どうしたの? 急に泣き出すし、悲鳴は上げるし……」
「え……? アタシ……?」
小雨は茫然と、今起きたことを思い返していた……。




