その三 やまない嵐
海刃はいつの間にか、影利の寝床まで占領してぐっすりと眠っていた。
しかし不意に寒気がし、ぶるっと震えてぼんやりと目を覚ました。
「うう~ん?」
寝ぼけたまま上半身を起こし、暗い辺りを見回す。
(?……あっれ? おれ、なんで影利さんのところで寝て……?)
「影利さん?」
海刃は影利を探しながら、布団にくるまったままもそもそと自分の場所へ戻った。
が、すぐにとろんとした表情へと戻る。
「ま、いっか」
そう言うと、再びパタリと敷布団の上に横になった。
しかしそのとき、どこからともなく女のくぐもった泣き声が聞こえてきた。
「!」
眠気が吹っ飛んで、ガバッと起き上がる。
「なっ! だ、誰だ?」
布団から這い出ると、彼は声が聞こえてくる古い掛軸へそっと近寄った。
恐る恐る掛軸に手を伸ばす……。
「おわぁあぁあ!」
海刃が掛軸に触れようとした瞬間、そこから大量の赤黒い血がドロリと滲み出てきたのだ。
そのとき、影利が慌てて部屋へ入ってきた。
「オイ! 大丈夫か?」
「うわああ!」
海刃は彼にさえ驚いて叫び声を上げたが、影利とわかるとその足にガバッと縋りついた。
「影利さぁん! どこ行ってたんだよぉぉ!」
影利は困り果てた顔で海刃を引き剥がし、しゃがみ込みながら声をかけた。
「オイ、しっかりしろ! なにがあったんだ?」
かずみと来華と小雨の三人も、急いで部屋へ入って来る。
海刃は震える指で掛軸を指差した。
「あ、あそこから女の泣き声がして、近寄ったら、か、掛軸から血が!」
みんなは一斉にその掛軸を見つめる。
「? 別になにも変わりないぞ?」
かずみが首を傾げる。
「で、でも、さっきは確かに!」
「……そうか。やはりこの宿にはなにかいるな……」
影利はそうつぶやいて立ち上がった。
「なっ、お前らもなんかあったっていうのか?」
海刃は膝をついたまま、みんなを見上げる。
小雨は彼にもさっきあったことを話した。
「そんなことがあったのか! なんなんだよ、ここは?」
海刃はそれを聞いて、さらに青ざめる。
しかし、恐怖よりも眠気が勝ってきたかずみは、欠伸をしながら言った。
「なぁ、もう今日は休まないか?」
来華もそれが移って欠伸をする。
「それもそうだね……。みんな余計疲れたでしょ?」
こうして全員は、とりあえず今夜はもう眠ることにした。
外では未だ、嵐が吹き荒れているようだった……。
次の日の朝、みんなは宿の女将に尋ねに行った。
「この宿ってなにかいるんですか? 本当のこと教えて下さい!」
来華は朝食の支度で忙しそうな女将を問いただす。
「はぁ……? なにかあったんですか?」
わざとらしく首を傾げる彼女に、小雨と海刃は昨晩のことを早口で説明した。
「……そうですか。でも私にはなんの心当たりもありませんねぇ……」
女将はそれでも、なにか隠しているようだ。
「うそ、なにかあるでしょ?」
来華が粘り強く尋ねると、女将はニヤリと笑ってこう言った。
「そんなことより、今日もここからは出られそうにありませんねぇ。この嵐では……。もう一晩お泊りになったらいいでしょう……。御代はお安くしときますから……」
「もう! ぜぇったいあの女将さん、なにか隠してるよ!」
来華は座卓をしばきながら、悔しそうにしている。
「そうみたいだな……」
影利もポツリとつぶやいて味噌汁をすすった。
一方小雨はガクッと項垂れてぼやく。
「それにしても、もう一晩なんて気味が悪いよぉ……」
「くっそ! なんでこんなときに嵐がやまない?」
海刃は恨めしそうに窓の外を睨みつけた。
すると、かずみが魚を箸でつまんだまま、こう提案した。
「よし! じゃあ今日のうちに、あの霊の正体を突き止めてやらないか? どうせやることないんだし! あの女将さんをギャフンと言わせてやるんだ!」
来華がニヤッと笑ってそれに乗る。
「面白そうじゃない?」
他の三人もうなずく。
「絶対突き止めてやる!」
海刃は特にやるき満々だ。
みんなはとりあえず、何人かに分かれて調べることにした。
「俺は独りで大丈夫だ」
影利がそう言ってみんなを見回す。
「えっ! おれ、影利さんとが——」
そう言いかけた海刃の頭を、かずみがしばいた。
「影利さんは大人だから、独りで十分なんだよ! お前は私とだ!」
「え~?」
海刃は口をへの字にしたが、再びかずみにど突かれた。
「四の五の言うな!」
そんなかずみを来華はニヤニヤしながら見ると、小雨の肩に手を回す。
「んじゃ、あたしたちは決まりね! 小雨」
小雨がそれに答えて、ニコッと笑った。
「うん! よろしくね」
「来華、小雨のこと頼んだぞ!」
来華はかずみにニッと笑いかける。
「わかってるって! 二人こそ仲良くやんなよ!」
かずみは僅かに頬を赤らめた。
「よっ、余計なお世話だ!」




