その一 不気味な宿屋
小雨たちはある田舎道を、酷い風雨に吹きさらされながら走っていた。
小雨は冷たい風雨に身体を震わせている。
「寒いー! 冷たいー!」
かずみが走りながら叫ぶ。
「おっ! 宿らしきもの発見! とりあえず、今日は野宿なんて無理だ。宿を取ろう!」
海刃はみんなにそう呼びかけながら、先頭に立って走った。
建物はどうやら本当に宿らしく、古いようだがとても大きな造りをしている。
五人は一斉に宿の中へ駆け込んだ。
「う~、さすがにこの時期の雨はきついよね」
来華はそう言いながら、ずぶ濡れの着物を絞る。
「そうだな」
影利がそう答え、扉を閉めた。
その瞬間——
——ズドーン!
ものすごい雷が鳴り響いたのだ。
「「うわっ!」」
かずみと海刃が驚いて声を上げる。
「……いらっしゃいませ」
不意に暗がりから声がして、宿の奥から年老いた女将がぬっと現れ、二人はまたまた声を上げた。
「「うわぁああ!」」
小雨はその叫び声に驚いて、ビクッと飛び上がった。
来華が呆れて溜息をつく。
「ちょっと、失礼でしょ? あんたたちって変なところ、似てるよね」
「び、びっくりした」
小雨は心臓をドギマギさせながらつぶやいた。
こうして五人は、少し怪しげな宿に泊ることになった。
五人は二階の部屋に、男と女それぞれ二つに分かれて部屋を取った。
小雨、かずみ、来華は、さっそく雨で濡れて冷えた身体を温めようと、温泉に入った。
「うわ~、気持ちいいな!」
かずみは嬉しそうに湯につかりながら、歓声を上げる。
「うん!」
小雨も湯につかって、ニコニコとしながらうなずいた。
「う~ん、たまには心を癒すのも必要だよね~」
来華は温泉の中でうんと伸びをする。
小雨はふと心配そうにつぶやいた。
「それにしても、すごい嵐だよね。明日までにおさまるかな?」
ぶくぶくと湯に潜っているかずみを他所に、来華は優しくこう答える。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。きっとあっちだって、この嵐じゃ先へは進めないはずだし。それに情報がここ最近途絶えてるから、この後どうするか考えないと……」
小雨は不安そうな表情のまま、小さくうなずく。
直接、かずみがやっと湯から顔を出した。
「それにしても、この宿ってなんか陰気くさいよな~。私たち以外に泊まってる奴らいんのかな……?」
「確かに他に人がいる感じがしない……」
来華も少し考え込むようにつぶやく。
「嵐だからじゃないのかな……?」
小雨もそう言いながらも、少し不安を感じていた。
風呂から上がった後は、みんなで食事をとった。
「建物は薄気味悪いけど、食事はうめぇな!」
海刃は焼き魚を頬張りながら、元気に言った。
「ところで、これからどうする? この宿でも奴らの情報はなしだったな……」
影利が箸を置いて、みんなに問いかける。
来華もすすっていた茶を置き、眉間に皺を寄せた。
「奴らがどこら辺に向かってんのか、わからなきゃ、進みようがないよね……」
他の三人も、箸を止めて考え込んでいる。
そんな中、海刃が沈黙を破った。
「まっ、こういうときは真っ直ぐ進むしかないだろ!」
「は? ちょっと、真剣に考えてんのか?」
かずみは呆れた顔をしたが、影利は口元に手をやって考え込んだまま言った。
「いや、でもなにもしないで立ち止まっているよりかは、適当にでも進めば、なにか情報が得られるかもしれないしな……」
小雨もそれにうなずく。
「うん、アタシもそう思う」
来華はニコリと笑った。
かずみは腕を組んでつぶやく。
「う~ん、なるほどな。お前もたまにはいいこと言ってんだな」
海刃は再び箸を手にしながら、少し口を尖らせた。
「なんだよ、たまにはって」
全員は食べ終わると、それぞれ旅の疲れを癒そうと、早くから床に就いた。
海刃はもぞもぞと、隣に少し離れて寝ている影利の背の方を向き、そっと声をかけた。
「……影利さん、起きてるか?」
影利は海刃に背を向けたまま返事をする。
「あぁ」
海刃は少し躊躇いがちに尋ねた。
「影利さんって、確か弟を追ってんだよな? ……影利さんの弟のこと、聞いてもいいかなぁ、なんて……」
影利は少し間を置いて話し出した。
「……俺の弟は、お前と同い年で、名は光我というんだ。アイツが俺の前からいなくなったのは、今から四年も前のことだった……。俺たちは幼い頃に住んでいた村がアヤカシに襲われて、家も両親も失くしたんだ。そのとき俺はまだ十二で光我はまだ八つだった。俺に残されたのは、たったひとりの家族の幼い弟だったから、俺が守ってやらなければと思って一生懸命働いたんだ……。盗みをしたこともある……」
「…………そうだったのか」
海刃は影利の過去に衝撃を受けた。
「でも四年前のあの日に、突然光我は俺の前から消えたんだ……」
「なんでだ?」
海刃は一番疑問に思っていたことを尋ねたが、影利はこう答えただけだった。
「わからない…………」
影利は幼かった頃の弟を思い出す。
——アイツは、よく泣く奴だったな……。
「光我……また泣いてるのか? 今度はなにがあった?」
まだ幼かった光我は、また泣きながらとぼとぼと俺のところへ戻って来た。
「……うっ……にぃちゃん……」
光我はしゃくり上げながら、いつものように俺にしがみついてきた。
俺はフッと笑ってくしゃっと光我の頭を撫でた。
「もう泣くな。男だろ?」
光我はそれでもやっぱり泣きやみはせず、俺にしがみついたままだった……。
家も両親も亡くし、寒い夜を牛小屋で過ごしたこともあった……。
俺たちは藁に潜り込み、二人で寄り添って寒さをしのいだ。
「光我、寒くないか?」
白い息を吐きながら隣でうずくまる光我に、俺は囁いた。
光我はさらに俺に身体を寄せると、ニコッと笑って答えた。
「兄ちゃんがいるから、あったかいよ……」——
「光我はとても俺に懐いていたんだ。……?」
影利はやけに静かになっているのに気づき、起き上がって海刃の方を見た。
海刃は既に、気持ちよさそうな表情を浮かべて眠っている。
「…………」
影利は自分から聞いてきたくせに眠ってしまった海刃と、独り言になってしまった自分の言葉を不愉快に思いながら、独り顔をしかめた。
そのとき、廊下で人が歩いているような、軋む音が聞こえてきた。
影利はなにか奇妙な感じがして、そっと布団から抜け出て立ち上がった。




