その五 よろづ世のはじまり
大入道に夜中に起こされたせいで、二人は昼近くに目を覚ました。
二人は、運よく無事だった、大量の書物が保管されている大きな蔵を、城の敷地内に見つけ出し、『よろづ世のはじまり』に関して記されているはずの書物を、一日中捜し続けていた。
「だー! こんなところから、見つけ出せるわけねぇだろ!」
光我はついに癇癪を起こして、書物が保管されている棚を足で強く蹴った。
その振動で、大量の書物が光我の頭上に降り注ぐ。
「うわぁ!」
光我は頭を抱えて縮こまった。
そんな彼を見て、よろずは溜息をついた。
「オイ、あんまり蔵の中を荒らすなよ。余計見つけにくくなるだろうが……」
光我は舌打ちをして、降ってきた書物を払い除けながら立ち上がる。
「それにしても……この蔵にある書物は、なんだか説教くさいっつーか、なんつーか……そんな内容のもんばっかだな……」
よろずは疲れた顔で、手に持っていた書物を元の位置に戻しながら、ぼそりとつぶやいた。
ここにある書物には、『アヤカシに憑依された際の人体への影響』、『アヤカシに蝕まれていく心身の過程』、『アヤカシに憑依された場合の危険性』、『アヤカシに取り憑かれた際の祓い方』、等々……そういった内容の物が、所狭しと並べられている。
(夜代に入ってるオレたちに、こんな場所に来させて、桜在さんは、一体なんのつもりだってんだ……)
よろずは内心、桜在のことを不審に思いながらも、書物を探す手は止めずにいた。
光我には、そんな彼のつぶやきは耳に入らなかったようで、さもかったるそうに大きな伸びと欠伸をしている。
「ぬっ! くそ」
そんな中、よろずは高いところの棚に手が届かずに、苦戦を強いられた。
光我はよろずに近づくと、彼の手の届かなかった棚からヒョイと書物を抜き取った。
「こんなところも届かねぇのかぁ? ちゃんと向こうに梯子があんだから、自分の背丈考えろよ」
ニヤニヤとしながらそう言う光我の腹に、よろずは強烈な拳を一撃食らわせる。
「いちいちうるせぇんだよ! 邪魔すんじゃねぇ!」
光我も負けじとよろずに殴り返す。
「んだと、てめぇ! せっかく背が足りねぇみてぇだから、取ってやったのによ!」
「いって! 誰も頼んでなんかねぇ!」
「なんだとぉお?」
こうしてまたもや、小さな争いが始まった。
二人は暴れたせいで棚に激突し、今度はその上に大量の書物が降り注いだ。
とっさに二人は頭を抱えて縮こまり、目を瞑る。
「「うわぁあ!」」
二人は書物を押し退けながら立ち上がった。
「てっめ、なにしやがんだよ!」
光我が頭に乗っかった書物を手に持ったまま、そうわめく。
「い、いや、今のはなんて言うか自業自得——っああ!」
よろずは光我の持っている書物を指差して叫んだ。
「あ?」
光我は腹立たしげに書物を睨みつけた。
その表紙には『よろづ世の歴史』と書かれている。
「貸せ!」
よろずは勢いよく光我の手からそれをもぎ取って、パラパラと開いた。
「オイ、どうしたんだよ?」
光我は気づいていなかったようで、よろずの隣に立ってそれを覗き込んだ。
「あったぞ! コレだ!」
よろずは食い入るように書物を見つめたまま、声を高ぶらせた。
「本当か?」
光我も目を輝かせる。
よろずは『よろづ世のはじまり』について書き記してあるところを、声に出して読み始めた。
——今よりはるか昔、人々は戦いに明け暮れていた。
その醜い争いは、多くの数え切れぬ犠牲を出した。
そしてその人々の醜い行いはまた、多くの計り知れぬ憎悪の念を生み出した。
その憎悪の念を抱いた魂はとどまる所を知らず、ついには人々に害をなす『アヤカシ』と化し、人々を苦しめた。
人々は、自らが生み出してしまった、とどまる所を知らぬ『アヤカシ』によって滅びゆくことを恐れ、皆で知恵を出し合い、策を練った。
その際、とある一人の祈祷師が、偶然にも、もうひとつの世界への入り口、『あわい』を見つけ出した。
あわいは各地に存在し、同じ世界へ通ずることが確認された。
その祈祷師は何十人もの力のある祈祷師たちを集め、あわいを開き、こちら側に人々の憎悪で歪んだ魂や『アヤカシ』を残して、あちら側に人々を送ったのだ。
しかし、それを知らされていなかった者たちは多くの『アヤカシ』と共に、こちら側の世界に取り残された。
残された人々は『アヤカシ』に呑み込まれてしまわぬよう、懸命に戦って生き抜いてきた。
そうしてなんとか、この世を保ち続けてきたのだ。
人々は、とどまる所を知らぬ憎悪の念と、それから生まれる『アヤカシ』、そして終わり無き苦しみから、いつしかこの世を『よろづ世』——永久・限りなく続く世——と呼ぶようになった。
人々が在り続ける限り、『アヤカシ』は生まれ続ける。
人々が在る限り、この『よろづ世』は終わらない。
そう、我らは人々に、世界に、神に見捨てられし者——
よろずが読み終わった後も、しばらく二人は黙ったままだった。
光我が不意に口を開く。
「この世界にもうひとつの世界があるだあ? そんなこと、本当にあんのか……?」
「さあ……どうだろうな……にわかには信じられねぇが……」
よろずはそう答えると、力なく苦笑いをした。
「にしても、『よろず(づ)』って名は、どうもろくな意味じゃねぇみてぇだな……」
「…………」
光我はそんなよろずを黙って見つめると、不意にポーンと頭を叩いた。
「なっ、なにすんだよ!」
よろずは書物を開いたまま、光我に食ってかかる。
しかし、彼はいつものようによろずを揶揄おうとはせず、真顔でこう言った。
「つまらねぇこと気にしてんじゃねぇよ。おめぇのは違った意味かもしんねぇだろ。お前はお前なんだよ」
よろずはきょとんとして光我を見ていたが、ニッと笑った。
「光我……おめぇ、最初はすげぇ嫌な奴だと思ったけどよ、意外といい奴だよな」
光我はみるみるうちに顔を赤らめて、そっぽを向く。
「なに言ってやがんだよ!」
よろずはそんな彼を嬉しそうに、ニヤニヤとしながら見ていた。
二人はその日は再び天無城で夜を明かし、次の日の朝に出発した。
目当ての書物を手に入れ、相変わらず吹き荒れる砂嵐の中、二人は天無城の敷地内から外へ出る。
よろずは大入道が崩してしまった城を見上げた。
そしてふと、眉を潜めた。
(あれ……? なんか、少し元に戻ってないか……?)
そんなよろずを他所に、光我が歩き出しながら声をかける。
「オイ! 行くぞチビ!」
よろずはその言葉に、今浮かんだ疑問が吹っ飛んでムッと顔をしかめ、光我の背に体当たりをした。
「ってめぇは、ほんっと腹立つ奴だな!」
光我は背中をさすりながら、そう怒鳴る彼を見てニヤッと笑った。
「へっ、本当のこと言っただけじゃねぇか!」
「なんだとぉ?」
こうして二人は相変わらず喧嘩をしながら、黒竜山のふもとへと長い道のりを歩き出した。
しかし今の二人は、最初の頃とは違い、まるでどこか、本当にじゃれ合っているかのようだった……。




