その四 月夜の戦い/蝋燭の灯り
大入道は、二人の後を追って城の扉を突き破り、砂嵐の吹く夜の闇の中、ぼんやりと光る月明かりにその巨大な姿を露わにした。
大入道は、一般的な大人の男の四、五倍ほども背丈がある。
大入道は豆粒のような二人を見下ろし、向かってきた。
二人はすかさず刀を振りかざし、その足を斬りつける。
「ぐおぉ!」
大入道は痛みに呻き声を上げたが、その足はとても固く、それほど深くは斬りつけられなかった。
「くっそ! こんなにでかいと、どうしようもねぇな!」
よろずはそう叫んで刀を収めると、背の大鎌を手にした。
「でかい上に固すぎるな!」
光我もそう言いながら、刀を収めて腰から素早く鎖鎌を手にする。
よろずは初めて光我の鎖鎌をまともに見た。
光我の武器は海刃の鎖鎌とは違い、鎖の両端に少し大きめの鎌がついている。
刃も特徴的で、ギザギザの変わった形をしている。
よろずは眉を潜めた。
(あんな両端に刃がついた鎖を、どう扱うってんだ? 海刃の鎖鎌も、なかなか扱える奴はいねぇのに……)
そうこうしているうちに、大入道はまた両腕を振り回しながら襲ってくる。
二人は急いで、城を囲んでいる城壁の屋根の上へと、崩れている所からよじ登った。
光我は大胆にも大入道の腕へ飛び移り、あっという間に肩まで這い上がった。
大入道が光我を掴もうと手を伸ばした途端、光我は風をも切り裂くように、鎖鎌を驚くほど素早く操って振り回し、大入道のその数え切れない目を、いくつも潰してしまった。
よろずは光我の鎌が、彼自身を斬りつけるのではないかと、内心ひやひやしながら見ていたが、鎌はまるで光我の身体を避けるように動いている。
まるで、それは生きているかのように……。
遠目から一瞬、光我の瞳がギラリと赤く光ったように見え、鎖鎌は大人しく彼の手に納まった。
目を押さえて暴れ出した大入道から、光我が飛び降りたのと同時に、よろずは巨大な鎌で大入道の太ももを深く斬りつけた。
大入道は、雷の轟くような悲鳴を上げながら倒れていく。
大入道の足がぶち当ったおかげで、二人は崩れる城壁に足を取られ、砂地へと投げ飛ばされた。
「「うわぁあぁ!」」
二人は砂の中に派手に倒れ込んだ。
大入道は城の一部分を崩してしまい、それに強く頭をぶつけたらしく、その場に伸びている。
茫然と転げたままその光景を見ていた二人の前に、一瞬砂嵐と混ざって大きな風が吹き荒れた。
二人は思わず目を瞑る。
大入道は砂のように、その風に溶けて消えていった。
二人は砂嵐の音だけとなった中、しばらく茫然としたまま大入道の倒れていた場所を、上半身だけを起こして見つめていた。
互いに顔を見合わせると、不意に笑いが込み上げてくる。
「はは、やられる前に逃げやがったか」
よろずはニヤッと笑ってそう言った。
光我もニッと歯を見せて笑う。
「アイツ、身体は固いくせに、頭はよぇーみてぇだったな!」
二人は堪えきれずに、その場に転がったまま笑い合った。
笑いが収まると、二人はようやく立ち上がった。
光我は少し崩れてしまった城を見て、顔をしかめる。
「チッ、あの野郎、派手に壊しやがって。例の書物があるはずの蔵を、潰しちまってねぇだろうな?」
よろずも城を眺めながら言った。
「とにかく、また今日の寝床は確保しねぇとな」
二人はその後、城の中の壊されていなかった部屋を見つけて、その中で夜を過ごすことにした。
一本の大きな蝋燭に火を灯し、二人はそれを囲んで座っていた。
城の扉が壊されたせいで、砂嵐が吹き抜ける音がヒューヒューと聞こえてくる。
少し隙間風が入ってくるので、先ほど寝ていた部屋よりだいぶ肌寒かった。
時折入ってくる隙間風に、蝋燭の火はチラチラと揺れ、その度に二人の影も揺らめいた。
よろずは蝋燭を見つめたまま、口を開いた。
「なぁ、おめぇのその武器、変わってるよな。使いこなすには、だいぶ苦労したんじゃねぇのか?」
光我もぼんやりと蝋燭を見つめたまま、答える。
「……コイツはオレにしか扱えねぇ。というより、今のオレだから扱えんだけどな……」
よろずは光我の意味深な言葉を聞いて、探るように彼を見ながら再び問いかけた。
「おめえ、さっきはよくあんな暗闇の中を普通に走れたな……?」
「……まぁな」
光我は視線を蝋燭に向けたままだ。
よろずは彼が『夜代』に入って、どんな力を得たのかが気になった。
光我はふと、よろずの傍らに置いてある大鎌に目をやった。
「てめぇの持ってる武器も初めて見るぞ。大鎌か……まるで死神だな……」
そう言って光我はフッと笑う。
「…………」
よろずはなにも答えずに、蝋燭の火に視線を戻した。
光我が再び口を開く。
「……お前はなんで、『夜代』に入ったんだ?」
よろずは少し間を置いて答えた。
「強くなるためだ」
「それは、なんのためだ?」
よろずは僅かに視線を落とした。
「……自分のためだ」
光我はそんなよろずを、探るような目で見ている。
よろずは顔を上げて聞き返した。
「おめぇは?」
光我は蝋燭に視線を戻し、それに答える。
「オレもお前と一緒だ……」
よろずは彼が話すのを黙って聞いた。
「……オレは独りで生きていけるほど、強くねぇし度胸もねぇ……。でも、独りで死ぬのも……怖い。……オレは、弱虫だ……」
光我が消え入りそうな声で言ったことが、聞き間違いかと思って、よろずは彼の表情を窺った。
しかし光我は、苦しみと悲しみを必死に押し殺したような、複雑な表情を浮かべている。
光我はすぐに顔を引き締めて、言葉を続けた。
「だからオレは、どんなに汚くてみっともなくても、こんな力に頼って生きてくしかねぇんだ」
よろずはしばらく黙っていたが、不意に光我の目を見てこう尋ねた。
「光我、おめぇ兄貴がいるんだな……」
「え?」
光我は戸惑いと驚きを隠せないような表情を浮かべて、青ざめた。
よろずはそんな光我を見つめたままだ。
「さっきオレが起こそうとしたとき、お前『兄ちゃん』って呼んでたから……」
光我は目を泳がせながらうつむくと、ぽつりとこう答えた。
「あぁ……オレには兄貴がいる……」
よろずは、そんなうつむいて小さくなった光我を見て、思う。
(なんだよ……コイツだって強がってても、まだオレと同じガキじゃねぇか……)
二人はその後しばらく無言だった。
よろずは隙間風に揺らぐ蝋燭を、ぼんやりと見つめていた。
(……コイツにも、きっとなにか、わけがあるんだろう……)
沈黙して灯りを囲む二人の気づかないところでは、風の音に混じって、数え切れないアヤカシたちの悲しみの声が、荒れ果てた天無城の中で反響していた……。




