その三 天無城のアヤカシ
真夜中のことであった。
よろずは不意に、遠くから聞こえる足音に目を覚ました。
よろずは少し寝ぼけてボーっとしていたが、近づいて来る足音にはっとして、そばに置いていた刀を握りしめた。
ボロ布をすっぽりと被ったまま、暗闇の中、じっと耳を澄ませる。
足音は二人のいる部屋の前でピタリと止まった。
よろずはいつでも起き上がれるよう、布の中で体制を整えた。
襖がスゥッと開く音がする。
しかし、それが中に入って来る気配はない。
暗闇の中で声がした。
「……客人か。ならば、おもてなしせねば」
その声はなにかを部屋の入口に置くと、襖を閉めて歩き去って行った。
よろずはそっと起き上がり、手探りでマッチを取り出すと、燭台に火を灯した。
そして、部屋の入口まで灯りを持ったまま、謎の声が置いていった物を確かめに行った。
入口のそばに置いてある、白くて細い物を手に取って拾い上げる。
(……骨か?)
それはなにか、小さな動物の骨のようだった。
よろずは寝床に戻ると、光我を起こそうと、彼の傍らに燭台を置いてしゃがみ込んだ。
光我はちょうど獣が丸まっているような格好で、しっかりとボロ布にくるまって寝入っている。
よろずは光我を揺り動かした。
「……光我! 光我!」
しかし、光我はさらに縮こまって、わけのわからない寝言をつぶやいただけだった。
「ん~……にぃちゃん……オレぁ△×○※$~——」
こうして寝ているときの光我は、普段からは想像できないほど穏やかで、幼さすら感じられる表情をしている……。
「…………オイ、光我! 起きろよ!」
よろずはさっきより強く揺さぶり、声を大きめにした。
「……?」
光我はようやく眠そうに、薄っすらと目を開ける。
そして目をこすりながら、よろずに気づくとこう言った。
「…………なんだよ、よろず? 厠にでも着いてってほしいのか……?」
「ふざけてねぇでさっさと起きろ! アヤカシが出たかもしんねぇぞ!」
光我はそれを聞くと、ようやくはっきりと目を開いて起き上がった。
「アヤカシ?」
よろずは先ほどの骨を、光我の目の前に突き出した。
「見ろ。なにかの骨だ。さっき誰かがこの部屋に来て、オレたちの様子を見た後、そこの入口に置いてったんだ」
「なんだそりゃ? どういうつもりなんだ? そいつは……」
光我がそうつぶやいたとき、再び廊下から足音が響いてきた。
さきほどより大きな足音だ。
二人は素早く布に潜り込み、刀を握る。
よろずはとっさに灯りを消した。
足音はまたもや二人のいる部屋の前で止まった。
スゥッと襖が開かれる。
二人は息を潜めた。
しかし先ほどと同じく、中へ入って来る気配はない。
さっきより少し上の方で声がした。
「……客人か。ならば、おもてなしせねば」
そしてその声は、またなにかを入口に置き、襖を閉めると去って行った。
よろずは布から這い出て燭台に火を灯し、声の主が置いていった物を拾い上げた。
「オイ、そりゃなんだ?」
光我もそろそろと布から抜け出して、よろずの方へと近づく。
「これは……なにか小さい動物の頭蓋骨だ」
「なんで、んなもん置いてくんだ? 奴はなにを考えてんだ? そもそも、アヤカシなのかもはっきりわからねぇな……」
光我は口元に手を当てて、考え込むように顔をしかめた。
よろずも困ったような表情を浮かべる。
「そうだな……。それに、さっきよりでかかった……」
光我はよろずの手からその骨を取ると、さきほどの骨と見比べた。
「さっきよりでかかったって、どういうことだ?」
光我がそうつぶやいたとき、またもや足音が響いてきた。
「チッ、またかよ!」
光我は骨を持ったまま、急いで布の中へ潜り込んだ。
よろずも慌てて燭台の火を吹き消して、布を頭からスッポリと被る。
足音はさっきよりもさらに重く大きい。
足音は今までと全く同じように、部屋の前で止まった。
襖が開く。
やはり部屋には入って来ずに、さっきより低く重い声が、普通の人間からは考えられないような、高い位置から響いた。
「……客人か。ならば、おもてなしせねば」
そう言うと、声の主はなにかをガラガラと大量に入口の近くへ置き、再び襖を閉めて去って行った。
よろずは急いで灯りを灯した。
光我も布からいそいそと出てきて、入口に置かれていった物に近寄った。
「……! オイ、さっきよりえらくでけぇ骨があるぞ?」
よろずも光我の隣に立って、そこにある物を覗き込んだ。
「本当だ!」
「なぁ……まさか、コレって人の骨……とか?」
光我はそう言って、小さくニヤッと笑う。
二人はチラリと顔を見合わせた。
「……オイ、アイツさっきより、随分デカかったよな……」
何本も積み重なっている骨を見下ろしたまま、光我はぽつりとそうつぶやく。
「ああ。おめぇが寝てるときはもっと小さかったぞ……」
よろずはそう答えると、スッと骨のそばに屈み込んで骨を触った。
「なぁ、ひょっとしてこの骨は、オレたちに対する脅しじゃねぇのか?」
よろずの言葉に光我はフッと笑って、先ほどの小さな骨を、積まれた大きな骨の上へ放った。
「へっ、つまりあの野郎はオレたちに、恐怖という名のおもてなしをしてるってわけかよ」
よろずもニヤリと笑う。
「ま、そういうことだな。お前らもこういう風にしてやるぞってことだろ。でも、そろそろ、正式におもてなしされるかもしれねぇな」
そのとき、また足音が響いてきた。
二人は急いで布に潜り込む。
よろずは今度は灯りを消さなかった。
足音は床が震えるほど大きな音を響かせて、近づいて来る。
——ズシーン ズシーン
部屋の前で足音が止まる。
襖がめりめりと音を立てて突き破られた。
はるか頭上で声が響く。
「……客人か。ならば、おもてなしせねば」
そう言うとその声の主は、ガラガラとなにかを大量に入口へと転がした。
二人は勢いよく布から飛び出て、それを見た。
それは、大量の人の頭蓋骨だった。
「やっぱりな」
光我がポツリとそうつぶやく。
二人は、部屋を覗いている声の主を見上げた。
そこには、数え切れないほどの目をつけた、巨大な大入道が、身体を曲げて無理矢理部屋を覗き込んでいたのだ。
「コイツがこの城に住むアヤカシか」
よろずは素早く大鎌を背負って刀を抜いた。
光我も自分の武器を腰に巻きつけ、刀を抜く。
「お目覚めのようだな客人。ならば、改めて、おもてなしせねば」
大入道は雷のような声でそう言うと、その巨大な手を伸ばしてきた。
二人はその手を避けながら、襖を突き破って、部屋の外へと転がり出た。
しかし、燭台の灯りが消えてしまい、突然辺りが真っ暗になってしまう。
よろずは壁に手をついて面喰った。
そのとき、誰かにグンと腕を掴まれ、強く引っ張られた。
「うわっ!」
おそらく光我だ。
よろずはつまずきそうになりながら、光我にグイグイと引っ張られて行った。
彼は暗闇でも、まるで目が見えているかのようだった。
大入道は、城内のいたるところを破壊しながら追って来る。
「オイ、オイ、オイ! 自分の家は大事にしろよ! そんなに壊されちまったら、寝床がなくなっちまうだろうがよ!」
光我はそう叫びながら、よろずの腕を掴んだまま走っている。
光我に引っ張られて行き、よろずは暗闇の中、やっとの思いで城の扉へ辿り着くと、砂嵐の吹き荒れる夜の砂漠へと走り出た。




