その一 砂嵐の中で
砂嵐の中、よろずと光我は笠を被って歩いていた。
「ったく! これじゃ、前が見えやしねー」
光我は砂嵐に負けじと声を張り上げ、悪態をつく。
「オイ、本当にこっちであってんのかよ?」
「あってるはずだ! と思うけどな……」
光我の返事に、よろずはますます不安になった。
(オイ、大丈夫なのかよ……)
そんなよろずの不安を他所に、光我は再び声を張り上げる。
「オイ、よろず! ちゃんと着いて来いよ! てめぇちっこいんだから、オレが見失っちまうだろ!」
そう言って、よろずの方を振り返ろうとした光我の紫檀色の長い襟巻を、よろずは思いっ切り引っ張った。
「うぐ!」
「てめぇ、締め殺すぞ!」
そう怒鳴るよろずの襟巻を、光我も負けじと引っ張って怒鳴り返す。
「てめぇ、なにしやがんだ!」
「うっ、野郎!」
よろずは再び光我の襟巻を、さらに強く引っ張った。
「ぐっ、てめ、チビのくせに!」
光我もさらに強く引っ張り返す。
「むぐっ! おめぇがデカ過ぎんだよ!」
「うっ! てめぇなんか、男のくせしてちっこい上に、んな可愛らしい面してんじゃねぇか!」
「! あんだとぉお?」
こうして、二人が醜く幼稚な争いを繰り広げているときだった。
——バサッ
頭上で砂嵐の音と混ざって、翼の羽ばたくような音がし、二人の目の前に、一人の青年がどこからともなく現れたのだ。
「……お前ら、なにをじゃれ合ってるんだ?」
二人は同時に怒鳴り散らした。
「「どこがだ!」」
そして、はっとその青年を見つめた。
光我が驚いて声を上げる。
「夜助じゃねぇか!」
よろずは夜助と呼ばれた青年を、しげしげと眺めた。
ツンツンと立っている真っ黒な短髪に、真っ黒な黒目が印象的な切れ長の瞳。
そして首にはもちろん、紫檀色の襟巻が巻かれ、黒を基調とした山伏のような服装、腰には刀、背には長い薙刀を背負っている。
彼は高い下駄を履いているようだが、今はだいぶ砂に埋もれてしまっている。
——なんだか変わった格好だ——よろずはそう思った。
夜助は口を開いた。
「伝言だ。今から二週間後の正午に、ここから東の方角にある黒龍山のふもとで落ち合うと、桜在と座朗が言っていたぞ」
それを聞いて、光我は顔をしかめる。
「チッ、アイツらもう終わってんのかよ。オレたちはまだ着いてもねぇってのによ」
すると、夜助は少しきょとんとしてこう言った。
「なんだ、天無城へ向かってるつもりだったのか? それなら、だいぶ方向が逸れているぞ……?」
「「なに~!」」
二人は思わず叫び声を上げる。
よろずはチラリと光我を見た。
「くっそ、とんだ時間の無駄になっちまった!」
光我はイライラと砂地を踏みつける。
夜助は呆れ顔で言った。
「ちゃんと確認しながら来たのか?」
「う、うるせぇな。てめぇこそ、キサジはどうしたよ? またはぐれちまったのか?」
すると、夜助は憤慨したような顔をした。
「今回は違う! アイツはアイツで用を任されているんだ! それに奴の気まぐれでいつも、アイツが勝手にフラフラと消えてしまうんだ!」
光我はそんな夜助を見てニヤッと笑う。
「てめぇが余所見してるからだろ? アイツがああだからこそ、てめぇに任されてるんじゃねぇのかよ?」
夜助はキッと光我に目を向けた後、よろずに向き直った。
「お前がよろずか?」
「ああ」
夜助は真っ黒な瞳で、なにか考えるようによろずを見つめた。
「俺は夜助だ。桜在からお前のことは聞いた……。まぁ、こんな奴と二人で大変だとは思うが、上手くやってくれ」
夜助がまともそうなのにほっとして、よろずはうなずいた。
「あぁ、なんとか……」
「オイ、どういう意味だ!」
光我が怒鳴るのを完全に無視しながら、夜助は方角を指し示す。
「天無城はここから北西の方だ。大きな建物だから近づけばすぐにわかるぞ。俺はもう行く。ちゃんと伝えたからな」
「あぁ、御苦労だったな」
よろずはそう言いながら思った。
(なんだ、『夜代』の中にもまともな奴がいるじゃねぇか……)
「……最後にひとつ」
夜助が再び口を開く。
「天無城へ行くなら気をつけろ。あそこは別名『妖怪城』とも呼ばれているからな……」
よろずと光我は二人で顔を見合わせた。
「じゃあな」
夜助がそう別れを告げた瞬間、目の前に黒い大きな影が広がった。
それは一瞬のうちに、翼の羽ばたくような音と共に、砂嵐の中へと掻き消されていった。
「なっ!」
よろずは突然の出来事に、慌てて彼を探して辺りを見回す。
光我はそんなよろずを見てこう言った。
「夜助は『鴉天狗』なんだ」
「鴉天狗?」
よろずは目を丸くする。
光我はフッと軽く笑った。
「なに驚いてんだ? 『夜代』は化け物の集まりだぞ。オレもな……。てめぇもいずれそうなんだろ?」
よろずは黙って光我の横顔を見つめていた。
黒い影が空を縫うように飛んでいる。
ヒューヒューと耳元で風の鳴る中、夜助は——鴉天狗は空を翔けていた。
大きな黒い翼を羽ばたかせ、ヒトの姿から鳥人の姿となった夜助には、黒く鋭い嘴があった。
(よろず、か……)
夜助は翼でうまく風を切りながら考え込んでいた。
(桜在は奴らに託したんだな……。頼んだぞ、キサジ……)




