その八 『仲間』
よろずが行ってしまってから三日が経った。
アタシはこのままではいけないと、自分を奮い立たせた。
まず身の回りの物を質屋に売りつけ、旅費を作った。
そして次の日の朝早く、アタシは独り家を出た。
近所のおばさんには置手紙を書いた。
一度だけあの海が見渡せる崖へ行った。
旅へ出ることは怖くはなかった。
よろずが戻って来るなら、他になにを失ってもいいとさえ思っていた。
しかし、その日の夕暮れ頃。
アタシは里から離れた森の中までやって来ていた。
長い間歩き続けて、疲れが出始めていた。
——そのとき
——ガサッ
「!」
アタシは草の擦れる音に、ビクッとして立ち止まった。
——ガサガサッ
「わっ!」
茂みの中から、赤い毛並みの狼が一匹姿を現した。
アタシは素早く手甲鉤を構えた。
「クク……ウマソウナ小娘ダ……」
「!」
アタシははっとして、狼に目を凝らした。
(しゃべれるってことは、アヤカシ——?)
狼は勢いよく飛びかかってきた。
アタシは素早く手甲鉤で狼を切り裂いた。
恐ろしい悲鳴が響き、狼はどさりとその場へ倒れた。
アタシは慌てて懐から札を取り出し、血を染み込ませた。
依頼が出ていないその辺のアヤカシの討伐をしても、そこまで報酬はよくないけど、少しでも、旅費の足しにしなければと考えたんだ。
アヤカシの亡骸は少しすると、風に溶けるように消えていった。
アタシはほっとしてまた歩き出した。
でも、数歩も歩かないうちに、再び周りの茂みから何匹もの赤い毛並みの狼たちが現れたのだ。
「……! うそっ、どうし——」
アタシが絶望したそのとき、数匹の狼が分銅のついた鎖によって薙ぎ倒された。
続いてかずみが、アタシの目の前に狼を大鉈で斬りつけながら現れた。
「かずみ!」
アタシは驚いて声を上げた。
狼は全滅しないうちに、そそくさと逃げて行った。
海刃も茂みからヒョッコリと出てきた。
かずみはつかつかとアタシに歩み寄ると、一発げんこつを浴びせた。
「痛!」
アタシは頭を押さえながら、わけがわからずにかずみを見上げた。
「おんまえっ、なにやってんだよ!」
かずみはアタシに怒鳴り散らした。
「えっ?」
アタシはきょとんとして、かずみを見つめた。
「なにお前だけで、よろずを連れ戻しに行こうとしてんだ! なに勝手に独りで決めてんだ!」
海刃がまぁまぁとかずみをなだめた。
「小雨、おれたちは今まで四人でやってきただろ? おれたちだって、アイツを連れ戻しに行くぞ!」
海刃はそう言ってにこっと笑った。
「そうだ! だから、独りで行くなんて許さねぇぞ! 私たちも行く! よろずを連れ戻す! 私たちだって仲間だろ?」
かずみにまくし立てられ、アタシははっとしてうつむいた。
「う、うん。ごめんね……」
海刃とかずみは顔を見合わせて、にっこりと笑った。
「そうだ。わかればいい。じゃ、みんなでよろずを連れ戻しに行くぞ!」
海刃がそう言って、二人は歩き出した。
「待って!」
アタシは二人を呼び止めた。
「なんだ?」
二人は振り返って首を傾げる。
アタシは涙を必死に堪えながらこう言った。
「ありがとう……」
二人は優しく微笑んだ。
「あぁ、行くぞ、小雨」
かずみの声にアタシも歩き出した。
こうして、アタシたち三人の、よろずを連れ戻す旅が始まった——
——『雨が降っても会いに行く……』
小雨は再び暗い中でそっと目を開けた。
そしてゆっくりと身体を起こすと、寝台に座ったまま、窓を通して明るい満月の浮かぶ夜空を見上げた。
その澄んだ瞳には、強い決意が表れていた。
かずみと海刃もまた、別の窓から満月を見上げていた。
「アイツ、まだ小雨のこと想ってるな……」
かずみが静かにつぶやいた。
「あぁ……。アイツ、わざわざ小雨を化け物から離れた場所に連れて行ってたからな……そんで、おれたちが駆けつけて来たのを察して、その場から離れた……」
海刃はあの騒ぎの中、小雨を見つけ出したときのことを思い出していた。
かずみは夜空を見上げたまま、はっきりとした声でこう言った。
「アイツには、絶対なにかわけがあるんだ」
海刃もかずみに答えて、自分に言い聞かせるようにはっきりと言った。
「そうだ、絶対連れ戻すぞ」
かずみはグッとその言葉を噛みしめた。
(……もう、小雨が泣いてるのを、黙って見てるだけなんて、しない)
影利は窓枠に腰かけ、独り物思いにふけっていた。
小雨を見失った後、あの騒ぎを聞きつけ、あの場所へ駆けつけた……。
そのとき確かに見た。
雨の中、暴れ狂う化け物と、崩れ落ちる岩山の向こうに、確かにアイツはいた。
驚きと戸惑いの表情を浮かべ、アイツは——光我の口はこう動いた。
『兄ちゃん……』
「影利……」
誰かに呼ばれ、影利は声のした方へ顔を向けた。
そこには来華が立っていた。
来華はそっと問いかけた。
「……弟がいたの?」
「……ああ」
影利はつぶやくように答えた。
そして来華の瞳をじっと見つめた。
「お前もだろう?」
来華は影利の方へ歩み寄りながら答えた。
「あぁ、あたしの殺したい男も確かにいた」
来華は影利の傍らに立った。
影利は静かにつぶやいた。
「……近づいたな」
二人は満月の浮かぶ夜空を見上げた。




