その七 よろずの異変
ある日の昼下がり、今日は退治屋の仕事が入っていなかったので、アタシはいつものように海岸へ来ていた。
パラパラと雨が降っていたので、アタシは滑らないように崖を洞穴までの少しの距離を登って、雨宿りしながらよろずを待っていた。
だけどその日、初めてよろずは夕方になっても姿を現すことはなかった……。
次の日、アタシは商店街を歩いていて、よろずの姿を前の方に見つけたので駆け寄った。
「よろず?」
アタシはヒョイとよろずの顔を覗き込んだ。
「!」
アタシはよろずの顔が傷だらけなのに驚いて、思わず息を呑んだ。
「あっ、こ、小雨!」
よろずはアタシを見て少し慌てた。
「どうしたの? その傷?」
「え、あぁ、こけたんだ」
「本当?」
アタシはどうしてもその傷が、転んでできたようには思えなかった。
アタシはよろずの横について歩きながら、不安げによろずを見つめた。
よろずは少し微笑んで答えた。
「あぁ、気にすんな」
アタシはその笑顔が、作り笑いだとすぐにわかった。
「昨日、なにかあったの? 海にも来なかったし……」
アタシは探るように尋ねた。
しかし、よろずは作り笑いのまま表情を変えなかった。
「別に、ただ昨日は忙しくてよ。悪かったな、小雨」
「ううん」
アタシはそう言いながら、チラリとよろずの顔を盗み見た。
(……よろず……なにか隠してる……)
それから、アタシは、よろずに距離を置かれているような気がしていた。
退治屋の仕事も、しばらく一緒にできないと言われていたし、かずみと海刃も、よろずの様子がおかしいことに気づいていた。
「アイツ、な~んか昨日から変だよなぁ……」
甘味処で椅子に座って団子を食べながら、かずみは眉間に皺を寄せた。
「あぁ、なんか、独りで難しい顔して考え込んでるよな」
海刃も団子を片手につぶやいた。
その日は空が淀んでいた。
アタシは今日は会えるような気がして、昼下がりに海岸の洞穴へと訪れていた。
あの日から三日間、よろずはここへ来なくなっていた……。
アタシは曇り空のせいで、黒々と広がる海を見つめて待っていた。
「……小雨!」
よろずが崖を登って現れた。
「あっ、よろず!」
アタシは嬉しくて顔を輝かせた。
でも気のせいか、よろずは沈んだ顔をしていた。
「さ、最近ここ来なかったね」
アタシは少し緊張気味に話しかけた。
よろずはアタシの隣に座った。
「あぁ……ちょっとな」
よろずはそう答えて、海の彼方を見つめた。
「……なぁ、小雨」
よろずはおもむろに口を開いた。
「なぁに?」
「お前、今、毎日楽しいか?」
アタシは急な質問に少し戸惑ったけど、すぐこう答えた。
「うん! よろずと逢ったあの日から、アタシ信じられないくらい毎日が楽しいよ! かずみと海刃とも友達になれたし」
よろずはそっと微笑んだ。
「そうか……良かった」
しかし、なんだかその瞳はとても寂しげに見えた。
よろずは海から目を逸らし、じっとアタシを見つめた。
アタシはなんとなく恥ずかしくて、目を逸らした。
「小雨、おめぇは強くなった。アイツら(かずみと海刃)と逢ってから……。アイツらも強くなったしな」
真剣にそう言うよろずの瞳を、アタシは真っ直ぐと見つめ返した。
「よろずも強くなったよ。アタシが強くなれるのは、よろずがいるからだよ?」
(……よろずはいつの間に、こんなに大きくなったんだろう……)
アタシはよろずの目を見つめたまま、そう思った。
「だから、これからも一緒に強くなろう?」
よろずはそっとアタシの方へ手を伸ばしてきた。
アタシはなんだか緊張してじっと固まった。
よろずはそっとアタシの髪を撫でた。
その表情はとても苦しそうで複雑だった。
不意に、よろずがアタシの方へずいっと身体を乗り出した。
「!」
「…………」
アタシは驚いて身体を強張らせたけど、よろずは特になにかをするわけでもなく、アタシを至近距離でじっと見つめただけだった。
「……? あ、あの……よろず?」
「ああ! 悪ぃ……なんでも、ねぇ……」
よろずはそう言って、慌てて視線を逸らすと立ち上がった。
「そろそろ、帰るわ」
「ま、待って! よろず、明日も、来てくれる?」
アタシも慌てて立ち上がって、よろずの着物の裾を掴んだ。
「…………」
よろずは一瞬押し黙ると、作り笑いを浮かべて答えた。
「ああ、またな!」
そして、アタシの手からそっと着物を引っ張って離すと、勢いよく洞窟の入り口から飛び出して、走って行ってしまった。
「よろず…………」
アタシはよろずの引きつった作り笑いを見て、不安でいっぱいになり、しばらく突っ立って、黒々とした海を見つめていた。
黒々とした海から、淀んだ空へ視線を上げる。
それと同時に、外では雨が降り出した。
アタシはしばらく、雨の音をぼんやりと聞いていた。
翌日、天気は雨だった。
そして、よろずは洞穴に姿を現さなかった。
アタシは不安になって、寮によろずを訪ねて行った。
けど、よろずの姿はなかった。
それに、寮の部屋は不自然に片付けられていた。
「よろず!」
アタシは必死に叫び、よろずを捜し回った。
雨に濡れながら商店街も探した。
「小雨!」
そんなアタシを見つけ、かずみと海刃が駆け寄って来た。
「オイ、びしょ濡れじゃねぇか!」
海刃は慌てて差していた傘をアタシの上にやった。
「どうしたんだ? なにがあった?」
かずみもアタシのただならぬ様子に、真剣な顔で尋ねた。
「よろずがっ……」
アタシは二人に、昨日よろずの様子がおかしかったことを話した。
二人とも、アタシと一緒によろずのことを捜してくれた。
よろずが行きそうな場所をほとんど捜し回ったところで、海刃がこう言った。
「オイ、あの空き家は見たのかよ?」
「あっ、なんで気づかなかったんだろう……」
アタシがそうつぶやくや否や、アタシたちは空き家に向かって駆け出した。
「よろず!」
海刃が勢いよく空き家の扉を開けたけど、中はやけに静かで片付いている。
アタシは家の中を捜し回った末に、へなへなとその場に座り込んだ。
「……っこれって……どう見ても」
アタシは拳をギュッと握りしめた。
かずみがその後を次いでつぶやいた。
「自分の意志で出て行ったんだろう……寮の部屋もそうだけど、ここまで不自然に片付いてるってことは……」
かずみは悔しそうに顔を歪めた。
海刃も眉間に皺を寄せてにつぶやいた。
「一体アイツ、どこ行っちまったんだ……」
外ではまだ、雨が降り続いていた……。
次の日になっても、その次の日になっても、よろずは帰っては来なかった。
アタシは自分の家にこもって、一日中泣き続けた。
かずみが何度も来てくれたけど、なんと言っていいかわからないようで、ずっとアタシの隣に座って、ただ一緒にいてくれた。




